第3章 小さな事件
放課後の図書館は、春の夕陽が差し込んで静けさに包まれていた。
怜は窓際の席でノートを広げていたが、背後からかすかなすすり泣きが聞こえ、顔を上げる。
本棚の陰で、一人の女生徒が泣きじゃくっていた。机の上には破り捨てられた答案用紙。どうやら試験で思うように結果を出せず、落ち込んでいるらしい。
「大丈夫?」
怜が静かに声をかけると、女生徒は慌てて顔を隠した。
「っ……見ないで……」
「見ないでなんて言われても、放ってはおけないよ」
怜は隣に腰を下ろし、破れた答案をそっと拾い上げた。
「ここ、ちょっと計算の順番を間違えちゃっただけだね。次は必ずできるよ」
「……ほんとに?」
「うん。僕でよければ、一緒に勉強しようか」
怜の穏やかな声に、女生徒は涙を拭って小さくうなずいた。
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その光景を、棚の影から琴葉は見ていた。
胸の奥がちくりと痛む。
(どうして……あの子は、あんなふうに自然に寄り添えるの?)
自分なら「努力が足りない」と突き放してしまうだろう。
けれど怜は、欠点を責めることなく、そっと支える。
――それが、誰に対しても自然にできるのだ。
「……悔しい」
琴葉は心の中で呟いた。
怜が首席だから悔しいのではない。
誰よりも優しいから、誰よりも自然体だから――その差が、痛いほど悔しかった。
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図書館を出たところで、涼と鉢合わせた。
男子制服の彼はスポーツバッグを肩に担ぎ、汗を拭っているところだった。
「よお、琴葉さん」
「……なぜあなたに声をかけられなきゃならないの」
「さっきの顔、ずいぶん怖かったぞ。何かあった?」
からかうような声に、琴葉は思わず足を止めた。
「……別に。あなたには関係ないわ」
「そっか。でも、無理はすんなよ」
あっけらかんと笑って去っていく涼。
琴葉は立ち尽くしたまま、胸の鼓動が落ち着くのを待った。
(あの双子……どうしてどちらも、こんなに私を乱すの)