第16話:家族公認、最後の夜
「え? もう出したの?」
婚姻届を提出したその日の午後、來未は両親の家を訪れていた。
「……いや、まぁ……勢いで?」
「勢いって……」
來未の父・誠一は目を細め、呆れたように腕を組む。
「まぁ、君たちならそのくらいやりかねんなとは思っていたが。」
「でしょ?」
「いや、でしょ? じゃない!」
母・志乃が來未の肩をポンと叩く。
「せめて事前に報告しなさいよ!
せっかくお祝いの準備をしようと思っていたのに!」
「だって、もう決まってたし……」
「それに、もう新居もあるから、改めて何かする必要もないだろう?」
「いや、そういう問題じゃないのよ、お父さん。」
來未は、テーブルに並べられた茶菓子をつまみながら、横に座っている雄二の様子を伺った。
彼は特に緊張する様子もなく、いつもの調子でお茶を飲んでいる。
(……なんか、ほんと肝が据わってるというか……)
(いや、まぁ、私たち昔から家族ぐるみで付き合いあったし、雄二がこの家に来るのも珍しくないけど……)
「ま、何にせよ、お前が自分で選んだ相手なら、もう何も言わん。」
父の誠一が大きく頷く。
「……ん?」
來未は、驚いて父の顔を見た。
「え、ちょっと待って、なんかあっさりすぎない?」
「今さら反対する理由がないだろう。」
「いやいや、今までずっと“いい相手を見つけろ”とか“見合いしろ”とか言ってたのに?」
「そう言ったのは、お前が自分で決められないと思っていたからだ。」
「……!」
「だが、こうして自分で結婚相手を選び、覚悟を決めたのなら、それで十分だ。」
「お父さん……」
「それに、お前には雄二くらいしかまともに付き合ってくれる男はいないだろう。」
「ちょっと!?
ひどくない!?」
「まぁ、確かに來未とやっていけるのは俺くらいだろうな。」
雄二が茶をすすりながら軽く頷く。
「あんたまで納得するな!!!」
母の志乃は、そんなやり取りを見ながら微笑んだ。
「まぁ、何にせよ、これで私たちも一安心ね。
これからも仲良くしなさいよ。」
「……はーい。」
「はいはい。」
來未と雄二は、半ば投げやりに答えた。
(……まさか、こんなにあっさり認められるとは思わなかったな。)
(まぁ、うちの親が一番望んでたのは、私がちゃんと自分の道を選ぶことだったのかもしれないけど。)
こうして、正式に家族公認となった來未と雄二の結婚は、想像以上にスムーズに進んだのだった。
◆最後の夜、ついに夫婦になる
夜——。
「……なんか、すごい一日だったね。」
來未はソファに寝転びながら、大きく伸びをする。
「婚姻届出して、親に報告して、なんかもう一気に色々終わった感じ。」
「まぁ、これからが始まりだろ。」
「……それ、さっきも言ってたよね?」
雄二はクスッと笑いながら、來未の横に腰を下ろした。
來未は、ぼんやりと雄二の横顔を見つめる。
(……この人と、本当に夫婦になったんだ。)
長年の幼馴染。
兄弟みたいな関係。
でも、今はもう違う。
來未は、ゆっくりと雄二のシャツの袖を引っ張った。
「……なぁに?」
雄二が顔を向けると、來未はそっと言った。
「……今夜は、夫婦らしいこと、しない?」
「……っ!」
雄二の表情が、一瞬で硬直する。
「ちょ、ちょっと待て、お前、そういうのはもう少し落ち着いてから——」
「……私、もう待ちたくない。」
來未は、少しだけ潤んだ目で雄二を見つめる。
「ずっと、待ってたんだから。」
「…………」
「もう、嘘じゃなくて、ちゃんと夫婦になりたい。」
來未の言葉に、雄二は小さく息を吐いた。
「……ほんと、お前は時々大胆になるよな。」
「うん。」
來未は、そっと雄二の首に腕を回した。
「だって、雄二のこと、好きだから。」
その瞬間——
雄二は、來未をグッと抱き寄せた。
「……もう、止められねぇぞ?」
「うん。」
そして——
二人は、ついに本当の夫婦になった。
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◆エピローグ:嘘から始まった本当の恋
朝——。
來未は、柔らかい光を浴びながら、ゆっくりと目を覚ました。
隣には、雄二。
(……本当に、夫婦になっちゃったんだなぁ。)
來未は、シーツの中でそっと拳を握った。
嘘から始まった婚約。
だけど今は、心からこの人を愛している。
「……ん、起きたか。」
雄二が眠そうな目を擦りながら、來未を見つめる。
「……おはよ。」
「おはよう、來未。」
「……なんか、変な感じ。」
「何が?」
「昨日までは“幼馴染”って感じだったのに、今日からは“夫婦”なんだなって。」
「……そりゃ、まぁ。」
雄二は小さく笑うと、來未の指をそっと絡め取った。
「でも、俺は前からこうなるって思ってたけどな。」
「え?」
「だって、お前と一番長く一緒にいたのは、俺だろ?」
「……そうだけど。」
「だから、結局こうなるしかなかったんだよ。」
來未は、思わずクスッと笑った。
「そっか……じゃあ、これからもよろしくね、旦那様。」
「……おう。」
こうして——
來未と雄二の、“本物の夫婦生活” が始まった。
——嘘から始まった恋。
だけど、今は誰よりも幸せな、本当の愛になった。
——THE END——




