本格的かつ寂光的に
――鋭利な刃の様な危険なフックが飛来するが、これを俺は軽くスウェーしてかわす。
カウンターのタイミングを合わして右ストレートを放つが、メリッサは紙一重でかわす。
刹那の交錯と同時、俺とメリッサはバックステップで距離を取った。
たかが三メートルに満たない間合い。
その僅かな空間に、殺気という名の緊張が走る。
「どうしたよ、動きが鈍いぜ」
「黙りなさい!」
肩で息をするメリッサに、俺は不敵に笑いかけた。
先程のアリスの雷撃が想像以上に効いているらしく、動きが鈍く、普通なら到底かなわないだろう少女と、タイを張れている。
「ハッ!」
「こッ、のォ!」
素早いインステップでメリッサが踏み込み、左足を軸に腰、膝、肩、全てを巻き込んだ理想的なローキックを繰り出してきた。
が、俺はバックステップで避けつつ半回転、左足を軸に右足を遠心力をつけた回し蹴りを、メリッサの頭めがけて撃つ。
メリッサは右腕でこれをガード、同時にダッキングし、カウンターを狙ったメリッサの肝臓打ち(リバーブロウ)をサイドステップで避ける。
かなり紙一重で、冷や汗が頬を伝うのが分かる。
(ダメージ受けててこれかよ……何者だよこの女……)相当ダメージを喰らっているとはいえ、元のスペックが違いすぎる。
ようやく俺と同レベルなのだ。
加えて、俺もダメージは凄まじいものがある。
ゴーレム戦のダメージに第一ラウンド時のメリッサによるダメージ。
体力的に限界なのは、俺も同じ。
決定的に違う事は――(俺はまだ、たった一度も当てていない!)――気合の違い。
「殺して、やる!」
『倒す』事と『殺す』事の違い。
「残念だけど、正義は必ず勝つんだよ」
「何を、訳の分からない事を!」
叫びながら、メリッサの左によるジャブの嵐。
ジャブは〇・三秒で飛来する。
引き戻す時間も計算して、一秒間に二発の弾丸の様な迫り来る拳は、基本的には避ける事は不可能だ。
そう判断し、俺は大きくバックステップを取る。
――その判断は、とてつもなく甘かった。
距離が開くと同時、メリッサもバックステップで大きく間合いを広げ、
「Ad mortem incurrite!」
俺には理解不能な『言葉』を紡ぐ。
「しまっ……!」
致命的な誤算。
メリッサに出来て俺に出来ない事。
間合外からの、長距離攻撃。
――魔法。
危険を察知し、俺はサイドステップの動作を全てが止んだ。
音も。時も。息も。少年の意識も。恐らく、その心臓すらも……。黒い光線は、光の速度で、自分の為に戦ってくれた少年の身体を貫いた。
「――うそ」
名も知らぬ少年の身体がふらつき、小さな風を巻き上げながら、冷たい並木道に倒れる瞬間を。アリスは、呆然と見つめていた。
「――うそ」
名も知らぬ少年が倒れた付近に、赤い液体が流れだし、凍てついた風が打つ凄惨な光景を。アリスは、呆然と見つめていた。
「第三任務、完了。これより、残りの任務を遂行します」
メリッサの呟きも、アリスの耳に届かない。
横たわる少年。
アリスは、彼だけを見つめていた。
(ボクが巻き込んだのに)不用意に。
少し問い詰められただけで。
申し訳ないと思い、話して。少年を、守りきれなかった。自分のせいで。
「……アリス。戻ってくる気は……ない?」
目を細め、アリスを見つめるメリッサ。
その瞳は濡れていた。
血の様に紅く。
氷の様に冷め。
沼の様に濁り。
人を殺す瞳が。
月明かりに妖しく輝く双眸をアリスに向けたまま、メリッサは続ける。
「執行委員会には、私から何とか言ってみせる。だから……戻ってこない?私は、貴女を」
「――うそ」
「……っ!?」
だが、言葉は届かない。
四分の三とはいえ、血の繋がった姉には、言葉は届かない。
「……もう、いい。
死になさい」
悲哀と殺意を帯びた瞳の少女は告げる。
「あ……」
視線をアリスに向けていたからだろう、メリッサは気付かない。
死んだハズの少年の指が。
ほんの僅か、小さく震えた事を。
気が付いて始めに思った事は、十六夜の月が綺麗だなという事。
次に思った事は、こうして地面に寝転がっての月見も趣があるなという事。
腹の痛みはない。麻痺している。
(あ〜……流石に不味いかな、こりゃ……)
人間、死に際は妙に冷静になれる、なんて科学だかオカルトだかよく分からない事を思い出し、心の中だけで笑う。
(魔法で腹に穴を開けた高校生……世界でどのくらい珍しいんだろ……)
恐ろしく数が低いんだろう、とくだらない事を考える。
本格的に危ないのかも知れない、頭とか。
(……護れそうに、ないな)
何故か。
生命の危機に瀕しているというのに、思い至るのは少女の事だった。
一目惚れではないだろう。……と思う。
この気持ちはどちらかと言えば、友愛に近い。……と思う。
まるで、兄妹同然の未来や来未を見守るような、決して恋愛ではない想い。
(何でだろうな……)
答えのない自問。
たかだか出会って数時間、しかも出会い頭に頸骨を折られそうになったというのに。
どうして、守りたいと思ってしまったのか。
(ハァ……メリッサも、アリスを姉として慕えばいいのに――)
そこまで考えて、ようやく矛盾に気付いた。
(……ちょっと待て)
血の抜けた頭をフル稼働して考える。
(メリッサ、あいつ……)
初めて会った時から今までの事を、全て鮮明に思い出す。
そして――確信。
(だったら……寝てる場合じゃ、ねェな……)
普通なら死んでもおかしくない怪我を無理矢理忘れ、上半身を起こす。
「えっと……おはよう、アリス、メリッサ」
俺は二人に向かって右手を挙げた。
まるで有り得ない物を見るような二人の視線がイタい。
「なっ、どうして!?動ける様な……いえ、死んでもおかしくない程の傷だというのにッ!!」
「そ、そうだよ!君、どうして生きてるの!?」
「……死んでた方がよかったって聞こえるのは俺の気のせいか?」
何となく傷ついてしまう。
「さて、メリッサ……第三ラウンド開始だ。コールするから、レイズしろよ」
「なっ、あっ、うぅ……」
驚いて声も出ないらしいメリッサを余所に、俺は腹を押さえながら立ち上がった。
「そんじゃ、行くぜ」
逝きそうな意識を戻し、俺はメリッサに向けて足を一歩踏み出した。
……いえ、言わずもがな、分かります。貴方(貴女)の言わんとせん事は分かります。それはもう、イタい程。ですが、それを言うのはもう少し待っていただきたい。最後まで書かせていただきたい。無駄に無茶な展開ですが、どうか最後までお付き合い下さいm(_ _)m……そこ、頭下げれば許されると思うなよとか言わない。