殺人的かつ非情的に
「ホントに死ぬかと思った…」
俺は机に突っ伏した状態でグッタリしていた。
あの時、ブレンバスターが極まる寸前。
鼻先がアスファルトを擦った辺りで止まった。
否、来未が止めたのだ。高校生の男を、空中で。どんな怪力かと奴に問いたい。
「それは…大変だったね」
と、俺の独り言に答えてくれたのは、一人の少女だった。
来未と同じ顔をした少女。
違いが分かるのは、髪型のお陰だ。
彼女は、茶色が混じった黒い長髪をサイドに束ねたツインテール。
目は、心なしか垂れ気味な気がする。
名は、宮崎 未来。
来未と相反する名を持つ彼女は、来未の双子の姉だ。
性格は至って温厚。
運動はてんでダメだが頭がいい。
生徒会役員を務めていて、次期会長という噂が後を絶たないがあながち嘘じゃないと思う。
だが、その事を鼻にかけるような事は絶対にしない。
物腰は柔らかく、上品なオーラを漂わせているクセに実は結構気さくな喋りで話しやすく、異性にも同性にも人気がある。
「ごめんね、来未、乱暴で…」
「いいよ…今に始まった事じゃないし」
ハハッ、と自虐的に笑う。
来未は別クラスだが未来は俺と同じクラスで、こうやってしょっちゅう話し込んでいた。
正直、来未とはクラス離れて良かった。
アイツといたら、どこのマンガやギャルゲーかと言わんばかりに喧嘩になるからな。俺が一方的にリンチを受ける訳だが。
「でも、来未の言い分も一理あるよ」
常に笑顔を絶やさない少女は、言う。
「いや、分かってるんだけどね…学校に来なきゃ単位危ないって」
「そうだよ。いつも赤点ギリギリなんだし、単位くらいはとっとかないと」
グサッ、と。
未来の言葉の剣は、俺の心の中枢部に深く突き刺さった。
頭悪いんだから単位くらい取れ、と言われた気がしてならない。
「あっ、もう時間だね。それじゃ、また後で」
バイバ〜イと小さく手を振りながら少し離れた席に着く少女には、恐らく、他意というものはないのだろう。
のほほんとした印象を与える少女は、いつも何気なくも鋭いツッコミをしてくる。
精神的外傷を与える姉と、肉体的外傷を与える妹。
性格や得意分野は似てないクセに、その点だけは姉妹だなと思える。同時刻、街中。
「クソッ、しつこい!」
少女は人並み外れた速度で、人々が交錯する街中を疾走していく。
その少し後ろを、やはり人並み外れた速度で少女を追う黒服達。
オリンピックの短距離走に出ても余裕で金メダルをもらえそうな速度だ。
人々の目につかないハズがない。
「こんな、極東の辺境まで追ってくるなんて…ちょっと計算外」
一人ゴチるが、そんな事を言ってる場合ではない。
こんな街中だ。
敵も、派手な動きには出れないハズだ。
このまま捲ければいいのだが、人海戦術は少し厳しい。
「あ〜もう!いい加減しつこいっ!!」
うわぁん、と大声で叫びながら街中を人外の速度で疾走する少女と、少女を追う黒服達。
誰がどう見ても、胡散臭かった。
昼休み、学校にて。
金を賭けて(違法)、俺は友人三人とポーカーをやっていた。
テスト中ですら出来ない程、俺は真剣に考える。
ハートのK。
ハートのQ。
ハートのJ。
スペードの5。
ダイアの5。
手堅く2ペア狙いで行くべきか?いやしかし、ここまで揃ったら、やはり大物を狙うべきか?俺は、チラリと友人を見た。
三人とも、余裕そうな顔をしている。
(これは…最低ラインがフラッシュかスリーカード…って事か?)となれば、最低フラッシュを出さなければ俺の負けだ。
2ペア狙いなんて言ってる場合じゃない。
「…ムゥ」
「早く引けよ。後つっかえてんだから」
「…分かった」
覚悟を決めよう。
俺は、全神経を指先に集中し、手札からダイアの5とスペードの5を捨て、トランプを一枚引いた。
ハートのA。
(キタ!よっしゃキタ!)これで、残りを狙うはハートの10。
そうすればストレートフラッシュ。
恐らく、この場で一番強い稗だろう。
バイクとゲームの神に祈りを捧げ、俺は山札からカードを引いた。
クラブの5。
唖然としている俺を余所に、友人がカードを引き、ダウン。
俺・ブタ。
友人A・フラッシュ。友人B・ワンペア。友人C・ストレートフラッシュ。
「NO!納!?」
すかさず俺は逃げ出したが、それよりも早く友人らに捕まった。
「ホラッ、ホラッ、ホラッ」
「連敗しちゃったね〜」
「ささ、今日の賭け分…払ってもらおうか?」
三位一体の阿修羅よろしく、ニタリと邪悪な笑みを浮かべる友人三人。
「今日は俺ら一回ずつ勝ってるから〜」
「俺は二回勝ったけど〜」
「支払って下さいよお客さん?ワンレート五〇〇円、×4で二〇〇〇円」
悪魔かコイツら。渋々と財布をあけてみると、四〇〇円しかなかった。
「…あ、明日こそ勝って金返すよ」
「オッケ〜。構わないよ」
Aの言葉に、俺は疑問符が尽きない。
「…いいの?」
「あのな…俺らはそこまで悪人じゃねェっての」
Bの言葉はこの上ない程胡散臭かったが、ちょっぴり感動。…していると、Cが言った。
「担保としてお前の教科書は質入れしとくから」
「オイ!ちょっと待て!」
ABC、各々、俺の机から教科書を持っていく。
俺は、悪魔達の背中を見つめる事しか出来なかった。
「最悪だアイツら…」
放課後、俺は独り寂しく下校していた。
教科書を忘れた罰として、学校のワンフロアを掃除していたら遅くなってしまった。
友人らはとうの昔に帰っていた。
中途半端な時間帯なので、来未は部活で未来は生徒会で、俺は孤独に下校する他ない。
「最悪、最悪、最悪だァ〜…」
独り言がやけに多くなっている気がするが、今はゴチねば精神に異常を来しそうだ。
と、不意に、暗くなった。
どうやら、俺に影が差したらしい。
雲か、と思い空を見上げると、白と水色のストライプ。
「…あ?」
と声をあげる前に、俺は上半身に衝撃を感じた。
ついでに、ゴシャ!という、何かがへしゃげた様な音も聞こえた。
「アッタタタ…ッハ、そうだ!」
薄れる意識の中で聞こえたのは、少女の声だった。
「君大丈夫、しっかり!」
とかいう声も聞こえる。
何だか良く分からないが、この声の少女が俺の上に降ってきたッポイ。
俺は起き上がって文句を言おうとしたが、だんだん意識が遠のいて、やがて眠りについた。
というか気絶。――最後に見たストライプを目に焼き付けたまま。