慈悲的かつ治癒的に
「……寅の方角に、接近する影あり。不可視の魔術を展開。……この力は、シンか」
説明の途中であったが、急にメリッサが顔を上げて首を回し始めた。
獣的な動きを見て、俺はどこかゾッとした。
「え、何?何が起きてるの?おいアリス、説明しろ」
「う〜ん。まぁ、ぶっちゃけて言えば、メリッサの他にも追っ手がいるって事かな」
テヘッといった感じで舌を出すアリスだが、腹の血が止まらないくせに痛みがまるでないという極限状態の俺からすれば、ムカつく事この上ない。
「ってか、俺の傷はどうなの?いや、それ以上にさっきの言葉の意味は何なの?いやいや……だぁもう!どっから何を聞けばいいのかまるでさっぱりだ!!」
「言いにくいんだけど、つまり君は死んじゃってるの。ブードゥのゾンビみたいな存在かな?」
「それこそぶっちゃけすぎ!ってか言いにくいっつっといてアッサリ言いやがった!うわぁ、さっきまであんなにシリアスだったのに何このさっぱり感!?」
「静かにして下さい!気配が察知出来ません!」
「うわぁ怒られた!俺だけ怒られた!ちょっと待って下さいメリッサさん!?普通は俺が怒るとこですよここ!オイこら聞けよテメェ、誰の攻撃で腹に風穴開いたと思ってんだゴルァ!!」
というかそもそも、何で俺はメリッサに膝枕されてるのだろう。
接近してくる影とやらに意識を集中しているのか、メリッサは虚空を見つめたまま何かをブツブツと呟いている。完全に俺は眼中外らしい。
「えっと……アリスさん?俺はどうしマショ?」
「あ、そうだったね、忘れてたよ」
忘れないでくれ、人の死活問題を。
「とりあえず、マナを消費しない為にボクが魔術で補填をしとくね。分かりやすく言えば、ケ○ルやホ○ミみたいな回復魔法かな、うん」
「……日本のゲームは知らないんじゃなかったのか?」
確か、ゴーレムを倒した後、賢者の石について聞いた時にそんな事を言っていた様な気がする。
(気がするんだが……一時間くらい前の話の筈なんだが、何故に半年くらい前の様な気がするんだろう……)
不思議で仕方がない。
アリスが相変わらず意味不明な言葉を呟き、俺の傷口に手をかざす。
朱い暖かな光が傷を包み込み、みるみる内に癒していく。
「おぉ、スゲェ……」
これなら医者いらずである。
俺は今、初めて、アリスが実はスゴい奴なんだと思い知った。
「距離……二〇〇……一五〇……一〇〇……来ます」
「は?」
何が、と俺が訊ねる前に、
轟!と一陣の風が吹き、まるで映画のフィルムを切り取った様に、ハイライト飛ばして目の前に誰かがいた。
前髪は五分分けで顎まで伸ばされていて、サイドからバックにかけてポニーテイルにしている、少年が一人。
ただし少年は、アリス、メリッサと同じ顔をしている。
「なバッ、三人!?」
驚くな、という方が無茶な話だろう。
今、俺の周りにいる二人の少女と突如現れた少年が、全くそっくりな顔立ちなのだから。
「初めまして、お兄さん。俺はシン・クロウリーと言います。『暁の星団』の一員で見ての通り、アリスやメリッサとは異母兄弟です。今回は、賢者の石の回収に来た次第でして、貴方に一切の危害を加えるつもりはありませんのでよしなに」
シンと名乗った少年は、深々とお辞儀をしながら言う。日本語も達者だ。
……。
…………。
……………………ん?
「えっと、シン。ちょっと聞きたい事があるんだけど、いいか?」
「何なりと」
俺が訊ねると、シンは人懐っこい笑みを浮かべて答える。
いきなり呼び捨てにした事について怒った様子はない。流石は西洋人、大らかだ。
「俺に危害を加えるつもりはないって言ったケド、俺はメリッサに口封じされかかったぞ?」
俺の言葉を聞いたメリッサが、心なしかしょぼんと肩を落とした気がする。
「『暁の星団』の存在が知れた以上、殺さなくてはいけない……とか言ったんでしょ?」
声色を真似、シンは爆笑する。
「まぁ、一応……」
「確かにそういう規約もウチにはあります。ですが、魔術師でもない貴方に知れたところで、特に意味はないんですよ。貴方が広言しなければ、それで済みます。一応、メリッサの判断も正しいですが、人が死なない解決法の方が素晴らしいと思いませんか?」
「文字通り、痛い程に分かります」
更に肩を落とすメリッサ。
その隣では、アリスが『フフン』と勝ち誇った笑みを浮かべている。
「と、お喋りはここまでにして、……アリス。賢者の石を渡してくれ」
笑顔を消し、シンが氷の様に凍てついた目つきでアリスを見下している。
彼の琥珀色の双眸を見て、俺はゾッとした。
どうしてクロウリーって名の付く奴は、こうも感情が殺せるのか不思議でならない。
「……シン」
「何だ?」
首に下げた、賢者の石で作ったペンダントを首から外し、アリスは呟く。
「人が死なない解決法があるのなら良い……って言うのは、君の本心?」
「そうだが……それがどうした?」
チラリと横目で賢者の石を見てみると、相変わらず弱々しい希薄な琥珀の光を灯した、透明感のある石。
「……だったら、」
アリスはその石を握り締め、
ペロッと舌を出しウィンクをして、
賢者の石を握り締めた。
「ごめんね」
初め、アリスの言葉の意味が分からず、俺、メリッサ、シンは怪訝な表情をした。
が、真っ先に意味に気付いたのか、メリッサがシンに体当たりをした。
あまりに突然の事で対応できなかったシンは、横からのタックルという事で大きく身体を傾けて転倒した。
アリスの小さな手が。
賢者の石を握った手が。
俺の心臓部分に賢者の石を当て。
「Possunt,quia posse videntur」
何かを呟き、賢者の石がペンダントから外れ、俺の体内に入り込んだ。
「な……、に、を?」
得体の知れない未知の感覚が全身を走り、俺は吐き気を抑えながらアリスを見た。
「……君のアスカの補填」
答えたアリスは、心の底からの笑顔だった。
長らく放置していました『魔術と現実の境界線』、書きました!はいバンザーイ!ヽ( `Д´)ノ
……何かもう、お前ら誰だよって言いたくなるくらいの変わり様。こんなに書き方が変わるなんて……orz