さわぐ夕暮れ
「あれ?」
楓たちと別れてしばらく後、グインはアデリーが住む村のすぐ近くまで来ていた。のろのろと歩き出しはしたが決して行きたくないわけではないのだ。何度も顔を合わせているために顔なじみもでき、今では親しげに挨拶をしてくれる村人もいる。グインとしても彼らに会いたいし、もちろん医療師の少女にこそ会いたいと思っているのだから。
「なんか、変?」
複雑な思いで窺った先、村の様子が変だった。ただでさえ賑やかな人間が集まっているため、村が見える距離まで近づけば村の喧騒が届くはずだ。しかし今日に限って静まり返っている。
もしかして大きな獣に襲われたのかとも考えたが、それにしては村の入り口や見える範囲の民家に被害がない。グインが知らない大型の獣に襲われたわけではないだろう。悲鳴なども聞こえてこないし、逃げる住民にも会わなかった。
「どうしたんだろ」
首をかしげながら歩いていけば、すぐに事情は分かった。
「チッ……この程度かよ! アレッザに近い分、もっと貯めこんでると思ってたのによ」
「おい、もっと金目のもん集めろよ!」
野盗、もしくは旅人崩れだろう。旅をしながら各地の組合で依頼を受けるという性質上、土地へ定住している村人や町人などよりも旅人は武力を持っている。それを悪用した結果、大きな町から少し離れた村や小さな町を襲い金品を強奪する者が後を絶たないのだ。
思わず物陰に隠れてしまったグインはザッと観察をする。野盗は見える範囲で十人と少しで、武器を持った彼らに睨まれながら広場に村人たちが集められている。彼らが大人しく従っているのは、武器だけでなく人質がいるからだろう。あまり質が良く見えない剣を常に突き付けられて地面に座り込んでいるのは若い女性――いや、未だ少女か。
「あっ」
白を基調とした服は定住する医療師たちが自ら課した“制服”のようなもので、どこであってもどんな事態であっても目立つようにという意味と、治療に当たる覚悟を示しているという。村では言うまでもなく、街であっても白い服などすぐに汚れてしまうため医療師以外が身に着けることは少ない。
白いケープに包まれた華奢な肩に長い黒髪が流れる。野盗たちが怪我をしたら治療させる気で取り上げなかったのか、水晶製のきれいな短杖をぎゅっと抱きしめて項垂れていた。グインからは背中しか見えないが、膝より長いスカートも白だろう。間違いない。彼が彼女を見間違えるはずはない。
「アデリー……!」
そう、村人たちへの人質になっているのは医療師のアデリーだった。村に一人で、そうでなくとも貴重な医療師は、村の生命線と言っても過言ではない。大きな街にとっては軽い病でも、このような小さな村では致命傷にもなりかねないのだ。だからこそ彼女は充分に人質の価値がある。
また、人体を癒すからこそ医療師は人体を害することもできるが、その彼女にとっても村人たちは人質である。心優しいアデリーが自分のために村人たちを見捨てることなどできはしない。野盗たちにもそれが分かっているからこそか弱い“医療師”と村人たちを分けたのだろう。
「もう、これくらいしか集められない! これ以上は」
「あァ? 集められるか集められないかじゃねぇんだよ。集めろつってんだよ!」
「っ!!」
苛立った野盗が剣を振り下ろす。アデリーから手のひら二つ、三つほどの位置が深く抉れたらしい。黒髪の少女は鈍い音へビクリと大きく肩を揺らして、思わずリーダー格の男を見上げてしまう。
グインは以前、アデリーは子供のころからずっと医療師の勉強だけに没頭してきたと聞いている。だから街にいる医療師としては腕のいい方だろうが、逆を言えば医療師の勉強しかしていない彼女は、こういった荒事にはまったく免疫がない。
野盗たちは知るよしもないが、村人を人質にとるまでもなく、アデリーは無防備だった。
「チッ……おい、なんだその目は」
「ひ……っ」
とうとう野盗がアデリーに目を付けてしまった。彼女の怯えた目が気に入らないようで、剣を振り下ろしたリーダーらしき男がギロリと睨み下ろしたのだ。細い肩が震えているのが分かる。
(どうしよう……どう、したら! こんな時に楓さんがいたら……ミストさんがいたら!)
こんな時に思い浮かんだのは自分で助けるという手段ではなく、頼りになる仲間がいたらということで。グインはそんな自分が嫌になったが、それでも震える膝や手のひらは隠せなかった。
(どうする、このままじゃアデリーが……おじさんたちも危ないし……)
楓の目的は夕暮れに咲く花だという。森の入り口から割と近いアデリーの村にすら寄らなかった彼女たちが、この場に偶然居合わせるなどあり得ない。ちらりと見せてもらった地図で目的地は入り口から北東の位置にあった。あいにくこの村は入り口から北西にあるため、彼女たちの目的地とはほとんど逆方向である。
空を見上げれば光の色が先ほどまでとは微妙に違う。もうしばらくすれば夕暮れだ。
(ど、どう……)
背後で小枝を踏む音がした。
「何をしている」
「ひっ!?」
慌てて振り返れば、見知らぬ男が立っている。グインよりも頭半分高い身長はミストと同じくらいだろうか。割と細身のミストや逃げ足だけのグインとは違い、見るからに力があると分かるくらいには筋肉がついていた。
「あ、あ、あ……」
「小僧……旅人か。おいリーダー、敵だ! カワイイのが一匹な!」
じぃっとグインを観察していた男は大声で彼の存在を知らしめる。やはり予想が正しかったらしく、リーダーだろうと思った男がグインの視界の隅で反応した。しかしそれを確認する余裕などない。彼の目の前にいる男は震える彼をいたぶるような笑顔を浮かべ、腰に下げた剣を抜いたのだ。
「おいおい。お前この村を助けに来たんじゃねぇの? 頼りねぇなぁ。その腰の剣はオモチャかよ?」
もはやグインからは悲鳴もない。後ろへ下がった距離と同じかそれ以上に男が近づいてくる。
「ま、どっちでもいいや。めんどくせぇから軽く死んどけよ」
「う、わぁぁぁ!」
振り下ろされた剣をどうにかかわし、グインはくるりと背を向けると一目散に逃げ出した。グインのいた位置や見える範囲から考えて、斬りかかってきた男はおそらく森を見回っていたのだ。このままでは森に入ることはできない。そうでなくとも森は視界が悪い。一瞬でそう考えて涙目になった彼は、むしろ村の中心へ向けて走る。
「くそ、ちょこまかと!」
「鬱陶しい! まとめてかかれ!」
大声に呼ばれて、どこから現れたのか野盗たちがグインへ襲いかかってきた。最初は一人、次に二人。五体無事に逃げ回る異分子へ苛立ち人数が増え続けた今、背負うのは六人だった。やはり見える人数ですべてではなかったのだろう。広場からは二人しか来なかったにも関わらず六人である。
「うわ、うわ、うわぁぁぁぁ!」
「待ちやがれ!」
「その面倒な足からぶった切ってやる!」
足を止めたら間違いなく無事ではいられない。走り出したグインは止まる意思も機会も失っていた。
「グインさん……!」
広場をかすめるように走っていたとき、グインに気付いたアデリーが小さく彼の名前を呟いた。心配そうな表情へ何とか余裕ぶって笑いかけようとして、すぐにグインの顔が恐怖に固まる。
「そうか、お前の知り合いか」
アデリーのすぐ傍に立つリーダーの男が、アデリーの呟きを耳にしたのだ。とまれ。さもなくば。そう言いかけたのだろう。嫌な予感がした。顔見知りたちの心配そうな視線がその身に刺さる。アデリーの青ざめた顔に焦点が合った。
(あ、だめだ)
リーダーがアデリーの見張りを遠ざける。逃げ回るグインへの人質にしようと彼女に剣を向けたその時、グインはどこからか妙な音を聞いた。何かが切れる音。視界が狭くなり、流れる景色が遅くなる。リーダーがほんの少し生んだだけの隙がやけに大きく見えた。
「とま……っ!?」
「触るなぁぁぁっ!!」
広場を出ようとしていたグインがいきなり走る方向を変え、野盗も村人も、アデリーすら驚きで戸惑う。どこをどう無理させたものか。前へ向いていた勢いの力をほぼ真横に無理やり捻じ曲げて、アデリーたちへの距離を一気に詰めたのだ。
「その子に、そんな危ないもの近づけるなっ!」
「うおっ!?」
邪魔をする人間たちの間を器用に縫って走る。アデリーのそばにいたリーダーの男は、今まで逃げるしか能がないと思っていた相手の思わぬ動きに驚いていた。グインを迎え撃つべきかアデリーをそのまま盾にするかやはり一瞬だけ迷うが、グインの足にはそれで充分である。
リーダーの手を叩いて剣を弾くや否や体勢を沈め、グインはアデリーを右肩へ担ぎ上げた。そして未だ現状に適応しきれていないリーダーの腹へ左手を添える。その動作はむしろ優しげに。膝、腰、肩、ひじ、手首の力をすべて左手のひらへ流し、触れた腹へと叩きつけた。
「ぐ……っ!」
リーダーの体が拳ひとつほど浮き上がったが、グインの意識はすでに彼から移っている。すぐさま屈み込むとアデリーの手からこぼれ落ちた杖を左手に掴み、彼は再び一気に走りだした。




