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第10回 吸血鬼

 ミカの魂は激しい怒りに染まった。

「ジャンは週に2日とはいえ、本が傷まない術を心得て清掃していたのに、今になって、なぜ本を盗む。ノーデが心血を注いだ図書館を愚弄するのか」


 少年は厩舎の端まで来た。藁とまぐさが積まれ、そこかしこに大鎌や桶が並んでいる。彼は隠しておいた麻袋に本を入れた。その手をミカが掴んだ。

「ジャン、この本をどこへ持っていく気だ」


「厭らしいミカ、安い給料で馬鹿にしやがって! 物価高でも宰相は税金を上げるなんて、とんでもねぇ。ドイツの戦争に首突っ込んだのは宰相だ。俺たちは食わずに死ねってか」

 彼の袖から短刀が飛び出し、ミカの腹に刺さった。少年は短刀を引き抜こうとして息を飲んだ。ミカは痛みを感じてないし、笑ってさえいる。

「こんなもので私は殺せない。ジャン、君の首が光っている。しばらく見ることが無かったのに不思議だ」


 ミカの青い目が赤味を帯びた灰色になった。

ジャンは動けなかった。彼はミカに人間以外の何かを嗅ぎとったが遅かった。彼の首筋に躍るエメラルドグリーンの光をミカの両手が捕え、そのまま細い首を掴んだ。煌めく光がミカの両腕を伝い、吸い込まれていく。

「止めろ、何だ、お前……!」

 少年から力が抜け、本がとさりと軽い音を立てた。ミカはさらに唇を彼の耳元に寄せた。

 今度は光ではなく紅い血が滴り始めた。集まった生気の束が柔らかい皮膚を裂いたのだ。


 ミカは恍惚として少年の血を貪った。

「ああ、なんて甘い……甘い血だこと」

血の匂いはワインよりずっと深く彼女を潤した。

「私が欲しかったのはこれだ、人の血、人の生気、暖かい……暖かくて満たされる、神より強い力で私を満たすものだ」


 ノーデがミカを見つけた時、彼女の手は血に染まり、ジャンの亡骸を前に泣いていた。

「ノーデ、私はやはり人間でなかった。彼に怒りを覚えた瞬間、彼の血を取って殺してしまった。ワインより濃い味を欲していた。それは人の命でした。

 わ、私はここにいられない、消えるべき存在です。いつかあなたを殺したら取り返しがつかない」


「ミカ、落ちつけ。何があったか話すんだ」

 ミカの青い目からとめどなく涙が落ちた。

「ノーデ、私を殺してください」

「止めなさい、ミカエル。とにかく話が聞きたい」


 ミカはノーデの腕から飛び出し、厩舎の藁切り台に首を置くと大鎌を当てた。

「いくら私でも首を切り離せば死ねるでしょう。お願いです、私を殺して」


 ノーデは大鎌を奪い、少年の方へ蹴った。そしてミカの両手を握りしめた。

「マリー・エティエンヌ!」

本名がミカを救った。

「君はここに必要だ。私と一緒にここにいるべきだ。いいか、君が何者であっても私のそばにいるのだ。 

 本泥棒はここで君ともみ合いになり、不運にも鎌で首を切った。それを君と私が見た。それだけだ。いいな!」

 松明を持った馬丁が集まり、厩舎長と家令が検分する間、ミカは盗まれた本を抱えて沈黙していた。


 ノーデはミカを自室に入れた。

「ミカ、今日のことはジャコブ神父にも言うな。我々だけの秘密だ」

「私が恐ろしくないのですか。私は血を吸う化け物です、吸血鬼ヴァムピールです」

「私の首にあの光が見えるか」

「見えません。ジャンの血を食べて満足したのでしょう」

「君の仮死と吸血は何らかの病気だ。それは怒りの感情によって発症すると考えられる」


 ノーデは彼女を異端の存在と考えなかった。

「私は友の力になりたいし、友を失いたくない。

 ミカ、君は神を信じ、神の祝福を受ける資格がある。魂は必ず天国に行くだろう。自暴自棄になって自分に鎌を向けたり、黙ってここを去ったりしないでくれ。友との約束だ」

「友との約束……」

 ミカは十字架を握りしめ、肯いた。

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