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冷酷的かつ絶望的に

「…で?」

ここは、俺の通学路に使っている私立公園の一角のベンチ。

入場はタダというので、息抜きに来るサラリーマンやら物書きやらは多い。

「アンタ、何で俺の頭に降ってきたんだよ?」


「ゴォオ、ごめんなさい!人がいるとは思わなかったんですよ!」


「人がいるとは思わなかったァ?天下の往道に人がいねェ訳ねェだろうが!!」


「ゴォオ、ごめんなさい!!」

――今。俺は何故か、ホントに何故か、民家の屋根から俺の頭上に飛び込んだ少女とお見合いよろしく対面していた。明らかに日本人ではない。腰まである髪は程良くカールしていて、綺麗なブロンドが夕日に照らされ、場所によって色が変わって見える。瞳は、透き通った琥珀色。この色は、外国でも珍しいんじゃないだろうかと思う。背丈は、俺より少し低め。外人だから、日本人の基準よりやや背が高い。

「…」

正直に言おう。

可愛い。歳は…俺より上?いやしかし、アジア人から見て、西洋人は大人びて見えると言う。彼女も例外ではないだろう。だが、殺人未遂なのは変わらない。どんだけ可愛かろうと、そこだけは追求しなくてはいけない。

「…で?何で屋根から飛び降りたんだよ?」


「うっ…」

ギクッ、という擬音が似合いそうな程、少女は肩を震わせた。

「何だよ、言ってみろよ」


「いや…ここは、黙秘権という事でどうか一つ」


「さ、警察行こうか、殺人未遂犯さん」


「ゴォオ、待って!それだけは!」

フルフルと…いや、そんな可愛らしいもんじゃない。

ブルブルと少女は首を横に振るう。カールした綺麗な金髪が、軽やかな波を際立てる。

「理由を言え、理由を。如何によっては許してやるから」


「…いや、でも…巻き込みたくないし」


「巻き込みたくない?何だよ、誰かに追われてるとか?」

冗談めかして言ったつもりだったが、少女は頷いた。

数度の深呼吸の後、意を決したのか真面目な顔をして言った。

「ボクの名前はアリス・クロウリー。魔術結社『暁の星団』の一員だったんだ」

アリスと名乗る少女は神妙な面持ちで言う。

「…マジュツケッシャ?」


「うん。知らないかな、『黄金の夜明け団』って。錬金術を極めようとした『薔薇十字団(ローゼンクロイツ)』からイギリスに派生したのが『英国薔薇十字協会』で、そこから更に分岐したのが『黄金の夜明け団』。そして、覇権争いによる消滅と同時に更に分岐した宗派によって構成されたのが『暁の星団』。ボクはそこの一員だったんだ」


「…そうですか」


「そこの人達に追われてるんだ」

話す少女は真剣そのもの。

いや、真剣だからこそタチが悪い。

えっと…何コイツ?フシギちゃん?もしコイツがフシギちゃんだとすれば、俺はコイツの妄想のせいで頸骨を折りそうになった訳だ。

「…さっ、アリスちゃん。行こうか」


「ヘェエ、待って!何で!?何でボク警察に行かなくちゃなの!?」


「いや、警察じゃない。安心しろ」


「…じゃあドコに?ハッ、まさか、イカガワシイ所!?」


「いや、精神病院に」


「それこそ何で!?」

ブニャ〜!とデブった猫みたいな声を出して威嚇してくる少女、アリス。

「イギリスにはちゃんと公式に魔術結社はあるんだよ!?国立の会社だってあるし!!」


「知るかンな事!危ない夢見てないでとっととウチに帰れ!」


「その意見は私も同意しますです」

不意に、背後から声が聞こえて、俺とアリスは振り返った。そこには、アリスがいた。

「なっ、アッ!?」

いや、違う。

アリスじゃない。

少女は髪の色こそアリスと同じ金色だが、髪型はショートカットだ。

細身な事で、よりいっそうボーイッシュな印象を与えられる。

それに、目が違う。

琥珀色は深く濁っていて、凍り付いた泥水の様な雰囲気を醸し出している。

アリスの透き通った朱と相反する紅は、俺に冷や汗をかかせるには充分だった。

「メリッサ…、貴女がどうしてココに!?」


「勿論。アリス、貴女の抹殺が目的です」

無碍にもなく述べる少女。メリッサと言うのは、恐らく名前だろう。

「あ、何?知り合い?」

俺は後ろにいるアリスに問いかけた。

青ざめた顔でメリッサを睨みつけているアリス。

睨みつけたまま、俺に視線を向けずに、

異母妹(いもうと)だよ…偶然同じ日、同じ時間に生まれた、双子のね」

異母姉妹で双子。

そんな話、聞いた事がない。

どれだけ確率が低いのか、考えようがない。

フゥ、とため息を吐き、メリッサは詠うように言った。

「私の任務はアリスの抹殺と『ある物』の回収、それと、アリスに関わった者の抹殺」


「なっ、抹殺!?」

先程聞いた時とは事情が変わり、俺は驚いた。

少女、メリッサが腰からナイフを取り出したからだ。

やけにゴテゴテと装飾を施したナイフ。

宗教的な印象を与えるそれは、明らかに玩具ではない。

月光が――今になってようやく気付いたが、陽は落ち、辺りはすでに暗闇と化していた――装飾が施されたナイフを妖しく照らす。


「ボクに関わった人も抹殺って…どういう事!?」


アリスが叫ぶ。

叫び声は沈黙を保った暗闇に、余韻すら残さずに呑まれた。


「私達『暁の星団』は魔術結社であると同時に秘密結社でもあります。しかも、公式記録ではすでに消滅した事になっています。『暁の星団』が未だ秘匿存続している事実が周囲に知られては困るのです。ですから…そこの貴方」



ナイフを俺に向けるメリッサ。

冷気を帯びた様に澄んだ刃の光は、さながら氷細工の様だ。

冷たい風が頬を刺す。朝、暖かいと思えた風が、今は容赦なく俺を貫く。

「貴方は『暁の星団』の事を知った。怨むなら、アリスを怨みなさい」

メリッサの言葉にアリスが顔を蒼白にした。カタカタと、指が震えている。

「っ、お願いメリッサ!やめて!『賢者の石』は返すし、ボクの生命もあげる!だから、この子に手を出さないで!!関係ないの!!」

(賢者の…石?)俺は訝しげにアリスを見た。

「もう遅いのです。その少年は、充分に関わった。殺すには充分な理由です」

告げるメリッサに、やはり抑揚はない。

場違いかも知れないが、俺にはヒドく精密な人形に思えてならない。

「シナゴーグ、第三階級(サード)・大天使ウリエル…」

訳の分からない事を呟きながら、メリッサはポケットから一枚の紙を取り出した。

「羊皮紙…護符…?」

アリスが呆然と呟き、急に駆け出す。

「あ、オイ!」

俺はその腕を掴もうとするが間に合わず、空を切るだけに終わった。

ナイフを持ったメリッサの腕をアリスが掴む前に、メリッサは羊皮紙を地面に落とし、ナイフを突き立てた。

「イーミス…」

微笑しながら、メリッサが唱える。

初めて見たメリッサの笑い顔は、恐ろしい程冷たかった。

「お〜い、いるか〜?」

コンコン、と家のドアをノックするが、返事はない。

「あれ〜?アイツいないのかな〜?」

来未は、肉じゃがを片手に首を捻る。

「全く…どこで道草食ってんだか…」

フゥ、とため息を一つついて、来未は肉じゃがを床に置いた。

(ま、帰って来たら食べるでしょ)今回の肉じゃがは、正直言って自信作だ。

アイツも食べたら、きっと美味いと言ってくれるだろうと、来未はその光景を想像して、一人微笑んだ。

喜んでくれるかな?褒めてくれるかな?…美味しいって、言ってくれるかな?考えれば考える程、ドキドキした。

来未は、双子の姉・未来と二人暮らしだ。

両親とは、年に数度、会えるか会えないか、といった状態だ。

一方で、幼なじみの少年は親がいない。

両親は幼い頃に他界して、今は親戚に養ってもらっている、と聞いている。

しかし、両親は親類と仲違いしていたらしく家に入れさせてもらえない、一人暮らし出来る程の大金を送ってくるだけで放置されている、とも聞いている。

お陰で…という言い方もどうかと思うが、一人暮らしにはすっかり慣れていて、いまや主婦顔負けの生活力を持っている。

安売りセールのチラシを見たら学校帰りにスーパーに直行し、大量に食料品やら何やら購入していく。

制服姿に米やらトイレットペーパーやらの買い物袋を下げて歩くのも慣れている。

となれば当然、料理の腕もかなりのものだ。

低予算で栄養価も考えた、バランスが取れつつ美味い料理を作る。

とても、高校生とは思えない。

そんな少年が褒めてくれるのか、急に、来未は不安を感じた。

(…きっと、大丈夫だよね)苦笑しながら、来未は少年の家のすぐ隣の自宅に戻った。しかし、少年は帰って来ない。

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