第1話:幼馴染の頼みごとは基本NOと言えない
「…で、また振られたわけ?」
雄二が呆れたようにため息をつく。
ここは來未の定番の愚痴り場、会社近くの居酒屋「鳥正」。
彼女が失恋するたびにここへ呼び出され、こうして酒を奢らされるのも、もう何度目か分からない。
「だからさ! 私の家の掟が悪いんだって!」
來未は勢いよくグラスを握りしめる。
その拍子に中の焼酎が少し溢れ、テーブルに落ちた。
「掟ねぇ…」
雄二は箸を動かしながら、適当に相槌を打つ。
「もう何度言ったか分からないけど、うちの家の決まりは二つ!
30歳までに結婚できなければ、見合いをしなければならない。
そして、結婚するまではキスすら禁止。
こんなの、今時ありえないと思わない?」
「まぁ…ちょっと古臭いよな。」
「ちょっとじゃない! 大問題よ!」
來未は両手をぶんぶん振り回し、酒の勢いで興奮気味に話し続ける。
「最初はね、みんな『そんなの関係ないよ』って言ってくれるのよ。
でもね、結局…『俺のこと、そんなに好きじゃないんだろ?』って言われて終わるの。」
「そりゃあ、そう思う奴もいるだろうな。」
雄二は苦笑する。
來未の家の掟を知らずに付き合い始めた男たちは、デートを重ねても一向に進展しない関係に焦れ、
結局、彼女を振っていく。
「いやいや、私が悪いわけじゃないでしょ?
だってルールなんだから!
キスしたらバレるし!
それに、私はちゃんと好きだったのよ!」
「ま、來未は悪くないと思うけどな。」
「でしょ!?
もう、本当にどうしたらいいのか分からない!
それでね、30歳のタイムリミットが迫ってるわけ。
あと1年しかないのよ!
お父さんなんて『今年中に決まらなかったら、お見合いの準備を始めるぞ』って言い出すし!」
「……それはまた厳しいな。」
「でしょ!?
それでね……」
來未はそこで、ちらっと雄二の顔を見た。
「ん?」
「ねぇ、雄二……」
「なんだよ?」
「もうこうなったら……偽の婚約者になってくれない?」
一瞬、時間が止まったように感じた。
「……は?」
「だから!
雄二が私の婚約者ってことにして、この1,2年を引き延ばすの!
そしたら、その間にいい男を探せるでしょ?」
「お前、正気か?」
雄二は唖然として彼女を見つめる。
來未は、まるで名案を思いついたかのように満面の笑みを浮かべていた。
「私の一生の頼み!
お願い、雄二!」
「いやいや、お前の一生の頼み、これ何回目だよ?」
「そんなこと言わないで!
ほら、私たち幼馴染じゃん?
気心知れてるし、お互い変に気を遣わなくて済むし!」
「だからって、婚約者のフリはやりすぎだろ!」
「どうせ2年以内には別れたことにするんだから!
それに、今さら他の男が逃げるのはもう見飽きたでしょ?」
確かに、雄二は來未の恋愛遍歴を誰よりも見てきた。
彼女は可愛げがないわけではない。
むしろ、性格は明るいし、面倒見もいい。
でも、家の掟がネックになり、何度も同じようにフラれてきた。
「それに、雄二なら私の両親も信用してるし!
『あの雄二くんなら安心だ』って言うに決まってるのよ!」
「いや、俺はお前のことそんな目で見たことないんだけど。」
「私だってそうよ!
だからこそ、上手くいくの!」
「……本当に、お前のこと好きなやつと付き合う方がいいんじゃねえの?」
「それがいれば苦労してないわよ!」
來未はまたグラスを持ち上げ、ゴクゴクと飲み干した。
「頼む、雄二!
幼馴染としての最後のお願い!」
「最後って言いながら、絶対また何か頼むんだろ……」
「そんなことない!
これで終わり!」
來未は必死の形相で雄二を見つめる。
その目は、「頼む…!」と訴えかけていた。
雄二は頭を抱えた。
(マジかよ……こんなバカなこと、普通に考えたらやるわけねえだろ…)
だが、來未の必死な様子を見ていると、断りづらい。
これまでも、彼女が困ったときはなんだかんだで手を貸してきた。
「……はぁ、分かったよ。」
「本当に!?
ありがとう、雄二!」
「ただし、ルールがある。」
「え?」
「俺に余計な迷惑はかけるな。
無理なことはしない。
そして、何より——俺の生活を邪魔しないこと。」
「えー、それぐらい余裕で守れるわよ!」
來未はあっさりと頷いた。
「じゃあ、決まりね!
早速、うちの両親に報告しに行くわ!」
「おいおい、ちょっと待て、心の準備が——」
「そんなのいらないでしょ?
だって偽物だもん!」
來未はニヤリと笑い、グラスを掲げた。
「これで、見合い回避成功ってことで……乾杯!」
雄二はため息をつきながら、彼女に付き合ってグラスを合わせた。
(……俺、また厄介なことに巻き込まれたな。)
このときの雄二は、まだ知らなかった。
この「嘘の婚約」が、とんでもない事態を引き起こすことになるとは——。




