第一章、招集
◆1 六宵安澄という少女
浅間台小・中・高等学校の寮の朝は静かだ。
六宵安澄は、窓の外の空をぼんやり眺めながら制服のボタンを留めていた。
今日は中学の入学式。だが、理事長が入学式に出ずに理事長室へ来いという、招集命令書が来た。
よびだしがあっても、動作はゆっくり、表情は淡々。
まるで世界の速度が自分だけ違うかのように。
「……今日も、空は逃げませんね」
丁寧な口調で、しかし意味のわからないことを呟く。
同室の女子は慣れたもので、誰も突っ込まない。
安澄は、超マイペースで不思議ちゃん。だが頭は異様に鋭い。
成績はワースト6位。
理由は簡単で、成績に興味がないから。
◆2 矢城緑という少年
同時刻、男子寮。
早起きした矢城緑は、机に広げた招集命令書を前に、頭を抱えていた。
「……どこも漢字で“みどり”って書くようになったのに、なんでいまだに漢字で“緑”って書けないんだよ僕は…」
そこじゃない。
だが彼にとっては重要らしい。
緑は暗記、特に文字が苦手で、どれだけ努力しても点数が伸びないことが悩みだ。
ワースト2位。
ただし、地図や図形を見ると異常な集中力を発揮する。つまり、画像処理能力だけは天才的。
成績は、ワースト2位。
理由と言われても、テストに画像しか出てなかったならこう困らないだろう。
◆3 十五名、理事長室に呼び出される
「招集命令書を持っている者は、入学式に出ずそのまま理事長室に来てください」
命令書と共に入っていた書類と同じことを、放送で起床コールとともに告げられる。
各寮室がざわつく。
“落ちこぼれ”の烙印を押された十五名が、重い足取りで理事長室へ向かった。
安澄はのんびり歩き、緑は半泣きでついていく。
理事長室には、すでに十三名の生徒が揃っていた。
元トップの優等生 佐橋池留
元陸上エース 春瀬瑠美
ゲーマーの 北辻凛奈
陽キャの 道地光江
委員長気質の 真鍋宮都
芸術肌の 白土メイリ
帰国子女の ルカ
問題児 平野洋大
病弱な 峰崎黄金
ムードメーカー 谷宮宇月
天才肌の 結城乃華
不登校気味の 片島要
オタクの 湯浜千都世
十五名が揃った瞬間、
理事長がゆっくりと立ち上がった。
◆4 理事長の宣告
「君たちは勉強ができない。それは、意欲がないからだと思うんだ」
切り出しから、説教か。
静かな声だった。でも言葉の内容は冷酷だった。
理事長が何か延々と学校の教育理念を語るが、ノイズのように脳に届かない。
それでも聞かないといけない。
「強制的な罰では意欲は育たない。褒美を与えれば甘える。だから我々は考えた。
自分の能力が、どんな報酬を生むか”を体験させればいいと」
理事長は指を鳴らした。
壁一面に巨大なホログラムが浮かぶ。
ASAMADAI-VR-EDUVR恋愛課題型総合教育プログラム
「これから君たち十五名には、VR内で学園生活を送ってもらう。そこで“恋愛ターゲット”を攻略し、制限時間内に相手から告白されるように仕向けるんだ」
ざわつく十五名。
「制限時間は課題ごとに異なる。一週間のときもあれば、三週間のときもある。一つ達成すれば、次の課題が届く。課題は連続して続く。」
理事長は続けた。
「ターゲットを攻略するには君たちの“人間的魅力”が大事になる。それはステータスとして数値化され、攻略にためにステータスを上げる必要がある。そしてそれは現実世界の能力に自然と還元される。当然だね?その分努力したのだから」
緑はこの時点で目眩を感じた。
安澄は特に反応しない。
「達成できなければ——」
理事長は笑った。
「ライフが一つ減る。ライフがゼロになれば、VR内の学籍と同時に現実の学籍も消える。それが起こると、君たちのところでも良くないことが起こるね。想像できるかい?つまり、社会的な死、だ。
始動は、次の日六時から、終了は21時。ログインがおくれたら校則が適用され遅刻扱い。校則違反はステータスに影響があるから気をつけることだね。
さて、頑張ってくれ」
◆5 その日の夜
寮に戻った十五名は、
それぞれのベッドに置かれたVRヘッドセットを見つめていた。
安澄は首をかしげる。
「……恋愛、ですか。
空より難しそうですね」
スマホの電話アプリ上で、あくまでもゆっくり思ったことを言う。
緑は震えていた。
「む、無理だよ……ぼく、告白なんてされたこと……」
「緑さんは、地図なら得意でしょう?恋愛も、地図みたいに読めばいいんです」
「読めるわけないだろっ」
「その点では、空の方が読みがいがあると思うのですが」
「比較対象違くない?」
そんなやり取りをしながら、
二人は次の日の朝を待った。
◆6 ログイン——VR浅間台学園
朝になる。
浅間台の起床は6時であり、起床コールはその十五分前から、五分ごとに鳴る。
一般生徒は六時に起きればいいのだが、VR組15名はそれより早く起きていないとVR装着が追いつかない。
そして今日三回目の起床コール。
「あと五分で、六時になります。すでに起きている人は、先に身支度を済ませましょう」
無機質な人工音声。
緑はとっくに起きていた。不安であまり眠れなかったのだ。ただいまVRゴーグルの説明書と格闘中だが、全く理解が湧かない。そもそも読むのが苦手なのだ。文字が意味あるものとして変換されるのに人一倍時間がかかる。まだ同室の生徒が寝イビキを立てていたのはラッキーだった。
そしてそれを投げ出すと、今度はスマホ片手に安澄にかける。
「安澄ー!ゴーグルどうやるんだよっ!…」
「朝一番の口出しが質問ですか?私は今朝の新鮮な空に見惚れていたところなのです。まずごめんの三文字からはじめてみてはどうです?」
「うっ、変わらず毒…そうだよ、その三文字も湧かないほど僕は馬鹿なんだよ。だからそんな僕にお恵みの説明をお願いします…あと3分だから」
「はいはい、では私がこれを読み切るのを待ってください」
「お前まだだったのか?!」
「空はこんなものより大事なのです。にしても乙女の妨害なんて、あなたもなかなか勇者ですね」
「いいから!」
そしていろいろ言い合って、結局10秒前(多分)滑り込みで装着できた。遅刻じゃないから、セーフだ。うん。
視界が白く染まる。
次の瞬間、
二人は見慣れたはずの浅間台学園の校門に立っていた。
しかし——
空気が違う。
色彩が鮮やかすぎる。
人の表情が滑らかすぎる。
安澄は小さく呟いた。
「……これは、現実ではありませんね。当然ですが」
緑は震えながら頷く。
「う、うん……でも、すごい……」
そこへ、男子生徒が歩いてきた。
彼は微笑み、安澄に向かって言った。
「はじめまして、六宵さん。あなたの“最初の課題”のターゲットです。制限時間は——七日間です」
安澄は瞬きした。
「……私が嫌いな冬の午前あたりの籠った雲空よりも醜い課題ですね。驚きです。」
《六宵安澄 魅力度、初期値75から5ダウン(初対面で失礼な態度をとったため)》
緑の方にも、別の女子生徒が歩いてくる。
「矢城くん。今日から、あなたの課題を担当します。よろしくね。制限時間は同じく七日間だよ」
「…?」
緑は固まった。
《矢城緑 魅力度、初期値35から5ダウン(無反応なため)》
《矢城緑 コミュ力、初期値45から10ダウン(会話に繋げようとしないため)》
こうして、十五名の「人生を賭けた恋愛課題」が始まった。
初期値の最大値は100です。
ステータス項目:
学力
身体能力
コミュ力
魅力度
精神耐性
洞察/分析




