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寄せ集め冒険譚  作者: blazeblue
水晶の花
2/10

寄せ集め




「ひっ」


 まるで気道を絞められたような細い悲鳴が聞こえた。目の前では獣が今にもこちらへ飛び掛かりそうな体勢で威嚇しているが、周りには助けを呼べる人間などいない。

 商人の中には街道のクセになぜ獣が出没するのかと愚痴をこぼす者もいるが、それは仕方がない面もある。この付近に生息する獣の方が人間よりも多く繁殖力も強い。討伐へ向かうだけ労力の無駄なのだ。


「あ、あ……」


 周囲へ流した縋るような視線を戻せば、相変わらず獣が五匹。こちらの人数はグインを含めて三人。剣士のグイン、医療師のミスト、魔導師の楓だ。グイン以外の二人は直接体を動かして戦うタイプの職業ではないため、これらの対処はグインが自分で当たることになる。一対五、腕に自信のない彼にとって絶望的な差だった。


(どうにか、助けは……!)


 往生際の悪さを発揮して再び周囲を窺っても、そう簡単に状況が変わることはない。人影のない草原の遥か背後から救援が到着する可能性より、むしろもう少し先の森に住む獣を刺激して敵を増やす可能性の方が高かった。


「ちょ、マジで?」


 ひきつったような声を出したのはミストである。二十代前半だという彼は年季の入った旅装で、パッと見た限りで職業を表しているのはその手に持った白銀の短杖だけだろう。

 医療師とは医術を学び、各種状態を司る者を指す。彼もまた医療師として基本となる回復術だけでなく補助、防御など広い技術を学んでおり、今も杖に込めた魔力で先端を灯して事へ備えている。


「ぐっ……か、楓ちゃん、どーしよっか?」


 医療師の技術をうまく使えば自衛くらいは余裕で可能である。それを表してか先ほどのひきつった声も今の声も、怯えではなく他の感情によるものだった。彼の場合はむしろ悲鳴を上げた方が可愛げもあっただろう。

 細身の体にそれなりに高い身長、金髪碧眼と要素はそろっているはずなのにどこか軽薄な空気が邪魔をして、どうにも街の娘たちが憧れるような“王子様”と見られることはなかった。それは彼だけではなく、同行者の女性も同じであるが。


「どうって、決まってるでしょう」


 ミストが声をかけたのは二十歳前後の、眼鏡をかけた女性だった。楓と呼ばれた彼女の職は魔導師である。魔術師ではなく魔導師であることはやはり手に持っている長杖が証明しているが、その服装だけを見たならば彼女の職を判断することはできない。

 羽織った上衣のうち上半身がすっきりとタイトで、辛うじて腰から下が緩やかにはためいている。それも東国だという出身地でよく見る衣装なのだから、触媒を仕込んでいるとは思えない。一般的な魔術師や魔導師たちは触媒を山ほど持ち歩くためにローブやマントがトレードマークとなっているが、彼女にはその特徴が見られないのだ。


「ったく、いつまでも変わらないんだから」


 女性にしては高い位置にある肩を竦めると、肩よりも少し短く切られた、柔らかそうな薄茶の髪が揺れる。眼鏡に遮られた切れ長の茶水晶などと合わせれば整った容姿だが、彼女が旅人仲間から言い寄られることは滅多になかった。それはひとえに外見ではなく彼女自身に問題があるからだが、艶やかなアルトが放つキツめに聞こえる言い回しのせいではない。


 こちらが動かないために威嚇したままの獣へと、楓は億劫そうな視線を移した。そのままの表情で彼女は静かに声を投げる。彼女もまた悲鳴の主ではない。


「グイン」

「……!」


 不思議と通る声によりビクリと肩が揺れた。肩に合わせて頭が、頭に合わせて焦げ茶の髪が揺れる。簡単な胸当てや肩当てを着込み、広く使われている長剣を腰に下げた剣士の少年・グインは、楓やミストの記憶では先日十七になったはずだ。その年代にしては低めの身長は彼を小動物のように見せかけ、実際に獣たちも後ろの二人ではなくグインこそを獲物と思っている様子である。


 そう。細い悲鳴の主は、グインであった。


「う、わ……」


 彼はとにかく気が弱い。だから簡単に怯えを見せて獣から狙われるのだと、本人だけが気づかない。気づいたところで怯えをどうすることもできないのだ。

 じゃりっと、グインの足元が鳴った。じりじりと体重を移動した結果で踏んでいた小石が鳴ったのだ。理由は何にしろ、それがきっかけとなる。


「ちょっと、うわ、来ないでー!!」


 緊張が限界に達したグインは足元からの音であっさりと我慢を放棄した。逃げ出したのだ。むやみに森へ入らないこと、そして楓とミストを巻き込まないように真横へ逃げたのだけは褒められたことだろう。

 獣たちは明らかに敵わない楓たちではなく、簡単な獲物であるグインを追って駆け出した。二人から見える範囲で、見た目だけは楽しげに走り回っている。


「ぶふっ……くくくっ……あははははっ!」


 こちらも我慢の限界だったらしく、遠慮も何もなくミストが吹き出し、大爆笑した。そう、彼の声が上ずった原因は笑いの衝動だったのだ。細身の長身をくの字に折って腹から出した大声で笑う。今のミストはさぞや隙だらけだろうが、それでも獣たちが彼へ狙いを移すことはなかった。


「ミスト」

「や、ごめ……くくくっ……あー、楽しい。ある意味すごいわ、いやマジで」

「あぁ、まぁ……えぇ、確かにね」


 どうにか笑いを収めたミストが涙を拭いながら言うが、楓は何とも言いようのない表情と返事しかできない。笑うのはグインに悪いだろう。しかしこの滑稽な様子を目にした楓の心境をミストはぴたりと表現しているのだ。彼女はどう反応したものかを深く悩んだ。


 “獰猛な獣”――このあたりに生息するそれは中型犬ほどの大きさをした草原狼である。獣だけあって足は速い。それに追いかけられてなおグインは追いつかれていないのだから、楓たちにとってはその方が偉業だと言えた。

 通常、街に住む大人なら草原狼と遭遇しても一匹ならば何とでもできる。それが五匹に増えたところで楓という魔術による火力がいて、ミストという癒し手がいて、しかも追い回されているグイン自身が中身はどうあれ職業剣士なのだから結果は分かり切っているはずだ。


 それが、この様であった。半笑いで観察していたミストはひとつ頷きバッサリと判断を下す。


「アレもう無理じゃね?」

「……そうね」


 はぁ、と溜め息をついて楓は足を踏み出した。術を使う――と思いきや、おもむろに駆け出す。嫌そうに顔をしかめてミストもまた後を追った。


「えー、やっぱりそうなるの?」

「仕方ないじゃない」


 楓が手にしている長杖は白金に細かく古代文字が刻まれたシンプルなものだが、そこには古代文字以外に細かい傷も刻まれている。数えきれないほどのそれは元々の意匠ではない。ましてや元々が魔導師用に作られた立派な長杖であるため、魔術により傷ができるわけもない。


「ふ……っ!」


 再びこう着状態になっていた一人と五匹に追いつくや否や楓は長杖を振る。呼気と共に繰り出したのは、細工が施されている上部ではなく何の飾りもない下部での鋭い突きだった。それは草原狼の弱点へ違わず直撃し、攻撃を受けた草原狼は血の塊を吐きながら悲鳴も上げずに絶命する。

 突然に仲間を襲われた草原狼たちは一気に距離を取り、新たに“敵”だと認定した楓へ飛び掛かる。獣の本能に従っていれば命を永らえたかもしれない彼らは、ただの棒きれにより次々に沈められた。



 ――つまりは、そういうことなのだ。



 楓は旅人の組合の中で、武力行使が得意な魔導師として有名である。美人な魔導師を守りながら協力したい若い旅人たちにとって、ともすれば自分よりも早く敵へ突撃していく魔導師など付き合い方が分からないらしい。ただでさえ旅人になって数年程度の剣士ですら条件が合えばあしらえるのだから。

 楓のことを気にしないベテラン勢はすでに息の合ったチームが出来上がっているため、臨時を含めても彼女へ声をかけることなど滅多にない。


「なーんで、魔導師が魔術使わないで殴りに行くかねぇ」

「仕方ないでしょ」


 瞬く間に草原狼たちを殲滅した楓は杖を振ると、宿らせていた魔力を散らした。いくら丈夫な白金製と言えども鈍器として作られたわけではないため、魔力を込めて補助することで異常な強度を得ていたのだ。

 ミストの呆れたような声へ楓はくるりと背を向ける。その表情はどこか拗ねたようにも見えた。




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