休戦的かつ現実的に
「ふぐっ!!」
俺の渾身のリバーブロウがメリッサの身体に突き刺さる。
身体をくの字に曲げて悶絶するメリッサを見つめ、しかし俺は追撃しない。
否、出来ない。
レーザーの様な黒い光で貫かれた腹部は、俺が力を入れる度に血が吹き出ている。
激痛の波が引いて、俺が足を振り上げようとした時、メリッサの姿はすでになかった。
ぼやける視線を動かしてみると、少し離れた所に、ファイティングポーズを取っている少女を見つけた。
「……」
困惑、というよりは泣きそうな表情だ。
しかも、第三ラウンドが開始してからは、あからさまにメリッサの動きが鈍くなっている。
「……人並みに罪悪感でも感じてんのか?」
「な、あぅ……ぅあぁ……」
その声は、嗚咽を呑み込もうとしている様にも聞こえる。
「罪悪感感じるくらいなら、最初からやるなっつーの」
そうすれば俺もこんな大怪我負わずに済んだ訳だし。
「Jus est in――」
不意に、俺の右手側から声が聞こえた。声を発したのは、アリスだ。
「――armis!」
両手を広げて叫ぶ。その声は、とても不自然に夜の公園に木霊した。
途端、アリスの眉間の辺りに白い光の球が、モヤモヤと不明瞭に凝り固まり始める。
それは徐々に形を変えてゆき、薄く平らに、長く伸び、最後にはRPGにでも出てきそうな剣へと姿を変えた。
「Damoclis gladium!」
アリスが叫び、光の剣がメリッサに飛来し、
俺は考えるよりも先に、メリッサとアリスの間に割り込み、光の剣を見据える。
「なっ!?」
「嘘ォ!!」
今日何度目かの、アリスとメリッサの同時の叫び声。
剣はぐんぐん俺との距離を詰めてくる。
アリスは止めようとしているのか、両手をあたふたとせわしなく動かしている。
「えっと、『六角の星・ダビデの盾』!……だっけ?」
俺の叫びに呼応するかの様に、ポケットが光り輝きだした。
正確には、ゴーレムの時にアリスから預かった、キーホルダーが。
光の剣が俺に刺さる寸前、突如現れた紫の盾が剣を弾き、剣は空気中に拡散、消滅した。
「貴方、私、を――?」
背後のメリッサが呟く。
俺は返事をする為に振り向き、しかし、急に足腰が砕け、骨抜き状態よろしく地面に倒れ伏せた。
「ど、どうしちゃったの!?」
アリスの心配げな声が聞こえる。
すぐ傍にいるハズなのに、何故だか遠くから聞こえている様に思えてならない。
「えっと、その……すみません、何やら力入りません……」
言った通り、俺は全身に気だるさを感じ、指一本動かせないでいた。
「ノォオ、どうしよう!えっとえっとえっと、何でダビデの盾を、違う、えっとえっと、魔法使っちゃったから――」
「落ち着いて、アリス」
テンパるアリスを、メリッサが手で制す。
アリスは、何か色々とジェスチャーし、最終的にはモゴモゴと口を動かし、押し黙った。
「貴方、気分はどうですか?」
メリッサの、白く細い指が俺の髪を撫でる。恐ろしく冷たい指だな、と俺は虚ろに思う。
「全身動かないケド、何か気分はイイ感じだな」
イイ感じというか、全身を鉛の様に重たく感じているのに、気分だけはフワフワと浮いている……形容しづらいが、そんな感じ。
夜更かししている時、というのがニュアンス的には一番近いかも知れない。
「貴方は、セミナリオに通っていた時期はありますか?」
「神学校?いや、普通の学校だけど……」
「他に魔術を使った事は?」
「ある訳ないだろ。っつーか今まで俺、そういうオカルト完全否定だった訳だし」
「今までに一度でも死にかける程の怪我をした事は?」
「ンな物騒な……、ねェよ」
俺は訝しげにメリッサを見つめた。
正直、彼女が何を言いたいのかがいまいちよく分からない。
しかし、メリッサはかなり深刻そうな面持ちをしている。
「過度の生命力の流出を確認、にも関わらず、この膨大な精神力は、何?」
「うん、ボクも『視』てみたけど、これは……」
何とか首を曲げて隣を見てみると、アリスまで神妙な面持ちをしていた。
俺としては、何が起きているのかまるで分からない。
「説明してくれ」
「えっとね……、その……」
言葉に詰まっている、アリス。
「アリス、私が」
冷静沈着と形容するにふさわしい、凛としたメリッサが口を開く。
「本来、生物が生きる為に必要な要素は二つあります」
「……何か、長くなりそうだな」
そういやメリッサ、アリスの事はいいのかと疑問に思ったが、とりあえず措いておく事にする。藪蛇になるのは断固としてお断りだ。
「生命力と精神力。生命力はアスカ、精神力はマナと呼ばれ、生き物には二つのエネルギーが均等に収められています。アスカとマナは、まぁ、分かりやすく言えば寿命ですね。生きていると徐々に減り、尽きると死ぬ。生き物はその入れ物、器と考えていただいて構いません。ここまでで何か質問は?」
「質問というか……いきなりカルト臭ェなと抗議したい」
「聞く耳持ちません。そしてアスカとマナは、生まれた時こそ均等な量が収められていますが、生きるにつれて徐々にその量が違ってきます」
淡々と呟くメリッサに、表情は見えない。
と思う反面、どこか心配げにも見えるのは気のせいだろうか。
「アスカとマナは消費速度が違います。アスカは早く消費し、マナはゆっくりと消費されます。生き物は常にマナを消費していて、怪我など、激しく体力の低下があった場合にはアスカを消費し始めます」
アスカとやらは燃焼の悪い軽油、マナは長持ちするハイオクかと勝手にテキトーな自己解釈をする。
「そして、魔術を行使する際はマナを急激に消費してしまいます。だからこそ、魔術師は短命な者が多いのです」
と言われても、魔術師の寿命の基準がどの程度のものなのか分からない俺としては、やはりテキトーに相槌を打つ他ない。
「アスカとマナ、これらは絶妙なバランスを取っています。どちらかが尽きてしまえば、死に絶えるでしょう」
「だけど……極稀に、例外がいる……」
アリスが続ける。
「アスカを失って尚、生き続ける者が……」
この上ない程神妙に呟く。
「ちょっと待て……何か、雲行きが怪しくなってきたぞ……?」
嫌な予感がした。
とてつもなく、estを付けたくなるくらい、最大級の嫌な予感が。
「先程、貴方が……その……私を護る為に使った魔術なのですが……」
何故か頬を赤らめながら、メリッサがしどろもどろに言う。
「貴方は、マナを使わず、アスカを使って、魔術の行使を行いました……」
「はぁ……」
フゥ、とため息を一つ吐き、何かを決心したかの様にキリリと俺を見据えたアリスは、
まるで、
死刑宣告をするかの様に、
「君、もうアスカが空っぽなんだよ」
言った。