第8章 寄り添う心
春の雨がしとしとと降る放課後。
怜は傘を持たずに校舎を出て、しばらく屋根の下で雨脚を眺めていた。
ひんやりとした空気に、孤独が胸に沁みてくる。
「相変わらず、呑気ね」
聞き慣れた声に振り返ると、そこに琴葉が立っていた。淡い水色の傘を差し、冷ややかな表情を浮かべている。
「琴葉さん……」
「濡れて帰るつもり? まったく、首席さんの考えることは分からないわ」
そう言いながらも、琴葉は傘を怜の頭上へと差し出した。
二人の肩が自然と寄り添い、雨音に包まれる。
並んで歩き出すと、琴葉がふいに口を開いた。
「……ねえ、どうしてあんなに平気そうにしていられるの?」
「平気、じゃないです。怖いし、悔しい。でも……姉さんを守れたから」
怜の答えは変わらなかった。
琴葉は唇を噛む。
「……ずるいわね。私なんて……ずっと、完璧なお嬢様を演じ続けてきたのに」
怜が驚いたように振り返る。琴葉は視線を逸らさずに続けた。
「本当は弱い自分を隠すために、必死で完璧を装ってきたの。努力しなきゃ、誰も認めてくれないって思ってた。……なのに、あなたは」
雨粒の向こうで、怜の瞳がまっすぐに彼女を見つめていた。
「琴葉さん……僕は、完璧じゃなくてもいいと思います。弱いところがあっても、それを抱えながら笑える方が、ずっと素敵です」
心臓が跳ねる。
琴葉は顔を背け、必死に冷静を装った。
「……ばか。そうやって簡単に言えるところが、あなたの一番憎らしいところよ」
だが、頬に広がった熱はもう隠せなかった。
雨はやがて小降りになり、二人の歩幅は自然に揃っていた。
琴葉の胸には、これまで知らなかった温かさが静かに広がっていた。
それは――ライバル心では説明できない、もっと柔らかで甘やかな感情だった。




