第6話 ジャコブ神父のオレンジの光
公共図書館の開館がせまる1644年12月、司書仲間のジャコブ神父が来た。彼は底抜けに陽気な人間だ。
「ノーデ、我が友よ! 素晴らしい図書の山を築きおって! 弟子までいるのか!」
ジャコブはミカを抱擁した。その時、突然ジャコブの首筋にオレンジ色の光が煌めいた。
「神父殿、今、その……」
ノーデは「何を言ってるんだ」といぶかった。ミカの眼はノーデの首筋にも光を見た。キラキラと青い宝石のような光だった。
「私は失礼します、書庫の目録がまだ……」
慌てて踵を返した。2人の傍にいてはならない気がした。オレンジと宝石のような青はミカだけに見えていた。そして、ミカは首筋の光を呑みたい欲望に駆られた。強烈な欲望だった。
彼女は急いでワインを口にした。
「これは何。初めてだわ、ワインを飲んでも体の芯がまだ渇いている」
十八歳で死ぬ前に味わった酷い飢えに似ていた。あの悲惨にもう一度耐えられようか。
彼女に確信はなく、胸の十字架を掲げて祈った。
「神よ、私は不安の中にいます。他の人に見えないものが見え、それに欲望を感じます。それが悪しき行いとなり、罪とならぬよう願います。どうか、私に善き道をお示しください」
年末の木曜日、最初のマザラン図書館開館日は終わった。
枢機卿が言いふらしておいたため、パリの愛書家と知識人が期待半分物珍しさ半分でやってきた。彼らは蔵書の質の良さと分類の素晴らしさを讃え、すぐに評判になるだろうと口を揃えた。
ノーデはまずまずの滑りだしに祝杯をあげるため、自室にジャコブを呼んだ。ジャコブはミカを加えようとしたが、ノーデは断った。
「彼はマザラン殿の部下であって、私の部下ではない。先日も初対面の君に失礼なことをしたようだ。彼は有能だが、その……彼は……」
神父はお気楽だった。
「私は気にしちゃいないよ。ミカの何が君をそうさせるのか、聞きたいものだ」
「修道士の君に告げていいものか迷う」
「友人としてなら構わんだろう。懺悔室じゃないんだから」
ノーデはミカの秘密を打ち明けた。
「彼は、実は、お、女だ。しかも奇病を患っている」
ジャコブはあっけらかんと応じた。
「君はいまだ女に厳しいのだな。なんと狭量なことだ。女に母の存在を重ねるのは君の罪だよ。そもそも君の母上が文盲であったのは誰のせいでもないし、お父上亡き後の再婚は普通にあることだ」
「そのために我が家は崩壊したも同じだ。私は医学の道を諦めた。弟妹を生かすために司書を勤めて、なんとか弟を職に就け、妹たちを嫁がせたのにみんな世を去った」
「やめなさい、ノーデ。母上も君の弟妹も生を全うした。君は平坦でない人生を歩み、立派な司書になった。君の心は解放されたいのだ。過去に苛まれるのは、もう、うんざりだろう」
ノーデは長い溜息をついた。
「ミカの技量は認めているが、どう扱っていいのか分からない」
「では距離を縮めてはどうだね」
ノーデは虚を突かれた。
「最初にひどい扱いをしたのだ」
ジャコブの喉がくっくと鳴った。
「友人になりたまえ。彼女が君を嫌っていなければいいのだが。有能さを認めているなら、彼女と友の心で向き合えば良いだけだ」
「ジャコブ、私はミカと友になれるだろうか」




