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堕石と二人

作者: 偽命

《一》


少年は魅入った。空を穿って降ってくる閃光の青を。

退屈な日々を根本から覆すエネルギーの塊を。

恐怖とか、痛覚とかは問題ではなかった。

ただ、それがもたらす刺激について、彼は痺れていた。


《二》


少年は無個性だった。性格が良いとか悪いとかでもなく、ただ無個性だった。

故、人生は退屈だと考えるのにそう時間は必要としなかった。特に趣味もなく、

つまらない人生を送っていた。少年は無個性だった。

何気なく付けた番組では慌ただしく速報をしていた。それは、その内容は、無個性の、趣味のない、人類の中でたった1人の少年の、あるいはそれ以上の人を歓喜させた。

歔欷の声すらあげた。叫ばざるを得なかった。


少年は刺激に飢えていた。ただ流れる人生を滅茶苦茶に

壊してしまうような、正反対の方向に向けてしまうような刺激に飢えていた。今までその欲望を満たしてくれる対象は居なかった。対処のしようが無かった。


が、その速報にはその対処が記されているも同然だった。また声をあげた。少年は人生で一番興奮していた。


《三》


少女は絶望してただ眺めていた。雲を割って堕ちてくる隕石を。積み上げたキャリアを根本から覆す塊を。

恐怖とか、痛覚とかは問題ではなかった。

ただ、それがもたらす結果について、彼女は絶望していた。


《四》


少女は優等生だった。性格も良く、優しい人だった。

故、周りからは尊敬の眼差しで見られていた。

何気なく付けた番組では慌ただしく速報をしていた。それは、その内容は、優等生の、否、それの振りをしていた1人の少女を絶望させた。数多の感情が渦巻いた。


少女は世渡り上手だった。 小さな頃から優等生の振りをしていた。今の今まで続けていた。将来のために。


が、その速報にはその全てを滅茶苦茶にする残酷な現実が記されていた。死刑宣告されたのも同然だった。また絶望した。少女は久しぶりに口惜しくて泣いた。


《五》


少年は走った。時間は限られている、その奇跡を目の当たりにして、光に包み込まれて死にたい。

人生の最後を華々しく彩りたい。疲弊なんて少年にとっては問題ですらなかった。

結末への過程だった。そう思わせるほどに、少年はこれからが幸せだった。チャイムが聞こえる。走った、見慣れた景色を踏みしめて走った。


ただ幸福感に包まれて、光に追いつきたくて走った。


《六》


少女は幾年かぶりに自己のためだけに思考をした。どうせ時間は限られている、最期くらい縛られた人生から解き放たれて、自由に死にたい。

人生の最期に色をのせたい。今まで守ってきたこの純白のキャンヴァスに、華々しく色を咲かせて死にたい。少女は走った。その閃光を目の当たりにして死にたい。チャイムが聞こえた。もう今になってはそれすらどうでもいい、周りの目を気にしないのはこんなにも楽しかったか、過去の自分の鎖を切り刻んでいく過程が、少女には幸福を与えた。


この星で最も美しく死にたい、その為だけに走った。


ふと横を見る、彼女は今まで気が付かなかった。同じ制服。今まで同じ道を走っていたというのに、夢中で気が付かなかった。ああ、最期すらも気を遣って死ななければならないのか。いや、いい。最期だからもう誰にも気を遣わない。彼女は走った。もう彼女をひきとめる鎖なんて存在し得なかった。


《七》


幾時間かすぎ、日も落ちた頃、2人の向かうべき場所はフェンスで囲まれていた。こんなときにまで働く公務員の叫声も、今となってはファンファーレにしか聞こえなかった。結末を彩るその結果を思い描いたら、もう多幸感に包まれていた。濁流のような人の波、それをこじ開ける2人は確かに存在し、それを証明するかのように、空を穿つエネルギーが閃光をあてた。2人の視界には壁なんて無いと云わんばかりのその勢いに、フェンスも萎縮し、その道を譲りさえした。もはや世界は2人の味方だ、走れ韋駄天、渦巻け閃光、鳴らせファンファーレ、走った。


《八》


何と美しい光だろう、視界を群青に染め、あたりは昼間かと思うほど明るくなり、スポットライトをあてられているかのようだ。今彼女のキャンヴァスは純白を捨て、虹に染まっていた。こんなに視界が彩られたのはいつぶりだろう、過去との対比で多幸感がさらに包んだ。あぁ。思わず声が出た。その隕石は、この鎖の破片を跡形もなく崩してくれるのだろう、光に向かって手を伸ばした。

恐怖とか、痛覚とかは問題ではなかった。


ただ、それがもたらす結果について、彼女は痺れていた。


《九》


何と美しい光だろう、少年の視界は群青に染まり、あたりは昼間かと思うほど明るくなり、スポットライトをあてられているかのようだ。今彼の視界は青で満たされ、思考はさらに加速した、こんなに興奮するのはいつぶりだろう、人生で初めてだろうか、もうそれすらもどうでもいい、光に向かって手を伸ばした。恐怖とか、痛覚とかは問題ではなかった。ただ、それがもたらす刺激について、






あぁ。






少年は初めて気が付いた。初めて人の声を覚えた。







その顔を見ざるを得なかった、同じ制服、人を興味深く見るのは初めてだった、その世界で一番青が似合うその顔は、いま、群青の光を受け、輝いていた。ただ青に夢中な結末を移したその瞳、感嘆を表すその口元、艶光るその黒髪、その全てに魅入った。周りの目とか、彼女の視線とかは問題ではなかった。ただ、その思考すらを留めさせないように、轟音が彼らの耳を凍た。


視線を蒼に戻し、また見、ただ轟音の中で、彼は一人呟いただろう。もはや彼は''それ以上の人''には分配されなかった。


《十》


群青のエネルギーの塊は地を穿ち、星の色を変え、辺りの景色は黒色に帰した。たった一人の少年の、あるいはそれ以上の人の最期の願いは叶わず、少女の願いは叶い、星は幕を閉じた。

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