第15話:プロポーズ(というより勢いで婚姻届提出)
「……はぁぁぁぁぁぁぁ……」
來未はソファに深く沈み込みながら、天井を見上げて大きなため息をついた。
「なんだったのよ、もう……」
「こっちのセリフだ。」
雄二も疲れ切ったように、コーヒーを片手に椅子へ腰掛ける。
「お前、なんで俺が好きだって言ったのに、あんなフリーズしてんだよ。」
「……うるさい。」
來未は、クッションを顔に押し付けながらぼそっと呟いた。
「いや、普通に考えて、急すぎるでしょ……」
「急でもねぇよ。」
「え?」
「俺はずっとお前のこと好きだったし、むしろ言うのが遅かったくらいだ。」
「…………」
(……ずるい。)
(そんなこと、今さら真剣な顔で言われたら……意識しちゃうに決まってるじゃない。)
來未はクッションを抱えたまま、視線をそらした。
「……でも、私たちって、そもそも“偽装婚約”だったんだよね?」
「だったな。」
「それが、いきなり本物になるって、ちょっとおかしくない?」
「そうか?」
「いや、そうでしょ!?
もっとこう、ちゃんとしたプロポーズとかさ……
順番ってものがあるでしょ!」
「……じゃあ、今するか?」
「は?」
雄二は無造作にソファから立ち上がると、ポケットから何かを取り出した。
來未の目の前に突き出されたのは——
婚姻届。
「……ちょっっっ!!!???」
「いや、どうせするなら早い方がいいだろ?」
「ちょ、ちょっと待って!?
どこで手に入れたのこれ!?」
「親父さんが『必要になるだろう』って渡してきた。」
「……うちの親、どこまで先回りしてんのよ!!??」
雄二は、ペンをくるくると回しながら、ニヤリと笑った。
「まぁ、せっかくだから今書くか?」
「いやいやいや、待って待って待って!!
ちょっと心の準備が——」
「お前、この前『キスくらい試してみる?』とか言ってただろ?」
「なっっっ!!!
あれは酔ってたの!!!」
「ふーん、じゃあ、今酔ってない状態で俺と結婚するのは無理?」
「…………」
來未は、雄二をじっと見つめた。
——もし、今ここで「無理」と言ったら。
雄二は「そうか」と笑って、きっとこの関係はまた“幼馴染”に戻る。
でも、それで本当にいいの?
(……いや。)
(私は、雄二が好きだ。)
來未は、静かに息を吸い込んで、そして——
「……じゃあ、書く。」
「おう。」
「でも!! ちゃんとしたプロポーズは、後で絶対やってもらうからね!!」
「はいはい。」
來未は、婚姻届にペンを走らせた。
——こうして、私たちの偽装婚約は、本物の結婚になった。
◆朝から婚姻届提出
翌朝——。
「おはようございます!
婚姻届の提出ですね!」
役所の受付の職員は、満面の笑顔で二人を迎えた。
「……はい。」
來未は、ちょっと気恥ずかしくなりながら書類を差し出した。
「新婚さんですね!
末永くお幸せに!」
「ありがとうございます。」
雄二がさらっと答えたが、來未は心の中で(なんかノリが軽くない!?)とツッコミを入れていた。
(でも……もう、私たち“夫婦”なんだ。)
役所を出た瞬間、來未は思わず深く息を吐いた。
「……終わった。」
「いや、始まったんだろ。」
「そ、そうだけど……」
來未がまだ実感が湧かずにいると、雄二がポケットから小さな箱を取り出した。
「……ん?」
「ほら、指輪。」
「え!?
いつの間に!?」
「昨日、婚姻届書いた後にちょっと買いに行った。」
「……!!!」
來未は驚きながら、その小さな箱を開けた。
中には、シンプルだけど温かみのある、來未にぴったりのデザインの指輪が入っていた。
「……お前のことは、俺がちゃんと幸せにするから。」
「……っ!」
來未は、一瞬で涙が込み上げてきた。
(なんでこんな、ズルいことするのよ……)
「ほら、つけろ。」
「う、うん……」
來未は、そっと薬指に指輪をはめた。
「……よし、これで正式に俺の嫁な。」
「な、なんか言い方軽くない!?」
「まぁまぁ、家帰るぞ。」
雄二は來未の手を引き、歩き出す。
來未は、手の中にある温かさを感じながら、静かに呟いた。
「……私、雄二と結婚して、よかったかも。」
「今さらだろ。」
「うるさい!」
「はいはい。」
雄二が來未の頭をポンと撫でる。
(これからもずっと、この人と一緒なんだ。)
來未は、頬を染めながら、幸せな未来を想像していた。




