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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

大正百合作品

ゴールデンデイズ

作者: 白百合三咲

昭和17年。帝都

「懐かしいわ。あの頃のままね。」

高等女学校の前に1人のモンペ姿の女性が立っている。蘭乃は自らの母校へやってきた。卒業したのは20年前だ。

 蘭乃は母校の敷地に足を踏み入れる。

当時はまだ大正時代。蘭乃は袴で通学していた。校門をくぐると桜の並木道が続く。いつも遅刻寸前で校舎に続くこの道を全力疾走してい車の運転手にはいつも呆れられていた。並木道が終わると木造の校舎にたどり着く。中は開いている。かつて自分が学んだ教室に入る。机も椅子も並べられてある。

窓から見えるのは中庭である。花壇には季節を彩る花が一年中咲いていた。庭園のテラスで親友と昼食を取っていた。母校は何も変わらない。変わったのは生徒が誰1人いない事だ。

「そうだわ。」

蘭乃は持ってきた手紙を出す。封筒には招待状が同封されていた。招待状には講堂で待つと書かれていた。校舎は木造建築だが講堂だけは西洋建築であった。蘭乃は2階の連絡通路から講堂へと向かう。ここは劇場のような場所で卒業式等式典をやる際に使われていた。

中は20年前と変わらない。しかし明かりがついている。

「蘭乃さん。」

舞台の袖から赤地に胸元と裾に白いリボンのついたドレスの淑女が現れた。

「はなさん?!」

淑女の名前ははなという。

「はなさん、お久しぶりね。」

はなは蘭乃の同級生で同じ教室で学んでいた。

「ごきげんよう。」

はなはドレスの裾をつまみ一礼する。

「この招待状ははなさんね。」

蘭乃は招待状をはなにみせる。

「ええ、そうよ。わたくし蘭乃さんと二人だけで公演をやろうと思って。覚えてる?このドレス。本当はわたくしが着る予定だった衣装なのよ。」















 時は遡ること大正7年。

蘭乃とはなはこの女学校の門をくぐった。青い袴を履いて華やかな桃色の振り袖を揺らしながら。講堂で上級生のお姉様方から白い薔薇のコサージュを胸に付けてもらう。それがこの女学校の伝統だった。はなを魅力したのはそれだけではない。



「あの、お嬢さん。」

「はい。貴方は?!」 

袴姿の女学生が振り向くと見慣れない金髪に白軍服の士官が立っていた。

「この辺りでは見かけない顔ですわ。」

「はい、私はドイツから参りました。クリスチャンと申します。」

士官は女学生に向かって敬礼する。

「クリスチャン様ですね。お会いできて光栄ですわ。こちらはお近づきの記に差し上げますわ。」

女学生は士官に手に持っていた一輪の赤い薔薇の花を差し出します。



 5月には毎年最上級生による演劇が上演される。ドイツの士官と女学生の恋物語だ。明治の始め頃、たまたま女学校を訪問したドイツ士官が1人の女学生と出会った。彼はドイツ王室と親戚で女学生は彼と結婚した。今でもドイツで暮らしてるという。舞台が終わるとはなは涙を流しながら割れんばかりの拍手を送る。  

 その日の昼の事。

「クリスチャン様ですね。お会いできて光栄ですわ。」

はなは中庭で薔薇の花を片手にひろいんである女学生の台詞を繰り返す。

「お近づきの記に差し上げますわ。」

その台詞を言いながら振り向いた時はなは顔を赤くして硬直する。

「それ、私にくれるの?」 

「蘭乃さん?」

目の前には短髪で長身の少女が立っていた。青い振り袖に緑色の袴の少女だ。彼女は同じ級で財閥の令嬢千咲蘭乃だ。

「失礼致します。」

はなは一礼するとその場を去ろうとする。

「お待ちになって。」

しかしはなは蘭乃に腕を捕まれる。

「リボンが曲がっている。」

はなの頭上のピンクのリボンは斜めに傾き取れてるかけていた。

「座って。」

蘭乃ははなをベンチに座らせる。

「これでいいわ。」

「ありがとうございます。」

「貴女、私と同じ級よね?」

蘭乃ははなの事を知ってるようだ。

「はい、宮野はなです。なぜ私の事を?」

「同じ教室ですもの。知ってるに決まっているじゃない。ところで貴女1人で何してたの?」

蘭乃に尋ねられはなは顔を赤く染める。

「何でもないわ。」

蘭乃は立ち上がるとはなの前で膝真付く。

「お嬢さん、貴女なら今夜来てくださると思ってました。」

蘭乃は先ほどの芝居のドイツ士官の台詞を言う。

「僕と踊って頂けますか?」

「ちょっと何言ってるの?私ダンスなんて習ったことないわ。」

はなは再び赤面しながら蘭乃の誘いを断る。

「それでは劇のひろいんなんて無理だわ。だって最後は士官とダンスですもの。幕が降りるまで2人は躍り続けるのよ。貴女も観たでしょ?」

蘭乃ははながひろいんになりたがっていることを知っているようだ。

「ちょっと蘭乃さんどうしてそれを?」

「ずっと台詞練習していたじゃない。」

はなは台詞を練習していたのを蘭乃に聞かれていたのだ。

「いらっしゃい。」

「きゃっ。」

はなは蘭乃に右手を握られ引っ張られると左手を捕まれ蘭乃の背中に回される。自身の背中には蘭乃の手が回されたのが感じる。はなの心拍数が最大に達する。今にも心臓が割れそうになり逃げ出したくなるが蘭乃に抱き寄せられているため逃げられない。

「さあ、右から行くよ。アン・ドゥ・トロワ アン・ドゥ・トロワ」

蘭乃はフランス語で数を数えながらステップを踏み始める。はなも蘭乃の足の動きを見ながら真似をする。

「背筋伸ばして。下を向かない。」

蘭乃の鋭い指摘が飛んでくる。はなは背筋を伸ばし蘭乃を見上げる。

「そうよ。」

蘭乃がはなに微笑みかける。



 その日からはなは昼休みは薔薇の庭で蘭乃とダンスの稽古が始まった。

「そこでターン。」

はなは袴を翻しながら回転する。

「そうよ、はなさんは覚えがいいわ。」

「いえ、蘭乃さんの教え方が良いからよ。さすがは財閥のご令嬢ですわ。」

蘭乃は級で成績優秀で競走も一番だ。

「はなさん、それは違うよ。」

蘭乃はベンチに腰かける。

「私だって最初から何でも完璧にできたわけじゃないわ。」

蘭乃は幼い頃から家庭教師から勉強もダンスも教わっていた。

「小さい頃から出来のいい姉と比較されるのが嫌でね。お姉様も以前在学中にドイツ将校を演じたのよ。それから両親は私に見向きもしなくなってね。」

今の蘭乃の夢は姉の演じた役を自分も演じ両親に認めてもらう事だという。

「素敵だわ、ねえ蘭乃さん私とその夢叶えましょう。蘭乃さんが将校、そして私が女学生いいでしょ?。」

「駄目って言っても君は聞かないし、いいよ。」

「じゃあ指切りしましょう。」

2人は指を絡ませながら約束する。




 あれから1年が経った。2人はまた同じ教室になり中庭で2人だけの稽古をしていた。昼休みいつものように中庭へと向かう。

「はなさん、今日はお姉様から借りてきた台本を持ってきたわ。」

蘭乃ははなに台本を見せる。表紙はぼろぼろで相当練習したのだろう。

「蘭乃さん、今日はどうしてもお話しなければならない事があるわ。」

はなが突然真剣な表情を蘭乃に向ける。

「私、今日この学校を去るの。」

「何ですって?!」

蘭乃は耳を疑った。

「どうして?一緒に舞台に立つ約束は?」

はなは父の会場が倒産し女学校の在学が困難になった。病弱な妹の入院費もありはなは働く事になった。

「ごめんなさい。約束守れなくて。」

はなは蘭乃の前から去っていく。翌日からはなの姿を学校で見ることはなかった。








時は再び昭和17年

「蘭乃さんは夢だった将校になれたのね。」

はなは蘭乃に1枚の写真を手渡す。

「これは5年生の時の。懐かしいわ。」

写真は蘭乃が劇で主役のドイツ人将校を演じた時の写真だ。

「はなさん、どうして貴女がこの写真を?!」

「わたくしこの女学校の教師になったの。職員室で見つけたわ。」

はなは女学校を中退後すぐに花売り娘の仕事に就いた。それでも生活は楽にならず夜は酒場で女給もしていた。

「妹が亡くなったのは20才の時よ。その頃には父も新しい仕事に就いていて生活も以前よりは楽だし、纏まったお金もあったわ。」

そのお金ではなは女子師範学校へと進んだのだ。

「はなさん、なぜ教師に?てっきりどこかの公爵様でも捕まえて玉の輿に乗ってるかと思ったわ。」

「それも素敵だったかもしれないわ。だけどわたくしは貴女と過ごした日々が忘れられなくてこの母校に戻りたくなったの。それも今は無意味だけど。」

戦況が悪化し生徒達は皆疎開。今は女学校は閉校。この講堂で舞台が演じられる事もないのだ。

「最も敵国のドレスを着た日本の令嬢の話なんて国が許してくれるはずがないわ。」

はな悲しそうに俯く。

「はなさん、どうして私をここに?」

「言ったでしょ。さいごに貴女と2人だけの公演をしたかったの。」

さいご?はなも疎開するのだろうか?

「貴女の衣装もあるわ。」

はなは蘭乃に白い軍服を持ってくる。

「懐かしい。これ私が着たのだわ。」

蘭乃が軍服に着替えるとはなが蓄音機でワルツをかける。

この曲は芝居のラストシーンの舞踏会の曲だ。





「春江さん、来てくださったのですね。」 

蘭乃の台詞で芝居が始まる。春江というのはひろいんの名だ。

「はい、クリスチャン様。貴女のお気持ちにお答えすべくやって参りました。」

「では僕と結婚してくださいますか?」

「はい。」

蘭乃ははなの左手を握り薬指に指輪を嵌める素振りをする。

「春江さん、僕と踊ってください。」

蘭乃とはなは組んで互いを見つめ合ってステップを踏む。二人だけの公演、いや二人だけの舞踏会だ。

 遠くから半鐘の音が聞こえる。どこかで空襲があったのだろうか?半鐘の音は次第に大きくな飛行機のエンジン音も聞こえてくる。空襲は近いようだ。

「はなさん、逃げましょう。」

踊りをやめようとする蘭乃の手をはなは強く掴む。

「駄目よ。2人は最後いつまでも躍り続けるのでしょ?幕が降りるまで。」

そう言ってはなは躍りを続ける。蘭乃も辞めようとはしない。次第に窓ガラスは割れ、客席のシャンデリアも落ちてくる。空からの弾丸が窓から入り今度は火が燃え移る。入り口が塞がれてしまった。それでもはなはまだ踊りをやめない。このまま2人で火の海に巻かれて死んでしまうのか?蘭乃の脳裏にそんな事が過った時

「きゃっ!!」

はなが蘭乃を突き飛ばす。

「蘭乃さん、その床下の扉から地下通路を通っていけば外の出口に繋がるわ。」

蘭乃が突き飛ばされた床は隠し扉になっていた。

「だったらはなさんも一緒に。」

蘭乃が立ち上がりはなに近づこうとした時天井から落下した瓦礫によって道が塞がれてる。炎は舞台まで広がっていた。

「ごきげんよう。わたくしの初恋の人、ごきげんようマイゴールデンデイズ」

蘭乃が見たのは燃え盛る炎の中ドレスをつまみ優雅にお辞儀する令嬢の姿であった。



                  FIN

                  

宝塚作品のオマージュとして書いてみました。

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