第14話 焚書
請負人たちは逃げ出していた。暴徒の一団が書架からプロテスタント関係書を片っ端から放り出し、中庭に投げた。ミカは煙と炎を見た。本を焼いているのはジャック・ガルヌだ。彼は狂ったように雄叫んでいた。
「異端の本はこうしてやる! 悪党のイタリア人マザランは抹殺すべき本を平気で図書館に置きやがる。マザランは悪魔だ!」
ノーデは書架に群がる暴徒になすすべがない。
ミカに怒りが湧いた。彼女は小ぶりの椅子を暴徒の頭に振り下ろした。
「リュカ親方と天使隊、奴らを殴れ!」
ミカの眼は暴れる男たちの首に例の光が宿るのを見た。
「私は怒りに駆られている。奴らの命を削りたくてたまらない。ノーデの仕事を台無しにする奴ら! 自分たちが何をしているか分かってない、あんな奴らは死ねばいい」
彼女はさらに何人か椅子で殴り飛ばした。
「ノーデ、ノーデはどこに!」
彼はハーヴェイの本を懐に入れたまま、厩舎の階段を降りて中庭に出た。焼かれている本を少しでも救おうと厩舎からレーキを持ち出し、叩いて火を消し始めた。火が消えても、本は修復不可能なほど壊れていく。
ジャック・ガルヌはノーデを突き飛ばし、懐の本をひったくった。
「止めろ、その本は!」
「いくらラテン語が読めたって、お前のように分別無しが本を選ぶのは間違っている! 異端はどこまで行っても異端だ」
「黙れ! 分別がないのはお前の方だ。図書館は次の時代を産むためのゆりかごなのだぞ!
検閲がないからこそ、新しい知見、新しい思想、新しい人の世が作れるのだ。焚書をためらわないお前こそ悪魔だ!」
2人の間で本が引き裂かれた。表紙はノーデの手に、残りはジャックが火に投げた。ミカが好きだと言った腕のイラストがひらひらと宙に舞い上がった。それは炎に焼かれる寸前、大きな翼に乗ってノーデの前に降りてきた。
彼の前に赤味がかった灰色の眼のミカがいた。彼女の髪は淡い金色に光り、背中の羽は水色だった。ノーデの手にイラストが渡された。
彼女の声は厳かに告げた。
「リュカ親方、ノーデにこの光景を見せてはいけない。彼を部屋に連れていき、ジャコブ神父に介抱を頼んで。天使隊は散らばった本を集めて2階へ。早く!」
親方は目を丸くしていた。
「あ、あんた、どうしたんだ、ミカなのか?」
「私は大天使ミカエル! 叡智の守護者として罪人ジャック・ガルヌを処罰する」
焚火の周りの暴徒たちは逃げ出した。ミカは素早く飛んで、ジャックの襟首を掴んだ。炎が近い。ジャックの顔は熱で火照っていた。
「ひい! 司書が異端なら、助手は化け物だ! マザランは怪物を飼っている怪人だ」
大天使は彼を片手で持ち上げた。
「お前たちもその身に怪物を隠し持っているだけ。私とどう違うか、言ってごらん!」
「黙れ、汚い書物は燃えてなくなれ!」
ジャックの首筋に金色の光があった。ミカエルに不敵な笑みが走り、水色の翼がその身とジャックの体を覆った。ジャックの悲鳴が上がった。夥しい血が彼の脚元へ流れ落ちた。
大天使が翼を開くと彼の無残な死が現れた。
冬の日没の瞬間、オレンジの光がそれを照らし、大天使は彼の骸をセーヌ川へ捨てに飛び去った。
遠くから給水塔の鐘の音が響いた。ちんかんちんかん、こんこんこん。
夜半にミカは元の姿でノーデの部屋を訪れた。ジャコブ神父はミカを部屋に入れようとしない。
「君は何者だ。少なくとも人間でなかろう」
ノーデは憔悴していたが、彼女に会うと言った。
「ジャコブ、ミカは本を守ろうとした。私の友だ」
ミカはもう泣かなかった。
「ノーデ、あなたは私が奇病だと言い続けた。決して南ドイツの伝説の化け物でないと言って、私を安心させようとした。その嘘が嬉しかった」
「知っていたのか」
「あなたは優れた理論家であり図書の哲学者であり、医学に詳しい。私を診れば結論はとうに出ていた。もう一度聞きます、私が恐ろしくないのですか」
「ミカ、頼みがある」
「はい」
「大天使に返してもらったイラストがしわくちゃになった。綺麗に伸ばしてくれないか、修復作業だ」




