戦闘的かつ窮地的に
かなり間が空いてしまいましたが、何とか続きを書く事が出来ました^^;
こんな小説ですが、ここまで読んで下さった方に、心からのお礼を。
さて、オカルトはそろそろクライマックスです。
「おッ……テメェ、アリス!自分が何やったか分かってんのか!?」
先程までの、人を小馬鹿にした態度と一変したシンが形相を歪めて叫ぶ。
メリッサはシンから手を離し、バックステップで俺とアリスの元へと戻ってきた。
「分かってるよ。ボクはボクを助けようと魂を削ってくれた恩人を、救いたかった。だから、ボクは間違っていない」
「ば、バカかテメェは!そんな事しちまったら、お前……『暁の星団』に殺されるぞ!?もう言い訳は通用しないんだぞ!?」
「それも分かってる。でも……そもそも、ボクは賢者の石を盗み出した時点で罪人だから。きっと運命は変わらないと思うよ」
二人の会話をぼんやりと聞き流しながら、俺は胸元をまさぐる。
闇夜にも関わらず、薄い琥珀に輝く小さな石――賢者の石が、俺の体内に侵入したと言うのに、身体には何の変化も見られない。
「お、い。……俺に、何を、したん……だ?」
自分で言っておいて何だが、俺はその台詞を誰に当てたのかが分からない。
未知の光景を見せつけられて、自分でも分かる程に困惑している。
「アスカの補充。つまり、貴方の生命力を回復させたのです」
「……アリスのお陰で、アンタは一命を取り留めたんだよ」
メリッサは安心した表情で、シンは苦々しい表情で、それぞれが答えてくれた。
「それで……シン。貴方はこれから、どうするつもりなのですか?」
ベリーショートの髪を風に靡かせ、メリッサが訊ねる。
いつの間にか、手にはアーサニーと呪符を携えている。
漠然とだが、重苦しい空気が流れているのが分かる。そして多分、原因は……俺だ。
「とりあえず……俺は任務を遂行するさ」
のそのそと起きあがりながら、ボソリとシンが呟く。
アリスとメリッサが同時に構え、俺は今更の様に立ち上がる。
「そいつを殺して、賢者の石は取り返す。覚悟はいいな、貴様」
眉間に皺を寄せ、シンが俺を睨みつけてくる。
全身に糸を巻き付けられた様な、金縛りに近い感覚が俺を襲う。
「私はこの人に、生命を救われた。そう易々と殺らせはしません」
「ボクもそうだよ。恩人を見捨てるつもりはこれっぽちもないんだから!」
俺とシンの間に立ちはだかり、アリスとメリッサが言う。
「お前達は連れ帰る。クロウリーの恥とならない様にな。そして……そこのアンタ。貴様は殺す」
三人が、腰を落とし踵を上げ、一触即発の雰囲気を生み出す。
「行くぞ」
言うが早いか、シンが一足で二人の間を通り抜け、俺の目の前に現れた。速い!
が、メリッサは動きを見切っていたのか、横薙ぎに後ろ回し蹴りを放つ。
ピンポイントでシンの側頭部を穿つ一撃だったが、しゃがみ込んでこれを回避。
シンは左の拳を握り締め、その中指と薬指の間には、寸鉄(暗器の一種)を挟み込んでいた。
「逝け」
全身のバネを駆使し、必殺の一撃が光のごとき速さで俺の眉間に襲いかかる!
「ッつぁ!」
身を捩って何とか必殺の一撃を避けたが、俺の右頬に掠り小さな痛みが走った。
みっともなく地に倒れ伏せ、見上げるとシンが右手を振り上げていた。
その手に光る鈍色の輝きを放つ物は……スパナだ。
スパナ?
と疑問に思う間もなく、シンはそれを振り降ろす。
が、アリスが割って入り、シンの動きがピタリと止まる。
アリスの眉間スレスレで、寸止めした隙をついてメリッサの右ストレートが、横から飛来してシンの頬に突き刺さる。見事なまでの不意打ちだ。
ゴヅ、と鈍い音が響き、シンの身体が吹き飛ぶ。
かなりの細腕だと言うのに、どんな怪力をしているのかと場違いながら疑問に思う。
ベリーショートの少女はシンに体勢を立て直す隙も与えずに、追撃を図る。
しかしシンは空中で体位を変え、片手をつきクルリと反転、逆立ちしたまま地面と水平にメリッサに蹴りを放つ。
華麗なサイドステップで難なく避けたメリッサはしゃがんで、足払いならぬ手払いの水面蹴り。
「チィ!」
強引に片手だけで飛び、蹴りを回避したシンはすかさず地面に着地し、同時にバックステップで距離をとる。
「Damoclis gladium!」
チャンスとばかりにアリスが叫ぶ。
頭上に光の剣が形を成していき、シンめがけて襲いかかる。先刻、メリッサを攻撃した魔術である。
半歩、横にずれてこれをかわす。
そこにすかさず、メリッサの左ハイキック。シンは両腕を使い、ガードした。
あれは俺も一度喰らった。
まるで死神の鎌で首を斬り飛ばされる様な、恐ろしいまでの破壊力を持っている。
素早く足を引くメリッサだが、シンに足首を掴まれ、バランスを崩す。
振り降ろしの一撃(スパナ仕様)が今まさに炸裂せんとしている。
アリスはと言うと、魔術を撃てないでいた。
シンとメリッサが近すぎるので、下手すれば誤射してしまう。
スパナの一撃を、軸足の動きだけで身体を九〇度横に回転させ、避けると同時に飛び上がり、無防備な顎に右の蹴りが極まる。
バク転の要領で背面に両手を付き、蹴り上げた右脚の膝を曲げてシンの首を絡めとって回避できない様固定し、掴まれていた左足を外してその勢いのまま、槍の様にシンの鼻面を突く。
「ぐがッ……」
叫び声すら挙げさせず、地に着いた両手を翻し、左足は半円を描いてシンの足を払い、地面に倒す。
再び左足を振り上げ、地面に背中をつけたままメリッサは踵落としを繰り出す。
避けようにもシンは首を固定されて、動けない。
ゴシャッ!
また鈍い音が響く。
両足を地面につき、全身のバネと筋肉を見事に扱い、メリッサは新体操みたく、ゆっくりとしたバク転で体勢を立て直す。
俺は、そんな超高レベルな闘いを、唖然としながら眺めていた。どちらも人間業じゃない。
「諦めて下さい、シン。貴方では私には勝てません」
憂いを帯びた表情で、メリッサは告げる。
不透明な濁った琥珀の瞳は、シンを見下ろしている。
「シン。お願い……」
アリスは片膝ついて座り込んだまま、告げる。
メリッサとは対照的な、明瞭な琥珀の瞳を僅かに濡らしながら。
一方、シンは微動だにしない。
ぐったりと仰向けに倒れたまま、ピクリとも動こうとしない。
「……『暁の星団』の命令は、絶対」
ボソリと、俺の背後から声が囁く。
次の瞬間には、脇腹に激痛と衝撃が走り、俺の身体が横倒しになる。
背後から誰かに爪先で蹴られたと認識したのは、後でだった。
「なっ!?」
驚愕に目を剥くメリッサ。倒れたままのシンと俺の背後の何者かを見比べる。
「泥人形!?」
そう叫んだのはアリスだ。
ほぼ同時に目の前のシンの輪郭がぼやけ、その場で溶けた。その正体は、泥だ。
「……って、事は。テ、メェ……は!」
俺は倒れたまま、見上げた。
闇に隠れて表情は分からないが、そこに立っている少年はまさしく、シンだった。
「首をへし折ってやろうか、お兄さん?」
淡々と呟くシンの爪先が、俺の首筋に当たる。
「クソ、がぁ……」
「クソはテメェだ。自分は戦おうとせずに女に守られて、何もしないで貪欲に生きようとして。虫酸が走る。アンタは一度、死んでるんだよ。理解しろ。そして死ね、ゴミが」
ギリギリと首にかかる圧力が増してくる。どこにそんな力があるのか、まるで万力だ。
「メリッサ。アリス。動けば本当にコイツを殺すぞ?」
グッ、と二人の動きが止まる。今まさにアクションを起こそうとしていたのだろう。
「コイツはアスカが無くなっても生きる化け物だ。賢者の石なんざなくたって、怪我さえしなけりゃ生きていける。ある程度の怪我でも、マナがあれば癒せる。その分寿命が多く縮まるのはしょうがないとして。なのに、どうしてコイツを守る必要がある?」
「決まってる。その人は、僕やメリッサを助けてくれたからだよ」
「無関係の方なのに。生命を賭して」
間髪入れずに二人は答えた。ますます、足に力が込められる。
「『暁の星団』の言葉を忘れたのか?『組織について直接・間接を問わず、些細な事でも知ってしまった者は血の礎に』だ。そしてコイツは俺達を知った。殺す必要こそあれ、生かす必要がどこにある?」
歯を噛みしめながら、憎々しそうに呟くシン。
「その言葉が嫌いだったから、ボクは脱団したんだよ」
顔はシンに向けたまま、しかし視線は状況を打破する手段を考慮すべく様々な方向に泳がせながら、アリスは呟く。
今更言うのも何なんだが……これって俺、滅茶苦茶ピンチなんじゃ?
まさに生命の危機と言えよう。
……一度死んでる身ですがね。
(こ、こんな状況でさえシリアスになれないとは……自分自身の楽天ぶりが今は恨めしい)