小さな星の物語
小さな星たちは、不安でした。
いつか人間が自分たちのことを忘れてしまうのではないかと考えては、ずっとびくびくしていました。
というのも、人間が地上にも光を造りだしてしまったからです。
電気という力で輝く光はまぶしくて、少なくとも地上においては、夜空で輝いている小さな星たちよりずっと目立っていました。星たちなんかいなくても、辺りをまぶしく照らし出すほどに。
誰にも見てもらえなければ、誰にも気づいてもらえなければ、それは自分が存在していないことと同じです。いてもいなくても同じということです。それはとても寂しいことでした。
どうすればいいんだろう?どうすれば人間たちは、昔みたいに自分たちの光を見てくれるんだろう?自分たちのことを、きれいだって言ってくれるんだろう?
星たちは考えました。
地上の光が輝きだすまでは、人間たちは星たちだけを見てくれていました。だったら話は簡単です。地上の光など無くしてしまえばいいのです。そうすれば人間たちはまた、夜空を見上げた時に小さな星たちのことを見てくれるようになるはずです。
星たちは、早速地上に攻撃をはじめました。たくさんの隕石を降らせて、地上の光の源である発電所を全部破壊したのです。
電気が使えなくなって、夜は昔と同じ、ひっそりと暗い世界になりました。夜空から小さな星たちがほんわかと地上を照らすような世界に、です。
ですが人間たちは、星たちをきれいだと言ってはくれませんでした。電気が使えなくなったせいで、生活が不便になったからです。人間たちは星たちのことを恨んだり憎んだり、とにかく嫌いになってしまいました。星なんて見たくないと、顔を背けてしまいました。
小さな星たちは悲しみました。
ああ、誰にも見てもらえないなんて、なんてぼくたちはかわいそうなんだろう、と。
小さな星たちは不安でした。
いつか人間が自分たちのことを忘れてしまうのではないかと考えては、ずっとびくびくしていました。
というのも、夜空には小さな星たちよりも何倍もきれいな月がいたからです。青白い神秘的な光を放ち、毎日少しずつ姿を変えていくおしゃれな月が。
月に比べれば、自分たちはなんて地味で面白みがないんだろう?月を見る度に、小さな星たちは惨めな気持ちになりました。
月は太陽の光を反射しているだけで、自分の力で輝いているわけではありません。小さな星たちには、それも不満でした。小さな星たちは自分の力で輝いていましたが、でも自分たちの輝きなんてたかが知れています。太陽の力を利用している月のやり方の方が楽だろうし、おまけに今よりずっと目立てるはずです。
小さな星たちはみんな、月になることに決めました。その結果、夜空にはたくさんの月が輝くことになりました。いろんな形をした月が、夜空一面を飾り立てました。
ですが、それに気を悪くしたのは太陽です。
みんな自分の光を横取りしてふわふわと夜空を漂っているだけだ。楽して生きている。なのになんでオレだけが輝かなくちゃいけないんだ?不公平じゃないか。
自分で輝くことがバカらしくなった太陽は、自分も月になることにしました。輝くことをやめてしまったのです。
そして誰もが月になった瞬間、世界は真っ暗になってしまいました。月は誰かから光をもらわないと輝けませんし、自分から輝こうとする者はもうどこにもいなくなってしまったのですから。
星たちはみんな月でいることに慣れてしまって、自分で輝く方法を忘れてしまいました。だからいつまでたっても世界は真っ暗なままです。
真っ暗な世界では目なんて必要ありません。何も見ることができないのですから、目を使うことがないのです。やがて人間たちはみんな目を失い、星たちのことなんてきれいさっぱり忘れてしまいました。
小さな星たちは悲しみました。
ああ、誰にも見てもらえないなんて、なんてぼくたちはかわいそうなんだろう、と。
小さな星たちは不安でした。
いつか人間が自分たちのことを忘れてしまうのではないかと考えては、ずっとびくびくしていました。
というのも、自分と似たような星なら、その辺にごろごろといるからです。人間たちにとって自分はたくさんある星の一つでしかなくて、どうでもいい存在に違いありません。だってそうじゃないですか。小さな星が一つ消えたからって、一体誰が気づいてくれるでしょうか?
小さな星たちは、みんな同じ悩みを持っていました。そしてみんなが同時に同じ解決法を思いつきました。
みんなと似たような輝きしか放っていないから、いけないのです。ダメなのです。一番きれいに輝けば、きっと人間だって自分のことを気にかけてくれるはずです。
小さな星たちは、必死に輝きました。けれどもみんなが必死に輝いているわけですから、結局自分だけが一番になることはできません。
いつまでたっても一番になれなくて、輝くことに疲れる星たちも出てきました。それでも輝くことをやめることができません。ちょっとでも気を抜いたら他の星たちの輝きに負けて、自分の光がかき消されてしまうからです。
星たちの競争は続きました。そしてある時ついに、がんばり屋さんの星の一人が、太陽になることに成功したのです。
太陽となった小さな星は、そのあふれんばかりの輝きで他の星たちの輝きを消してしまいました。
太陽になることで一番になった小さな星は、ついに人間たちの視線を独り占めすることに成功したのです。
ですが、それも長続きしませんでした。というのも、他の小さな星たちも太陽になろうとがんばっていたからです。
努力を重ねた小さな星たちは、次々と太陽に変身していきました。空にはたくさんの太陽が輝くことになって、また誰が一番なんだかわからなくなってしまいました。
そうなると、ただ太陽でいるだけでは目立てません。一番まぶしい太陽にならなければいけないのです。太陽になった星たちの競争は続きました。誰よりもまぶしく輝こうと、努力を重ねに重ねました。
ですが、やがて人間たちは誰も星たちのことを見てはくれなくなりました。というのも、あまりのまぶしさに目がくらんでしまったからです。
おまけにたくさんの太陽が一斉に熱を放つものですから、地球はものすごく暑苦しい星に変わってしまいました。あまりの暑さに人間はバタバタと倒れ、やがて空を見上げる人なんて一人もいなくなりました。
小さな星たちは悲しみました。
ああ、誰にも見てもらえないなんて、なんてぼくたちはかわいそうなんだろう、と。
小さな星たちは不安でした。
いつか人間が自分たちのことを忘れてしまうのではないかと考えては、ずっとびくびくしていました。
そんなある日、小さな星たちの元に流れ星がやって来ました。とてもきれいな長い尻尾をもった流れ星が。
「きみはいいね。そんなにステキな尻尾があって」
小さな星の一つが、流れ星に向かって呟きました。
「ありがとう。でもこの尻尾、実はそんなにいいものじゃないんだよ」
流れ星は寂しそうに答えます。それは小さな星たちにはとても不思議なことでした。
流れ星は、尻尾があるから他のみんなと違うのに。それは特別だってことなのに。それのどこが不満なんだろう?
流れ星は語ります。
「ずっと走っていなければ、この尻尾は消えてしまうし、尻尾が消えたらぼくはぼくでなくなってしまう。ぼくがぼくでいるためには、走り続けなきゃいけない。ぼくがぼくでいることは、それは幸せなことでもあるんだけれど、つらいことでもあるんだ」
小さな星は戸惑いました。
「なんで?だってきみはきれいじゃないか。そんなにきれいなら、たくさんの人間がきみのことを誉めてくれるだろう?」
「うん。でも、ぼくには一緒に輝いてくれる仲間がいない。だから寂しいんだ。きみたちのように、仲間と一緒にこの夜空一面を、宝石をちりばめたみたいに輝かせるなんて、ぼくにはとてもマネできないことだからね」
流れ星の言葉に、小さな星たちは驚きました。
みんなで一緒に夜空を飾っている。そんなふうに考えたことは、一度もありませんでした。
けれど、まだ不安はあります。
「きみはぼくたちのことをきれいだって言うけど、でも太陽や月ほどじゃないだろう?」
「あるいはね。そう見る人もいるだろうね」
あちこちを旅している流れ星は、世の中にはいろんな価値観があるということを知っていました。そして、どんなものにもいいところも悪いところもあるのが当たり前だということも。
「太陽の光はまぶしすぎて、月はいい加減で頼りない感じもする。でも、きみたちの光は、優しい光だと思うよ。いつも変わらず、暖かくそこで輝いている」
優しい光。
小さな星たちは、またしても驚かされました。
ありのままの自分たちがきれいだなんて、思ってもみなかったからです。いつも他の存在ばかり気にかけて、自分に足りないものばかり羨んでいた小さな星たちは、自分たちが持っている輝きに気がついていませんでした。
近くを見れば、自分と同じ小さな星たちがいます。夜空一面を一緒に輝かせている仲間たちが。そして自分がその一つを支えているのだと考えると、ちょっとだけ胸が誇らしくなりました。
すると今度は、流れ星がかわいそうになってきました。とても広いこの宇宙を、一人ぼっちで旅する流れ星はとてもきれいですが、とても小さくて壊れやすいもののように見えました。
「じゃあそろそろぼくは行くよ。動きつづけなきゃ、ぼくはぼくじゃなくなってしまう」
呟き立ち去ろうとする流れ星に、小さな星たちは声をかけます。
「またおいでよ。ぼくたちはいつでもここで輝いているから。きみがまた来てくれるのを、ずっと待っていてあげるから」
「ありがとう」
尻尾をふって挨拶すると、流れ星はまた長い長い旅へと出発しました。小さな星たちは、暖かい光で流れ星を見送りました。
流れ星が見えなくなるまで。流れ星が見えなくなっても。
いつまでもいつまでも、優しい光で輝き続けました。
今のままの自分でいいんだ。
そう気付いた小さな星たちは、幸せでした。
自分にできることを精一杯がんばろうと、小さいながらも、けれども一所懸命に輝いていました。小さくても、それはたしかにはっきりと見える光でした。
ちっぽけな星め。そんなふうに嘲笑う者たちもいます。
自分たちと違う存在を見て怯えたり、自分の力で輝くことを面倒に思ったり、自分が一番じゃないと意味が無いと思い込んだりする、そんな者たちが。
そんな彼らを見ては、夜空の星たちは悲しむのです。
ああ、ありのままの自分を好きになることができないなんて、なんてかわいそうなんだろう、と。