2-4 祝福の都
あれから何度かの魔物との戦闘と1回の野宿を挟んで、ついに目的地にたどり着いた。
馬車を降りた私たちの眼前には、荘厳な雰囲気の大都市が広がっていた。
ここが聖都サンクヴェルナか。
中心にある天を貫くような巨大な建物が聳え立っていて、日の光を受けて白く輝いているようにすら見える。
街自体も高すぎない外郭に囲われていて、馬車が下ろしてくれた場所は都市の入り口となっているであろう開け放たれた巨大な門の前だった。
門を出入りしている人も多数いて、街の賑わいも既に感じ取れるほど活気があった。
そんな様子を見ながら、ライルさんが口を開いた。
「なぁシルヴィア、俺は聖都来たのは初めてなんだが、いつもこうなのか?」
「えぇと、こうとは?」
「門が開けっ放しで意味ないだろこれ。それに、入ろうとするやつらも自由に出入りしてて手続きの列すらない。ソルミアだと門は魔物対策の意味合いもあったし、門作ってるような都市は人間に対してもここまで自由にはさせてなかったからな」
「あぁ、そういうことですか」
その視点はなかった。
故郷の集落も世界樹の集落も小規模な集落だから門なんてなかったけど、大きな都市だとそんなことをしているのか。
シルヴィアさんは得心がいったというかのように頷いている。
「門が開いたままなのは、どのような者であれ迷える人の子を救うという意志を見せるためですね。主の慈悲と慈愛を体現するために、わざと検問とかはしていないんです」
「それは……魔物は大丈夫なんですか?」
シスイも気になったのか口を挟んできた。
故郷のことがあるだけに、私もそういうのが気になる部分は確かにある。
「聖都は過去に一度も魔物の襲撃を受けたことはないので、心配する必要はないですよ」
「一度もですか? それはすごいですね」
一度も襲撃を受けたことがないっていうのは素直にびっくりだ。
ライルさんのさっきの口ぶりからして、魔物の襲撃は普通の都市なら頻繁にあるってことなんだろう。
今は彼も「へー」なんて感じで感心してしまっている。
「それって、騎士団が周辺の魔物を間引いているとか、そういう感じなんですか?」
「いえ? 特に討伐などをしているわけではありませんが、聖都の周辺はそもそも魔物がいないのです。主のご加護ですね」
純粋に気になったことを聞いてみたら、シルヴィアさんは嬉しそうな笑顔で祈るような所作をしながらそう言い切った。
言われてみれば、聖都に近づくにつれて魔物との戦闘が減っていった気がする。
故郷の集落もあの日までは魔物の襲撃はほぼなかったけど、たまに群れから逸れたような魔物が出没することはあった。
だからこそ自警団なんてものがあったわけだし。
聖堂騎士団なんていう武装集団がその自警団に該当するとは思うんだけど、一度も魔物の襲撃を受けたことがないという部分が故郷の集落と似ているようで少し違う気がした。
聖都に入ると、予想以上の活気に圧倒されてしまった。
門から入ってすぐのところには旅をしているであろう服装の人が数多くいて、人だかりすらできている場所がある。
そんな人たち相手に商売をしているのか、出店の屋台のようなものや店の軒先で売り込みをしている人まで散見された。
看板とかを見る限りだと、ここら辺は食事処や商店、宿屋のようなものも数多くあるようだった。
「すごい活気ですね。なんというか、賑やかって感じで」
「想像と違いました?」
「え、っと……そうですね」
「よく言われるんですよ。この辺り、特に入口付近は信仰心の薄い方であってもその貴賤を問わずに主の慈悲は与えられるべきであるという理念のもと作られている場所なので。旅の方が休憩したり、旅支度を整えることができるようにしてあるんです。奥に進んでいくと、想像していた通りの雰囲気に近づくと思いますよ」
シルヴィアさんが苦笑している感じからして、本当によく言われる類の質問なのか。
でも、悪くない賑やかさだと思った。
「ここで教会としてしていることは、簡単な布教くらいですね。あそこに見えるのがそうですよ」
「あれは……新人の子ですか?」
シルヴィアさんが示した方には、思った以上に若い、というか子供そのものの神官が聖典と思われる本を片手に旅人に声をかけていた。
「はい。聖都に勤める助祭の子が、ここで聖典を用いた簡単な説法をしているんです。あとは、希望した方には助祭の子たちが聖典の写本をして作った簡易的な聖典を無償で配布しているくらいですね」
「なるほど……色々考えているんですね」
神社はそもそも村人全員信徒だったから布教の必要なんかもなかったけど、教会は世界規模で布教を目指しているみたいだし、セシルさんとかを見ていれば全員が全員信仰心を持っているわけじゃないことは分かる。
私たちも神社が再建出来たら布教とかを考えるべきなんだろうか。
……まぁ、いずれ考えていこう。
それはそれとして……
『トコヨ、さっきからどこ飛んでいこうとしてるの。観光はまだだよ』
『でもあの串焼きすごくおいしそうですよ。ミコト、食べてみてください』
『はいはい、観光するときにね』
涎すら垂らしそうになっているトコヨを適当にあしらっておく。
本当にこの辺に観光に来るかは分からない、というか案内してくれるシルヴィアさん次第なんだけど、まぁいいだろう。
……それに、私的にはどちらかというと甘いお菓子とかの方が食べたい気分でもある。
「それでは、一度荷解きをしましょうか。ついてきてください」
シルヴィアさんのその声掛けを受けて、トコヨとの内心でのやり取りを中断した。
先導するシルヴィアさんに続いて、私たちは聖都の奥に進んでいった。
奥に進むにつれて、入り口で見た賑やかさはどこにいってしまったのかと感じるほど穏やかで静謐とした街並みに移っていった。
完璧に整備された石畳の道に、石作りの家々、掃除が行き届いているのかごみ一つ落ちている様子がなかった。
騎士甲冑を着た人もちらほら見かける。
動き方からして巡回をしているようだし、警備体制も万全みたいだ。
「ミコトさんには大聖堂の方にお部屋を用意できたのですが、神官ではないライルさんたちは街の宿屋の方に泊まっていただくことになります」
「おう。そのつもりだったから大丈夫だよ」
「はい。気にしないでください」
「ありがとうございます。ただ、金銭面に関してはお気になさらず。護衛を依頼しているのはこちらなので、滞在費は負担させていただきますよ」
「いやいや、そのくらいの金なら持ってるって」
滞在費っていくらくらいなんだろうか。
まぁシルヴィアさんが負担するって言ってるから大丈夫なのかな、多分。
今もライルさんとシスイが遠慮しようとしてるけど、シルヴィアさんが固辞してるし。
「そもそも、聖都を訪れる神官の護衛の方は、割引が効くんですよ。特に聖心の証を持っている神官の口添えがあれば教会から宿屋自体に補助金が出るので、利益をほぼ取らずに泊めていただけるんです。ですので本当にお気になさらないでください。」
「……そういうことなら……」
シルヴィアさんが胸元のブローチを見せながら理路整然と説明していく。
それを聞いた2人は、これ以上はこんなことで争っていても仕方ないと思ったのか、渋々といった感じで納得していた。
そんなこんなで訪れた宿屋。
綺麗に掃除されたそこそこの大きさの宿屋で、聖都の街並みに溶け込んでいる綺麗なお宿って感じだった。
「いらっしゃいませ。……これはフェルト司祭。お久しぶりです。聖心考査の時以来ですね」
「お久しぶりです。こちらの方々の部屋を用意していただきたいのですが、よろしいですか?」
「ええ、もちろん。お部屋は……2部屋でよろしいですか?」
宿屋の店主さんの女性が、私たちの方を見て吟味した上でそう述べた。
「いえ。ミコトさん……女性の方は神官ですので、大聖堂に部屋を用意しています。こちらの男性2人が泊まる2人部屋を一部屋お願いします」
「あぁ、神官の方でしたか。失礼いたしました。2人部屋を一部屋、承りました。フェルト司祭はこちらの書類にご記入ください。その間に準備して参りますので」
なるほど、神官かどうかを見定められたのか。
今はただの巫女服っぽく見える普段着を着ているだけでシルヴィアさんみたいに綺麗な神官服を着ているわけじゃないから、神官に見えないのは当然だから仕方ない。
「その書類ってなんですか?」
「これは借主の氏名と、補助金の申請をするために口添えした神官の情報を記載する用紙ですね。すぐ終わりますので、少しだけ待っていて下さい」
シルヴィアさんはそのまますらすらと書類に記入していく。
慣れてそうだな。
まぁさっきの感じからしてこの街に来るときには護衛にはここに泊まってもらってるみたいだし、その時には毎回やるのか。
シルヴィアさんの言う通り、書類の記入はすぐに終わったみたいだった。
部屋の準備もすぐに終わったらしく、店主さんが戻ってきて書類の確認をさっとしてからシスイたちを案内しようとしている。
私たちも荷解きをしないといけないから、シスイたちに声をかけてから宿屋を後にした。
シルヴィアさんと2人になって、すぐに大聖堂に向かった。
街の中心の一番大きな建物が大聖堂だったらしい。
見上げて一番上が全然見えない程大きくて荘厳な建物に、言葉を失ってしまう。
そんな大聖堂に入ってすぐに目に飛び込んできたのは、集落の教会以上の大きさの、正面の壁一面に広がるガラスだった。
床から天井近くまで伸びる多彩な色彩で彩られているガラスは、日の光を受けてきらきらと輝いている。
ガラスで彩られている模様は、世界樹だろうか。
巨大な木の模様が刻まれていた。
そのガラスの前に、巨大な主神オルディナ様の像が置かれている。
像はきらきら輝くガラスの光を背負っていて、穏やかな表情をした慈愛の女神が世界樹からの光を受けて輝いているかのような情景だった。
「わぁ……綺麗ですね……」
「ふふ、初めて訪れた方は皆ここで足を止めて、見とれてしまうんですよ」
そうなってしまうのも納得の荘厳さだった。
これだけの威光の下で祈るというのは、別の場所で祈るのとは全然違いそうな気がしてしまう。
実際、女神に見守られながら大聖堂で祈っている人々は、信仰心が篤そうな人ばかりだった。
「行きましょうか。そろそろ説教と集団礼拝が始まってしまうので、人が増えて身動きが取れなくなってしまいます」
「説教?」
「猊下や枢機卿様、大司教様方のどなたかの聖典の朗読やありがたいお言葉を賜ってから、皆で主に祈る祈祷の習慣ですね。ミコトさんがサヨさんと朝にやっている舞とお祈りに近いかもしれません」
「あ、なるほど。それは邪魔しない方がいいですね」
祈り方が違う私が教皇様のお墨付きをもらう前に参加したら、それこそ揉め事にしかならないだろうし。
私だってお祈りを邪魔されたら不満に思ってしまうから、こういうのを大事にしたい気持ちはすごくよく分かる。
そのまま、少しずつ人が増えてきた大聖堂の中を移動し始めた。
複雑な道順っぽいのに、シルヴィアさんは迷うことなくすいすいと歩いていく。
聖都出身って言ってたし、ここにも通っていたのだろうか。
そう思いながら、静かに粛々とついていった。
そのまま大聖堂の中の奥まったエリアに連れていかれた。
徐々に神官しか見かけなくなり、シルヴィアさんみたいなちょっと豪華目な神官服を着た神官ばかりになっていき、ついには女性神官しか見かけなくなった。
この感じからすると……
「えっと、シルヴィアさん。この辺りって……」
「聖都のある程度高位の女性神官の宿舎と、賓客の女性が泊まることができる貴賓室がある場所ですね。私の自室もここにあるのと、ミコトさんには貴賓室に泊まっていただく手はずになっていますので」
「えっ……き、貴賓室ですか?」
「はい。ちょうどつきましたよ。ここがミコトさんに泊まっていただくお部屋になります」
シルヴィアさんが通してくれた部屋は、豪華すぎる部屋だった。
私はそれこそシスイたちと同じくらいの宿屋でもよかったくらいなんだけど、こんなのいくら何でも困る。
「あ、あの、シルヴィアさん。なぜ貴賓室に……? 私は普通に空き部屋とかでいいんですけど……」
「理由としては、もともとミコトさんが相応の立場にいたことが分かっているからですね。集落の長の一族で、その地の教会も指導していた。その信仰心が確かなものであることも分かっています。その私の報告を受けた猊下の御判断で貴賓室を用意した形ですね」
「で、でも……」
『ミコト重く受け取り過ぎですよ。こういうのは軽く受け取って感謝しとくくらいでちょうどいいんですから』
私が納得できないでいるとトコヨが口を挟んできた。
そんな軽く受け取れるわけがないだろうこの駄幽霊。
そんなだから駄幽霊なんだ。
きっとトコヨの頭の中はさっきの串焼きのことでいっぱいになっているのだろう。
「ミコトさんが望めば教会で地位を用意することになると思いますが、司教以上は規程で無理でも、司祭になる可能性は高いと思います。遠慮する必要は全くありませんよ?」
「ですが……」
未だに納得できない私に対して、少し考えこんだシルヴィアさんが閃いたというような表情をしてから言葉を続けた。
「……そうですね。それなら、こう考えてください。これは猊下がミコトさんを受け入れやすくするための土壌を作ってくださったのだと」
「……どういうことですか?」
「何者かも分からない普通とは違う信仰形態の者と、教皇猊下が既に賓客として接するに値すると決めているほどの立場にいた普通とは違う信仰形態の方。他の神官から見てどちらが受け入れやすいのかというお話です。もう猊下自身は受け入れることを決めているけれど、反発する可能性がある他の者がより納得しやすいように配慮しているということですね」
「な、なる、ほど……?」
言いくるめられている感じがしないでもない。
だけど、言っていることがその通りかもしれないと思ってしまうようなことばかりで腑に落ちてしまった。
『だから言ったじゃないですか。こういう厚意は粛々と受け取っておけばいいんですよ』
『……トコヨのお気楽は違うと思う』
人間関係なんて我関せずのお気楽駄幽霊の軽口にはもやもやするけど、これ以上は何かを反論できるわけでもなかった。
恐縮しながらお礼を言って部屋の中に入った。
シルヴィアさんから部屋の使い方とかの説明を一通り受けてから一緒に部屋を出て、シルヴィアさんの私室がどこにあるのかを確認した。
シルヴィアさんはさっと荷物を部屋に置いてすぐに出てきてくれた。
もともと馬車の旅自体かかる日数が安定しなかったこともあって、顔通しも余裕を持った日取りで予定を取り付けていると聞いている。
少し余裕をもって聖都に着いた場合の予定は……
「ミコトさん、旅の疲れなどは大丈夫ですか?」
「はい!」
「猊下との謁見は明後日ですし、諸々の準備は明日することにしましょう。今日は特にやることもないですし、聖都を見て回りましょうか!」
『おー!!』
「はい!」
シルヴィアさんに聞こえるわけでもないのに、トコヨまで元気に返事をしている。
そんな様子を見ながら、私自身もワクワクしながらシルヴィアさんに返事をした。
「ミコトさんも楽しみにしていましたし、気合を入れてご案内しますよ!」
「っ……えっと、その、よ、よろしくお願いします!」
私の感情を言い当てるかのようなシルヴィアさんの物言いに、思わず赤面してしまう。
でも、楽しみにしていたことが嘘なわけでもない。
トコヨもテンションを上げているのかビュンビュン飛び回っている。
特に否定もせずに男性陣いるであろう宿屋に向かって歩き出した。




