第九話
本日は、夜21時頃、もう一つ、投稿いたします。
どうぞ、お付き合いください。
夜、浅草元町に程近い番屋(交番)の一つ。
俺たちは顔を寄せ合って相談をしていた。侠客数名に同心1人。番屋の中でこんな相談事をしていいのか分からないが、佐之助が良いと言うなら良いだろ、もう。
とは言っても、内心打首にならないかビクビクとしながら、急場ごしらえの作戦会議に参加していた。みんなビビってないの?そう見回すと、牢名主の首筋には脂汗が浮かんでいた。俺は少し安心した。
「さて、昼に散らしてた岡っ引たちが集まる頃合いだが、改めてまとめるか。」
まず、一つが魚谷屋の文治が回っていたという、いくつかの商家が、新場子安が肩代わりした借金に関して、脅されていないかと言う点。二つが浦安の網元に借りた金はきちんと返されているのかと言う確認。そして三つめ
「魚谷屋の台帳にはなんて書かれてるかってことよ」
これは直接見なければわからないが、恐らく返済されていない旨が書かれているだろう。それをネタに脅し回っているのだから。
その時、文治が回っていた商家に行っていた、佐之助の岡っ引たちが番屋に入ってきた。呼吸も荒く走ってきたことがわかる。いろいろな資料のようなものを佐之助に手渡しながら、
「旦那ァ!ピッタリその通りでしたぜ!古参の番頭が渋々と話してくれやしたぜ!」
番頭が言うに、浦安の漁村から江戸に出てきて店を開く時、地元の網元に金を借りたが、先に江戸に出て「侠客」として町奴を取りまとめていた新場子安の親分が「同郷のよしみ」とばかりにその借金をまとめ、身綺麗に商売をしろと言ってくれたらしい。その侠気に感服した店の主人は、恩誼を忘れずに商売に励んだらしいが、ある時、「魚谷屋の文治」を名乗る男が、子安がまとめたはずの借金の証文を手に、返済を迫ってきたらしい。
「証文に書かれていることも本当のことだったし、新場子安の親分さんには他にも世話になったし、昔の話だ、行き違いか何かがあったかと、とりあえず借金を返し始めたと。」
佐之助の旦那らが聞いて回った時も、「子安親分に恥をかかせるわけにはいかない」と思い話さなかったらしい。新場のためというと、渋々と話をしてくれたそうだ。佐之助はそれを聞き、
「偽証文……の可能性が限りなく高いが、裏が取れねえ……」
番屋の中は一瞬静まり返る。
俺は「浦安の網元さんのとこに元の証文があるんじゃねえのか?」と言うが、ちょうどその時、浦安に行っていた冒険者も帰ってきていた。
「いや、ないってさ。きちんと新場の子安親分に返してもらったことは覚えているし、証文も保管していたはずなんだけど、どこにも見当たらないって」
ダメじゃん。裏付けが取れないと魚谷屋の出まかせだとしても憶測でしかないよ。と思ったが、そもそも金を返したという証文自体、返した新場側も持っているのでは?
俺はそれを言うと、新場一家の面々がうーんと唸り始めた。
「親分、整理整頓できないタイプだしな」
「無くしてる可能性高いんじゃないか……」
「片付けられない男たちシリーズって言って浮世絵師たちが浮世絵にしようとしていたな……」
「あぁ、不潔三十六景ってな……」
「「……」」
座礁に乗り上げたかと言う時、新場一家の1人が急に大声を出す。
「でも大事なもんは幡随院の親分さんに預けるとか言ってなかったか!?」
「マジかよ」「早く言えよ」「バカ」「オタンコナス」「口がクサイ」「オイ!口がクサイは傷つくだろ!」
最早、そこにかけるしかない。俺たちは番屋を飛び出ると急ぎ幡随院の屋敷へと向かった。
その頃、幡随院屋敷。
お蝶は、薄暗い部屋で1人仏壇を眺めていた。大きく壊れてしまった仏壇に、応急処置として繋ぎ止められた写真が飾られている。線香の匂いと、包帯や薬の匂いが混じって、むせ返りそうだった。銀次が後ろから遠慮がちに声をかける。
「お嬢、お怪我は?」
お蝶は、怪我がなくなった腕を軽く上げ、「薬草使ったんだ、もう平気さ」と俯きながら言った。
銀次はその場に胡座をかくと、軒先の遠くを見遣る。
お蝶は、静かに銀次に言った。
「私よ、もう「侠客」を降りようかと思うんだ。」
「……そんな」
「そんな顔するな銀次。……こうまできて、新場に頭を下げてまで続ける意味もねえ。ウチの者らだってもう限界だ。幡随院は私で……閉めさせてもらおうと思う。」
「でも!雷さんや旦那が!」
「方々に、これ以上ご厄介になれってのかい!」
親父もそんなこと望んでねえ筈だろ、と仏壇に目をやる。割れた遺影は歪んでしまって顔もよく見えない。託された一家を守りきれなかったことが悔しくて、お蝶は再び顔を俯けた。
「……そうと決まれば、ご厄介になったところへ挨拶に回らねえとなぁ。新場のいう刻限は明日の昼。朝イチから回れば挨拶も済むってもんよ。」
とりあえず、日暮里の旦那と新規プレイヤーのあの雷門という男。幡随院のために走り回ってくれていると、町方に聞いたが、彼らに詫びを入れねば。そう考えて、立ち上がったお蝶の目に、割れた仏壇の中からはみ出た紙が目に入った。
「…………?」
お蝶はその紙を引っ張り出す。
そこに書かれていたことを読む。癖のある崩字で読みにくいものだったが、お蝶はなんとか一字一字を声に出して読んでいった。
「お蝶へ……こいつを読んでるってことは……あっしがくたばったあと……オメエさんに……一家を託してしまって申し訳ねぇ……きっとしんどいこともあるだろう……てぇへんなこと……ばかりだとは思う……けれどオメエさんは……プレイヤーといえど……あっしの娘……幡随院が娘よ……何かに使えるかもしれねえ金子と……いろんな奴らの証文だと権利書だの……あいつら片付けねぇからって全部あっしに預けやがって……まぁ……兄弟どもが幡随院を信頼してくれてるって言う証よ……先祖代々の仏壇にまとめてぶっ込んだらぁ……困ったら此れでどうにか……難儀こそ……奴の矜持……人は一代、名は末代まで……幡随院を任せたぞ……長兵衛」
その下にある長持を開けると、小判や証文の類いがたんまりと入っていた。
親父の葬式のときは大変で、仏壇の中までちゃんと確認していなかったから気づかなかったのか。お蝶は泣きながら笑った。
その時、音もなく部屋の周りを複数人の黒装束の忍者のプレイヤーたちが降り立つ。その1人が「取り込み中、失礼。命をいただきに参った」とお蝶に言う。お蝶は相変わらず笑っている。忍者はクナイを振りかぶりながら
「……こちらも仕事……悪く思わないでくr!?」
お蝶は振りかぶってきた忍者の手首を抑えると、その横っ腹に蹴りをぶち込んだ。
「まったくクソ親父め……銀次ィ!」
「へい!」
一家の長が襲われているのに身じろぎもしなかった銀次は、慌てて駆けだす。
お蝶はゆっくりと立ち上がる。蹴り込まれた忍者はエフェクトを散らしながら消えていった。忍者たちは後退りをする。お蝶は不敵に笑いながら
「大槌持ってこい!!幡随院長兵衛が娘、このお蝶が相手してやらぁ!」
銀次が投げ渡した大槌を振りかぶると、風を切り裂きながら忍術を展開しようとする忍者どもを薙ぎ払う。銀次も襲い掛かる忍者の懐に潜り込むと、「ふん!」と、肘鉄を鳩尾に入れ首筋に踵落としを決めていく。幡随院屋敷に轟音が鳴り響くたび、エフェクトが夜風に散っていった。
江戸の夜は、まだ長い。
深夜、俺たちが幡随院屋敷に着くと昼間に新場が出入りを行った時よりも荒れていた。なんで?庭の真ん中では、大槌に腰掛けたお蝶が、ニヒルに笑いながらタバコを吸っているし、傍の銀次もどことなく嬉しそう。周りで見ていた幡随院一家の面々も包帯やらを巻いた体ながら手を叩いて喜んでいる。
お蝶は、俺と佐之助を見ると「おぉ、旦那たち、どうしたこんな夜更けに……」と笑っていたが、俺たちの後ろにいた新場の牢名主たちを見るや否や
「へェ……新場の方に回ったってんなら私らがここで相手しても良いんだぜェ!」と、身の丈よりも大きな大槌を肩に担き出した。
「!?ちげえよお嬢ちゃん!」と佐之助が止めるのも聞かず、振りかぶろうとしているのを銀次が止める。
「……まぁ話を聞きましょうや」
それからしばらく。
諸々の話をお互いにした上で、忍者をボコしたハイテンションのまま変な動きをしてしまい、赤面しているお蝶を他所に、俺たちは幡随院長兵衛の仏壇から出てきたという長持の中身を調べていた。でも、全然字が読めない。これなんて書いてあるの?
「これほとんど子安親分の書類とかじゃねぇの……あ、でも車屋のもあるぞ!?」
「おいこっちのこれってよ……うわ、町田のかな……これなんかやばくねぇか、この書類ってなにこれ!?」
「春画見てニヤニヤすんのやめろよ」
なんか子安親分の書類探してるだけなのに、機密文書やら何やらがボロボロと出てきているらしい。そして、とうとう目当てのものが見つかった。牢名主が叫ぶ。
「あったぞ!!!!!!!これだ!!!!」
そこにはしっかりと「新場子安、2億バールを返済す」と網元と子安親分の印が押されていた。これは読みやすい。
これで、新場大安が、魚谷屋に嘘の借金で弱みを握らされていると言うことが確定的になったかな。やはり台帳をネタに、幡随院との抗争をけしかけられた線が濃厚になってきたな。
幡随院は、その件を聞くと「にいちゃんを脅すなんざ、許せねえ!すぐ魚谷屋に出入りだ、者ども行くぞ!!」とまたハイテンションになりかけたので慌ててみんなで抑える。こいつら基本的に血の気が多い。
ただ、肝心な台帳を魚谷屋が持っていると言うのがな。いくらこっちが本物だと言っても、網元のところでそれを保管していないとなると、結局は水掛論になってしまう。万が一、新場大安の幡随院との抗争の推測が本当だとしても、だ。台帳をどうにか……
その時、佐之助がおよそ同心がしていい訳がない悪党のような笑みを浮かべた。
「やっぱりその台帳があれば、何が起きてもいいんだよなァ……??」
なんかやべえこと企んでる気がする。良い子は見てはいけませんよ。こんな大人の笑顔。
佐之助は、「ちょいと野暮用だ」とお蝶らを屋敷に残して俺と2人で真夜中に浅草方面へと向かった。江戸の夜は明かりも少なく、人通りもあまりない。佐之助は足早に浅草のとある一角を訪れた。
「よぅ、邪魔するぜ」
「えっ、日暮里の旦那ぁ?」
盗賊組合。ひっそりとしており、外から見てもただの民家にしか見えなかった。RPGにおいては「盗賊」つまりシーフが活躍する場面も多かった気がするが、江戸エリアにおいてはあまり大っぴらに活動はできていないようだ。冒険者からすれば重宝されるが、一般人からしたら悪党の巣窟みたいだしな。
しかし、中に入ると結構な数のプレイヤーたちがわちゃわちゃと机や椅子に座って酒を飲んだり話をしたりしている。一瞬静まり返ると、俺たちの方を物色する視線がチラホラと。
佐之助はそのプレイヤーたちの視線も介さず、ずかずかと受付のような場所に足を踏み入れた。盗賊組合の受付の小柄な男は、手をこまねいてこちらを眺める。少し怯えているようだ。主に隣の下衆な笑みを浮かべた同心に対して。
「旦那ァ……まさかまた無茶振りに……?」
「こないだの銭湯覗き捕まえた時、ちょっとは、いい思いさせてやったろ」
「それはまぁそうですけどもね……」
「おい変態同心。任務に託けてなんかやっただろ。」
「俺もこいつもなんもしてねえよ?なぁ」
「え!えぇえぇもちろん!」
「……いつか捕まるといいなお前ら」
俺は心の底からこいつらが捕まればいいと思った。佐之助は細かいことは気にするな、と言いつつ「回向院いるかい」と言った。小柄な男は、「あいつに?大丈夫ですかい旦那」と言いつつ奥へと引っ込む。
しばらくして、中肉中背の端正な男が現れた。少し年季の入った浴衣を着こなし、木場鼠色の帯を回している。回向院と呼ばれた男は、「旦那じゃないですか」と言いながらこちらにきた。今日一日思ったけど、この佐之助って同心、顔が広すぎないか?同心ってそんな凄いの?
ちょっと尊敬の眼差しをしていると、その件の同心は裏手の小部屋に招き入れ、改まってキリリとした顔で言った。
「お前の腕を見込んで頼みがある……ちょいと盗んで欲しいもんがあるんだ」
めちゃくちゃニヤついてる。前言撤回。この同心、早く捕まった方がいいと思う。回向院は頭を抱えながら「ハァ」と深くため息をつく。
「……時は?」
「今夜、今からだよ」
それを聞くと回向院は天井を仰いだ。
端正な顔立ちの男がそれをすると絵になるな。
「旦那ぁ、さすがになんの下準備も無しに盗みには入れませんよ」
「……そう言うと思ってな。さっき岡っ引やら御用聞きに間取りと人の入り、配置などなど仕入れてある。」
さっき番屋で岡っ引たちから色々と手渡されていた資料ってもしかして。まさかコイツ最初から台帳ごと盗む気だった……ってことか!?
「……ちなみにその盗むところってのは」
「悪徳な高利貸し紛いのことをしている魚谷屋って店だ。騙りで商家から金を巻き上げてやがる。いま、その店の台帳が必要なんだよ」
それを聞くと回向院は、しっかりと目を見据え佐之助が持っている資料を受け取る。
「日暮里の旦那には鈴ヶ森で命を助けていただいた御礼がございますから……それに」
ふてぇ野郎は許せないんですよ、と笑った。佐之助は「死んでも治らねえもんな」とお互いに笑いあう。いや、アンタ頼み事してんのに失礼だな。
彼は「少し待っていてくださいね」というと、ふらりと盗賊組合から出て行く。佐之助はその姿を見ると、タバコに火をつけた。
「コレで台帳はもう問題ねぇな」
「旦那、あの人は?」
「回向院のことか?……あぁ、そうかオメエさんプレイヤーだったな。馴染みすぎて、昔からいるやつとして扱ってたわ」
ちょっとは配慮してくれよパンゲアさん。シナリオが随時変動するうえにNPCは自由に動き回るゲームとは聞いてたけど。NPCにNPC扱いされ始めるゲームって何。
「回向院は、又の名を鼠小僧。江戸市中に広く知られた義賊でな。大名屋敷やら悪どい大店を狙い、盗んだ金を貧乏な長屋とかにばら撒いたんだよ……でも取っ捕まって、鈴ヶ森処刑場で打首になるところを、俺が拾ったんだ。まぁ、色々とあってな」
あの人、鼠小僧次郎吉かよ……通りで動きに卒がないしここから出て行く時も消えるようにいなくなったと思ったよ。
「打首って回避できるもんなの?」
「そこはよぉ、死んだことにして……まぁいいんだよ。それからアイツはこの盗賊組合でプレイヤーたちの手伝いやら雑務、教官とかをやってんだ。んで、たまに、俺の手伝いもして貰ってる」
何モンなんだよ佐之助さんは本当に。
2時間ほどすると、彼はひょっこりと戻ってくる。手に風呂敷を抱えていた。回向院は小部屋に入ると
「旦那、お待たせしました」
と、風呂敷を開く。下準備が終わったのかしら、と俺が眺めると、そこには魚谷屋と書かれた台帳があった。……嘘だろ。こんなスピードで!?
「さすが大泥棒、仕事が早い」
「なんの、旦那の見取り図も分かりやすくて、人員の配置もしっかりと書き込まれていましたからね……もうなぜだか本当に詳しく。」
回向院は若干ジト目をしながら佐之助を眺める。まるで盗みに入ることを前提に情報集めしてたみたいな。いや、細かいこと考えるのやめよう。まずは中身の確認だ。佐之助が使い込まれている台帳をパラパラと捲る。
「……おう、たしかに商家と新場子安に金を貸した旨が書いてある……しめて2億バールか。しかし、貸人名義の部分に浦安の網元の名前……それの隣に魚谷屋の主人だなこりゃ、名前書き込んでやがるんじゃねえのか……」
台帳にはやはり借金の旨が書いてあるようだ。あとはコレと証文を合わせて魚谷屋を締め上げればいいのか。俺は問題が解決したなと佐之助に言おうとすると
「だがこれだけじゃ奉行所に駆け込んでも、水掛論になりかねんな……よし、新場んとこのヤツに、浦安まで行って貰うか。浦安の網元が返済の印と証文を用意すりゃ、完全に魚谷屋を落とせるな。」
佐之助はそう言うと回向院に「もう一つか二つ、仕事を頼まれてくれるか」と言った。次郎吉は心底面倒臭そうな顔を始める。
「盗みに入った時、手代みたいな男が「新場をけしかけて出入りまでさせたのに、この期に及んで往生際の悪いことをしやがるから暗殺者組合に頼んだのに失敗しやがった」とか話してましたけど……町奴の揉め事に巻き込まないでくださいよ」
さっきお蝶たちが倒したと言っていた忍者集団は、どうやら魚谷屋の手配したものだったらしい。そこまでして幡随院を滅ぼしたいのか。それとも何か思惑があるのかしら。
「……魚谷屋がどうしてそこまで固執してるのかわからねえが……すまねえな。幡随院の親父さんには俺も世話になったんだ。この礼はしっかりするからよ、頼む!」
佐之助は回向院に頭を下げた。
「頭を上げてくださいよ旦那。……まったく程々にしてくださいね」
彼は仕方なさそうに、佐之助からの仕事の話を聞くのであった。
御厄介になりますが、何かございましたらご連絡ください。
一日一話を目安に、更新は昼の12時頃でございます。
どうぞよろしくお願いいたします。