冷笑²
男はペンを執った。
そういうと格好がつくが、実際には液晶に向かいキーボードを鳴らしていた。理由は無い。強いていえば、“文字を綴ることは一番簡単だから”だろう。
悪臭のゴミが散乱した部屋の中で、男が行動できるのはお気に入りの椅子に座った時だけだ。
カタカタカタ、タン。
「何を書けばいいんだろう」
七文ほど書いて、男は液晶をみつめた。
男にはそれなりに知識がある。本はたくさん読んできた。漫画だって好きだ。いくつも映画は見てきて、見るごとに感想だって綴ってきた。レビューサイトじゃあいくつも評価を貰っている。それなのに手は止まった。いつもならもっとスムーズに指先が動くはずなのに、なぜ。
昨日見た映画の感想なんて、2000字ほどの大作だった。「起承転結が曖昧で、主人公の目標が明確じゃなかったから途中の空気がダレて観客の興味が薄れてしまう構成だった。もっと観客の気持ちに寄り添った構成にすべきだし、意味ありげな伏線だって回収されていない(中略)だけど、私は好きな作品です」そんなふうなことを書いた。
そのレビューは一日でそれなりの評価をされて“いいね”が貰えた。
いいね欲しさに人に評価される文字を打ち込んでいるうち、男は自分の文にはなにか人を惹きつける才があると確信した。
絵は描けない。昔っから“絵の才能はない” “お前が絵を描くなんてできやしない”と言われてきたから、夢が心の中で大きくなる前に諦めた。
配信も無理だ。喋りはうまくないし、どもってしまうことが多い。頭で考え続けてしまって言葉がようやく出た頃には、相手は別の話をしている経験ばかり。
音楽なんてもってのほかだ。ギターすら触ったことがないし、何より音符の読み方も知らない。
文字は――読み書きができるなら、小説を書いてもいいだろう。
絵にも、配信にも、音楽にも才能がいるが、日本という国において“文字の読み書き”は大体の人間ができる。オマケに男の文には人を惹きつける才があるらしい!
世界中、似たような作品ばかりなんだから、自分だってその要素をいくつか抜き出して書いてしまえばいい。文を書くなんてそんなものだ。
それなのに青軸は静かなまま動かない。
――異世界に転生して、それで?
――ファンタジー世界で何をする?
――この世界はどんなふうに見える?
それらの疑問に返す言葉が、うまく形にできない。
「トラ転、ハーレム……俺つえー……」
たくさん読んできた“本”は似たようなものばかりで、自分の創りたい世界を形にするには少し違うように思った。
作品を進めようとするたびに、疑問が自分へ降りかかる。やりたいことも世界を表現する言葉も知らない。自分がいま抱いている気持ちの名前すらわからない。
ただ、不快である。
情景を言葉で書くだけだというのに、これほど上手くいかないものか。こんな思いをするならば文字の少ない、適当な絵で漫画をかいた方がいいではないか!漫画なら情景を文字で書かずに済む。それにキャラクターを動かすのは得意だ!
漫画にはネームという工程があるらしいことを男は知っていた。昔、のめり込んだ漫画を調べているうちに“ネーム”を見る機会があったからだ。線で分けられたコマに棒人間のような拙い絵、書き殴られた汚い文字。あんなものでいいなら男にだってできる。
次のプランが思い浮かんだ男は七文の小説を消して漫画サイトを開き、サイトの一番上にあったものをぺらぺらと捲る。
数分読んで、男は呟いた。
「絵はいいけど、内容がクソだな。最初はもっと読者の心を掴まないとさァ」
青軸が、大きな音をたてた。




