第一話 余命じゃない
病院じゃない。
事故でもない。
余命宣告もない。
ただの別れだ。
高校三年の春。
彼女が言った。
「海外行くことになった」
一年。
帰ってくる保証はない。
遠距離? 無理だと思う。
彼女はそう言った。
俺は笑った。
「そっか」
それだけ。
帰り道。
信号は青。
世界は何も止まらない。
家に帰って、天井を見る。
“世界を止める力”なんてない。
“確率をいじる力”もない。
あるのは。
好きだった時間だけ。
スマホに通知。
彼女から。
「ちゃんとさよならしたい」
俺は思う。
さよならって何だ?
泣くこと?
抱きしめること?
それとも、
普通に笑うこと?
翌日。
放課後の教室。
彼女が言う。
「最後の日、どんな顔すればいいかわかんない」
俺は正直に言う。
「俺も」
沈黙。
窓の外、野球部の声。
世界は通常運転。
彼女が笑う。
「練習しよっか」
「何を」
「さよならの」
二人で立つ。
「じゃあ……」
「うん」
「さよなら」
言ってみる。
軽すぎる。
二人で吹き出す。
「違うな」
「うん、違う」
何度もやる。
真面目に。
ふざけて。
泣きそうになって。
笑いながら。
どれも違う。
彼女がふと静かになる。
「ねえ」
「うん」
「さよならってさ」
「うん」
「未来の自分に預ける言葉じゃない?」
俺は意味がわからない。
彼女は続ける。
「今は終わるけど」
「未来でどう感じるかは、まだ決まってない」
確かに。
今はただ、寂しい。
でも十年後は?
黒歴史かもしれない。
宝物かもしれない。
だから。
「じゃあさ」
俺は言う。
「未来の俺に、任せる」
彼女は笑う。
「うん」
本番の日。
駅のホーム。
電車が来る。
抱きしめない。
キスもしない。
ただ、目を見る。
「さよなら」
今度は軽くない。
重すぎもしない。
ちょうどいい。
電車が動く。
世界は止まらない。
俺は立ち尽くす。
泣かない。
ただ、思う。
さよならは、
終わりじゃない。
“感情の保留”だ。
未来の俺が、
ちゃんと引き受ける。
スマホが震える。
「ちゃんと言えたね」
俺は打つ。
「練習の成果」
ホームの空は、ただの空。
何も起きない。
でも胸の奥で、
何かが確かに動いた。
――続く。
どう?
能力も神もない。




