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執拗的かつ理解的に

「……ゴーレムが、倒された?」

魔力の通路が途切れたのを確認して、メリッサの顔色が珍しく冷めた。

ユダヤ人を護る為のゴーレムだ。

その強さはドラゴンには遠く及ばないものの、多少の天使や悪魔なら退けられる程の力を誇る。

「やはり……身を清めなくては効果がない……か。泉の水もないし、白い衣も纏っていないし……」

自分の服装を見つめながら、メリッサは呟いた。

薄いピンクのストレッチシャツに黒いフレアスカート。

どう見ても白くない。

アリスを甘く見ていたかも知れない。

やはり、この程度では殺せない。

彼女は事情を知らない。

実は少年の捨て身の行動のお陰で倒された事を。

マズい。ゴーレムに頼っていたので、今からアリスを追いかけなくてはいけない。また逃げられれば、次に会うのはいつになる事か。それに、一緒にいた少年の事もある。『暁の星団』の事を知ったからには、殺さなくてはいけない。出来る限り迅速に。

「『ヨハネの福音書』より、ドミネ・クォー・ウァーディス?(主よ、何処へ行かれるのですか?)」

途端――メリッサの足下から風が巻き上がり、フレアスカートがはためき、黒いレザーのブーツが覗く。

スゥ、と息を吸い、メリッサは駆け出した。

その速度は、昼間のアリス同様、オリンピックの短距離走選手に時間差のハンデを与えても余裕で金メダルを狙えるスピードで夜の公園を駆けた。

「ところで、話の整理をつけたいんだが、聞いていいか?」


「うん、何?」


「色々聞きたい事あるが、とりあえず最初から。何で俺は殺されかけてんだ?」


「……話、聞いてたの?『暁の星団』の存在を知ったからだよ」

やれやれと言いたげな感じで肩をすくめるアリス。

オーバーリアクションすぎるのはわざとだろうか、それともこれが外人のリアクションなのか、分かりかねる。

「だから、そんなに大袈裟にする必要はあるのかって聞いてンだよ」

別に、わざわざ殺さなくても喋るなと言われたら喋らない。

ってか、こんな非常識な事を喋ったら確実に変人扱いされる。

という本音は呑んでおいた。今、話の腰を折ってもメリットはない。

「メリッサも言ったけど、『暁の星団』は消滅してる事になってるの。言い触らすとかそういう問題じゃなくて、知る事自体に意味があるんだよ」


「……無茶苦茶な言い分だなオイ」


「そう、無茶苦茶なんだよ。だからボクは退団……というか、抜団したの。彼らの考えについていけなかったから」

知ったから殺すなんて、とてつもなく理不尽すぎる。

俺は、激しい目眩に襲われた。痛みではなく、怒りによって意識が遠のく。

「気を取り直して、次……、『賢者の石』ってのは?ゲームやマンガだと味方のHP回復したり強力な錬金術を繰り出したりしてるケド、実際はどんなんなの?」


「……日本のゲームやマンガは知らないケド、大体はあってるよ」


「へぇ……」

実際の『賢者の石』もそうなのかと思うと、ゲーム・マンガ好きとして少し嬉しい。

「あらゆる奇跡(システム)を引き起こす『賢者の石』。と言っても、学派によって性能や形は違うけどね。元々ボクらは『黄金の夜明け団』の時から錬金術の研究は行ってて、最近複製されたのが、この……『賢者の石』」



首から下げた紐を手繰り寄せ、その先を俺に見せつける。


そこには、丸い石が繋がれていた。薄く輝く、赤い石が。


「これが、『賢者の石』?」




複製品(レプリカ)だけど。ただし、ヘルメス・トリスメギストスが残した『ヘルメス文書』を研究して、出来る限り忠実に再現した、ね」




「何?これがあれば卑金属を貴金属に出来たりするの?」




「……バカにしてる?」

ムスッと。頬を膨らませ、ジロリとアリスが睨んでくる。

金属書換(アルス・マグナ)はボヘミア派が勝手に創り出した大嘘なんだよ!?言ったよね、ヘルメス・トリスメギストスが書き記した『ヘルメス文書』から忠実に再現した、って!!ボクはヘルメス派、つまり様々な魔法を研究する学者なの!!」

分かった分かった、分かったから落ち着け襟を引っ張るな揺さぶるな耳元で騒ぐなこっちゃ怪我人なんだぞいい加減手を放せ!!と俺が叫んでようやくアリスが手を放した。

せっかく忘れかけてた痛みが、全身に襲いかかる。

「って、ん?ちょっと待てよ」

襟元を直していて、俺は気付いた。

「今おまえ、自己矛盾した事言わなかったか?ヘルメス派は様々な魔法を研究とかどうとか」


「言ったよ?」


「錬金術を研究する団体じゃなかったのか?」


「フフン、良いとこに気が付いたね」

小振りな胸を張りつつ、アリスは得意げかつ偉そうに目を閉じつつニヤけた。

「錬金術の長、ヘルメス・トリスメギストスはこう言いました。『上にあるものは下にあるものの様であり、下にあるものは上にあるものの様である』と」


「なるほど……つまり、星占いの事か」


「えっ、今の意味が分かったの!?」


「大体な。って何だ、その疑わしそうな顔は」

眉を思い切り寄せ、人相悪く俺を睨む様に見つめるアリス。

その中には、少し悔しさが混じってる様な気がした。

ついでに言うと、元より可愛い顔をしているので、人相悪そうにしていても拗ねてる様にしか見えない。

何だか、玩具売場で駄々をこねる子供の様だ。

「ようするに、『今日の天体はこんなだから、水瓶座の人と射手座の人は運が悪いですよ』って事だろ?上……空で起こる事は下……地上でも起こるって。違う?」


「…………合ってる」


「で、それが様々な魔法と何の関係が――って、やっぱちょい待ち。この話長くなる?」


「かな〜りね。一晩じゃ語り明かせないくらい〜」

何で拗ねているのかよく分からないが、とりあえず俺は話を戻す。

「ならいいや、今度で。今度があったらの話だけど」

自分でも当初の目的を忘れかけていたが、今は『賢者の石』の話だ。

どこまでも脱線する前に思い出せてよかったと心底思う。

「で、ようするにお前は抜団する際に『賢者の石』をちょろまかして来たって事か?」


「そういう事になるね」


「それで追われてたのか。よし解決、んじゃ次の質問だが」


「なっ!?まだ話さなきゃいけない事たくさんあるのに!!」

アリスが残念そうに叫ぶが、とりあえず俺は無視する事にする。

「三つ目、あの女――メリッサだっけ?何者?」


「メリッサ・クロウリー。ボクの異母妹で魔術のプロ。ルーン魔術、カバラ魔術、エジプト魔術、ラテン魔術、占星術にタロットに数秘術(ゲマトリア)の使い手。どれも達人の域だよ」


「それは、そんなにスゴいのか?」

魔術なんかに詳しくない俺には、どこら辺が境界線なのか全く分からない。

「スゴいも何も……君、テレビに出てくる透視能力者が手から火出したり人の心の声を聞いたり、とにかく複数の魔術を扱う様を見た事ある?」


「……ないな」

どこのクラスにも一人はいる、頭よくて運動できる優等生みたいなモンかと自己解釈する他ない。

「ボクもルーン魔術を少しかじったけど、ラテン魔術に比べたらまだまだなんだ。タロットや占星術だって、成功率は一割きってるし」

お前がしょぼいだけじゃ?という言葉は、やっぱり呑み込む。

「なるほど……そりゃ、強敵だな」


「強敵も強敵、百年に一人の超天才なんだよ」

……俺、一発ぐらい殴れるかな?ちょっと不安になってきた。

「聞きたい事はそんだけ。お前達の事がちょっと分かったよ」


「あれ?殺される理由を知りたかったんじゃなかったの?」


「話の整理をつけたい、って言ったハズだが。誰も狙う理由を教えろとは言ってない」


「じゃあ、整理って?」


「お前らが訳分かンねェ事ばっか言ってっから、関係者としては少しくらい理解しといた方がいいかと思って、な」

俺はアリスに向かって、ニヤリと笑い、

「お陰ではっきりした。魔術(オカルト)現実(リアル)の境界線って奴がな」

そう。俺は、どうしてもそれが気になっていた。魔術は実際に存在している。それでは、俺が暮らしていた現実は、魔術の世界だったのか。ゲームに存在し、現実にも存在する魔術。それは、アリスの話を聞いていて、ようやく理解出来た。境界線はある。俺が暮らしていた現実と、俺が知らなかった魔術の境界線は、ちゃんと確かに、そこにある。

「なに、その境界線って」


「ん、そりゃ――」

俺が話そうとした直後、強い風が吹き、目の前に少女・メリッサが現れた。

「ようやく、見つけました」

呟く少女に、やはり抑揚や感情は見当たらない。

と思ったら、あった。

色がついた様に、メリッサの表情は変わっていた。

そこにあるのは、ただ一つの色。殺意の、黒。

「やっとラスボスのお出ましか……」

余裕を持って呟いたつもりだったが、俺の足はガクガクと震えている。

まさか、ここまでとは思っていなかったから。

落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせる。

「ラスボス戦、第一ラウンド開始……だな」

一陣の風が、俺の前髪を撫でた。

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