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天青の巫女 ~箱入り少女とおちゃらけ幽霊の死に戻り救済譚~  作者: あじふらい
3章 魔術と星見と図書館と

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3-12 司書からの依頼

お茶会からさらに数日後。

写本作業もいい感じに進んで終わりが見えてきていた。

そんな特に変わりはない写本生活を送っていたはずだったけど、なんかちょっと受付の中の司書さんたちが慌ただしい?

いつもなら静かに入館受付の対応とかをしている司書さんたちが、今日は何度も受付の奥を行き来していた。

誰かが書類の束を持って走りかけて、慌てて歩調を緩める。

別の司書さんは小声で話し合いながら、ちらちらと図書館を見渡している。

魔道図書館は基本的に静かな場所だ。

だからこそ、その小さな慌ただしさが妙に目立った。


「……なんというか、忙しそうですね?」


私が小声でそう言うと、隣で写本を進めていたリーゼちゃんも顔を上げた。


「そうですね。普段より、少し落ち着きがないように見えます」


「気にしなくていい。手を動かして」


隣の写本台に座っていたセシルさんは、顔も上げずにそう言った。

いつものことだけど、セシルさんは周囲の変化に気づいていないわけではない。

気づいた上で、興味がないものとして処理しているだけだと思う。

自分の害になる場合はその限りじゃないだろうけど。


「でも、あれだけ慌ただしいと気になりません?」


「……珍しくはあるけど、気にするだけ無駄」


「それはそうなんですけど……」


もう一度受付の方を見る。

すると、ちょうど奥から出てきたマルタさんと目が合った。

マルタさんは、私たちの方を見ると少し困ったように眉を下げた。

そして、何かを迷うように一度受付の奥へ視線を戻してから、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。


「セシルちゃん。少し、いいかしら」


「ダメ。邪魔」


即答だった。

マルタさんは苦笑している。


「そこをなんとか、話だけでも聞いてもらえないかしら……?」


「あんたなら分かってるでしょ。後にして」


「後にした結果、このタイミングになってしまっているんだけど……」


その言葉に、セシルさんの手が止まった。

羽ペンの先が紙の上でぴたりと静止している。

後にした結果ってどういうことだろう。

マルタさん、セシルさんの性質を分かってたはずだし、明らかに邪魔になるタイミングの今声をかけてきたことには意味があるとは思うけど……


「……どういう意味」


マルタさんは、こちらに視線を向けてから、少しだけ声を落とした。


「最近、都市の周辺で魔物の動きが活発になっているの。報告自体は前から上がっていたのだけれど、ここ数日で明らかに数が増えているわ」


「魔物ですか?」


リーゼちゃんが不安そうに聞き返す。

マルタさんは頷いた。


「ええ。街道沿いでも多数の報告が上がっていて、行商人や学院関係者にも被害が出始めているみたいで……都市政府も、ただの偶発的な増加ではないと見ているの」


「それで、図書館が慌ただしくなっているんですか? なんで図書館が……」


私が聞くと、マルタさんは小さく息を吐いた。


「魔道図書館は、都市と学院の管理と支援を受けて運営されている施設だから。私たち司書は、一応双方から雇われていることになるのよ。こういう時に完全に無関係ではいられないの」


「えっと、無関係でいられないとどうなるんですか……?」


「都市政府から、魔物討伐に協力できそうな者がいれば声をかけ協力を依頼するようにと通達が来ているというと分かりやすいかしら……?」


なるほど……?

つまり、図書館そのものが魔物でどうこうというわけではないけど、都市から協力者探しを手伝ってほしいと言われているということらしい。

分かったような、分からないような。

でも、マルタさんの困った顔を見る限り、断ればいいだけの簡単な話ではないのだと思う。


『要するに、板挟みということじゃないですか?』


ふわりと、私の肩の少し上あたりに浮かんでいたトコヨが呟いた。

思わず視線だけをそちらへ向ける。

トコヨは受付の方を眺めながら、少しだけ眉を寄せていた。


『ここは独立都市って話ですし、政府からの指示が国や王からの指示に等しいとした場合、都市の指示を無視するわけにもいかない。とはいえ、碌な腕もない人に声をかければ、その人が死ぬかもしれない。司書にとっても、気軽に斡旋できる仕事ではないですよね』


『たし、かに? そもそも、司書さんたちが図書館に来ている人の腕なんて知ってるわけもないし、そっか。そうだよね』


確かに、ただ声をかけるだけなら難しくないのかもしれない。

でも、それで相手が魔物に襲われて死んでしまったら。

そう考えると、司書さんたちが困っている理由も少し分かる気がした。


「都市政府としてはかなり警戒しているのよ。魔物が散発的に出ているだけなら、まだ街道警備の強化で済む。でも今回は、出没範囲が広がっているうえに、数も増えている。最悪の場合、魔物が都市へ一斉に押し寄せる可能性もあると見ているそうなの」


「一斉に……」


嫌でも故郷の集落やソルミア王国の惨状がちらついた。

どちらも黒竜のせいではあったけど、それでも、本当にそんなことになってしまったら、似たような被害にはなる可能性が高い。


「もちろん、都市も何もしていないわけではないの。魔術学院の成績優秀者や一部の教師は、授業や実地訓練の名目で討伐に出ているわ。都市が雇っている魔術師たちも総出で防衛や周辺の巡回に回されている」


「それでも足りていないんですか?」


「ええ。討伐しても、別の場所でまた報告が上がる。減っていないというより、むしろ増えているように見えるそうよ」


それは、かなりよくない状況なのではないだろうか。

普通の魔物被害なら、討伐すれば一時的にでも落ち着くはずだ。

それなのに、対処しても追いついていない?


「帝国は? あそこはちゃんと交渉すれば軍くらい出すでしょ」


セシルさんが短く尋ねた。

マルタさんは少し表情を曇らせる。


「バルグラント帝国にも、外交経由で既に協力を打診したそうよ。ただ、あちらはあちらで戦争の後処理と、次の戦争に向けた備えで手一杯らしくて……少なくとも、すぐに大きな協力を得られる見込みは薄いらしいの。だから、私たちにまで指示がきているくらいで……」


「つまり、当てにならないってこと」


「……言い方は悪いけれど、そうなるわね」


セシルは薄く目を細めた。


「それで、図書館にいる人間にまで声をかけろって?」


「そういうことになるわ」


マルタさんは申し訳なさそうに頷いた。


「ただ、私たちも誰にでも声をかけられるわけではないの。そもそも、学院の優秀な生徒や教師はすでに動いている。ここに来ている人たちは魔術を学ぶために来ている方がほとんど。その方たちが実戦に耐えられるかどうかは、別の話でしょう?」


「はい……」


それは分かる。

魔術が使えることと、魔物と戦えることは同じではない。

実戦に慣れていない人が突然魔物討伐に出たら、きっと危ない。


「だから、私たちも困っていたの。都市からは協力者を探すように再三言われている。でも、安易に声をかければ危険に巻き込むことになる。結果として、ほとんど誰にも打診できていないくらいで……」


マルタさんはそこで一度言葉を切る。

そして、少しだけ言いづらそうにセシルさんを見た。


「……ただ、司書の間で、セシルちゃんなら、という話は前から出ていたの」


セシルさんの眉がぴくりと動いた。


「嫌」


「まだ頼んでいないけれど」


「今から頼むんでしょ。嫌」


あまりにも早い拒否だった。

でも、セシルさんらしいといえばセシルさんらしい。

マルタさんも予想していたのか、困ったように笑うだけだった。


「そう言うと思ってたわ。だから、今まで私も声をかけなかったの」


「そ。声かけないで」


「ええ。そうしたかったのだけど……誰にも声をかけないわけにはいかないから、聞くだけでもってことになってしまってね。セシルちゃんなら、実力は申し分ないし……それで、セシルちゃんに頻繁に声をかけていた私から確認するようにって言われてしまって」


「あんたなら答え分かってたでしょ」


「……ええ、そうね」


マルタさんはあっさり認めた。


「セシルちゃんに義務はない。だから、断られても仕方ないと思ってるわ」


「なら終わり」


セシルさんはそれだけ言って、再び羽ペンを取ろうとする。

マルタさんは引き止めなかった。

ただ、少し寂しそうに目を伏せていた。


「ごめんなさい。忘れてちょうだい」


その声が、妙に引っかかった。

セシルさんが嫌がるのは分かる。

魔物討伐なんて危ないし、セシルさんにとっては研究や写本の邪魔でしかないのだと思う。

でも……

魔物が都市を襲うかもしれない。

都市がそれを本気で警戒している。

それなのに、頼れる人が足りていない。

その話を聞いて、何も思わないでいるのは難しかった。

セシルさんの横顔を見る。

セシルさんは何も気にしていないような顔をしている。

でも、本当にそうなのだろうか。


この街は、セシルさんが育った街だ。

あの家がある街だ。

誰も住んでいないはずなのに、綺麗に保たれていた家。

長く離れていたはずなのに、荒れた様子がなかった家。

あれはきっと、誰かが手入れをしていたからだ。

そして、それができる人はたぶん限られている。

セシルさんは何も言わない。

養父さんの話も、ほとんど全くと言っていいほどしない。

それでも、本当にどうでもいいなら、あの家をあんなふうに残してはいないのではないだろうか。


『ミコト』


トコヨが静かに私を呼んだ。


『言うなら、言葉は選びましょうね。セシルに踏み込むなら、なおさらですよ』


『……うん』


写本のために持っていた羽ペンを置く。

気合を入れるためにも、意識して深呼吸した。


「セシルさん」


「何」


セシルさんは嫌そうにこっちをちらりと見た。

多分、私が何を言おうとしているのか分かっているんだと思う。


「少しだけ、話してもいいですか?」


「嫌」


「少しだけです」


「時間の無駄」


「でも、まだ私は何も言ってません」


「言わなくていい」


ものすごく拒否されている。

でも、ここで引いたらきっともう話せない。

私はできるだけ落ち着いて、セシルさんを見た。


「魔物が都市を襲うかもしれないんですよね」


「可能性の話」


「でも、都市政府は警戒していて、学院の人たちも都市の魔術師さんたちも動いていて、それでも追いついていないんですよね」


「だから?」


「このままだと、街の中まで被害が出るかもしれません」


セシルさんの目が少し冷たくなった気がした。


「それを私にどうにかしろって?」


「セシルさんだけでどうにかなるとは思ってません。でも、少しでも被害を減らすことなら、できるんじゃないですか」


「買いかぶり」


「そうでしょうか」


「そう」


即答だった。

でも、ここで引くわけにはいかない。

そう思って、首を横に振る。


「私は、そうは思いません」


セシルさんが不機嫌そうな表情でこっちを睨んできた。

私は一瞬だけ迷ってから、言葉を続けた。


「セシルさんは、どうでもいいって言うかもしれません。でも、本当にそうなのかなって、少し思っているんです」


「……は?」


セシルさんの声が低くなる。

それでも、私は言葉を止めなかった。


「だって、セシルさんのお家、綺麗でした」


その瞬間、セシルさんの表情がわずかに強張った。


「誰も住んでいないはずなのに、ちゃんと片付いていました。埃っぽくもなかったです。最初は不思議だったんですけど……あのお家、セシルさんが時々帰ってきて、掃除していたんじゃないんですか……?」


「……」


「それって、あのお家を……あの場所を、大事にしているからじゃないんですか?」


「勝手に決めつけないで」


声がすごい低かった。

だけど、完全に否定されたようには聞こえなかった。


「……すみません。でも、そう思ったんです。セシルさんは何も言わないですけど、あのお家も、この街も、全部どうでもいいわけじゃないんじゃないかなって」


「……」


「もし魔物が街まで来たら、あのお家も壊されるかもしれません。図書館だって……セシルさんの思い出が、大切な場所が、壊れちゃうと思うんです」


マルタさんとリーゼちゃんが、心配そうに私とセシルさんを見ていた。

セシルさんの反応がないのが怖い。

だけど、ここで踏み込むのをやめるわけにはいかなかった。


「だから、お願いです。セシルさんが嫌なら、無理にとは言えません。でも、本当に後悔しないかだけ、考えてほしいんです。……無くなってから気づいても、もう、遅いですから……」


話している途中で、お母さんのことが頭を過った。

厳しいとしか思えなかったお母さん。

あの厳しさも私のことを思ってしてくれていたんだって、後から知った。

もう、お母さんに教えてもらうことも……お礼を言うこともできない。


「無くなってから、壊れてしまってから、後悔するくらいなら、やって後悔した方がいいんじゃないでしょうか。セシルさんに、なにもしなかったことを後悔するなんてことに、なって欲しくないんです」


セシルさんは何も言わなかった。

長い沈黙が落ちる。

図書館の静けさが、いつもよりずっと重く感じた。

少しして、セシルさんは深く息を吐いた。


「……面倒くさい」


「はい」


「写本も終わってない」


「私がもっと頑張ります」


「意味ない可能性の方がどう考えても高いけど」


「やらないで後悔するより、やって後悔した方がいいと思います」


「そもそもリスクが高すぎると思うけど?」


「どうしようもなかったら、その時に諦めて引けばいいと思います。いいですよね、マルタさん」


「え、えぇ。依頼の中断、打ち切りの判断はそちら側に委ねるから、そこは安心していいわ」


少しして、セシルさんはため息を吐きながら羽ペンを置いた。


「報酬は」


マルタさんが目を瞬かせる。


「え?」


「都市政府からの依頼なんでしょ。無償奉仕ならやらない。詳細と報酬、対象の数、出現場所、被害状況。全部出して」


その言葉を聞いて、マルタさんの表情が一気に明るくなった。


「引き受けてくれるの?」


「まだ。情報を見てから決める」


「ええ。それで十分よ」


セシルさんは椅子から立ち上がった。

不機嫌そうな顔のままだったけど、もう完全に拒絶する空気ではない。


「ミコト」


「はい」


「あんたには馬車馬のように働いてもらうから」


「もちろんです! なんでも言ってください!」


「せ、セシルさん! 私も手伝いますよ! セシルさんの大切な場所のために!」


「……それはミコトが勝手に言ってるだけだろ」


せ、セシルさんから凄まじい嫌悪感と怖い雰囲気が漏れ出している。

怖い……怖い、けど、でも、否定は、してないんだよね。セシルさん。


「地図は?」


「受付の奥にあるわ。被害報告もまとめてある」


「じゃあ出して。どこで、どの程度、何が活性化しているのか。分かっている範囲で全部聞く」


「……ありがとう、セシルちゃん。……それと、ミコトちゃんも」


マルタさんが心底ほっとしたように言った。

それに対して、セシルさんはぷいっと顔を逸らしている。


「礼は早い。内容次第では断る」


そう言いながらも、セシルさんはもう受付の方へ歩き始めていた。

私はリーゼちゃんと顔を見合わせてから、慌ててその後を追った。

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