第八話
人名や地名等、あくまでフィクションでございます。
時代考証や場所も、あくまでフィクションとしてお楽しみいただければ幸いです。
「銀次、逝った奴はいるか」
「いや、逝ったのはいません」
「……新場に手を抜かれたか、情けをかけられたか……」
「あと、お嬢、ポメくんと、きらりんコーンが一家を抜けたいとの連絡が。クラスチェンジするそうで」
「な!?「侠客」をもうやめるって!?あの2人古株じゃねぇか!?」
「もう殺伐とした争いに巻き込まれるのは嫌だ、と」
分かる。ポメくん。分かるよ。
お蝶と銀次が手当てを受けながら縁側で相談をしていた。お蝶が色々と指示を出し、銀次が走り出していく。肩に巻いた包帯に眉を顰めると、ポツリと俺の背中に声をかけた。
「……まずは礼を言わせてくれ。」
「行きずりの縁だ、礼はいらねえよ」
「だが」
野戦病院と化した屋敷の中。怪我をして痛えとギャーギャー騒いでるNPCの大工にうるせぇよと手当の湿布を勢いよく貼ると、俺はお蝶の顔を見る。
「俺の方こそ、勝手も知らずに首を突っ込んで済まなかった」
そう言って頭を下げる。
こっちも、事情もよくわからずに首を突っ込んだことは確かだしな。それに、スライムにタコ殴りにされるほど弱かったが、ゲームにも慣れたのか体も動いたし、ハイテンションで向かってきた奴をぶん殴ってストレス発散してしまった。
でも怖かった〜!ビビったわ、喧嘩って怖いわ。
「アンタが頭を下げることはねえ!私らの方が下げる筋だろうよ!」
お蝶は俺の頭を上げさせようとする。
おずおずと俺が顔を上げると、困り笑いのような、綺麗な顔をしたお蝶がいた。すげえ美人だな。
「そんなジロジロみんなよ」
「おう、悪い」
お蝶は、顔を軽く赤らめてゴホンと咳払いをすると庭の方を眺めながら話し始めた。
「昔は……昔は本当に仲がよかったんだ。……幡随院と新場は、いつもお互いに宴会したり遊びに行ったり、な。先代と、向こうの先代が親友でな。だから私らも大安のにいちゃんと一緒によく遊びに行ったんだ。けど、先代らがみんないなくなって代替わりした、ちょうど半年ぐらい前から、大安にいちゃんから突然「手を切る」って連絡があって……」
さっきチラっと豚呼ばわりしてたのに。にいちゃんと呼ぶ姿は慕っている感じだし。もうこの話めんどくさそう。勢いで「預かる」とか言っちゃったけどもう降りたい。降りれます?
そんな思いもつゆ知らず、お蝶は滔々と語る。
「私らが何かしたってわけじゃねぇんだ……だが、急に……クソ……」
痛え痛えと言っていた大工も「急に新場の兄貴、人が変わっちまったみてえなんだ」と続けた。何かがあった事には間違い無さそうだが。急に仲よかったのにカチコミかけてくる豚はなんなんだよ。
「あとよ……」とお蝶が続ける。
「アンタのあの強さ。どう見ても始めて1週間じゃねえだろ!!!!!!盛っただろ!!」
もう俺の胸ぐらを掴む勢いだった。
そんなこと言われても。俺、本当にパンゲア時間で1週間もログインしてないしなぁ。
「いいか、確かに私らの職業は、他の職業に比べてステータス値が高い。攻撃力や体力も何倍もある状態で設定されてる。だがな、それでも駆け出しの侠客が、冒険者やらなんやらのプレイヤーたちをぶっ飛ばすなんて補正はかかっちゃいねえ!パワーバランス崩れてんだろ!!!!」
口角泡を飛ばす勢いだ。え、そうなの?俺さっきスライムにボコられたけど、と言ったら「つくならマシな嘘をつけ!あの拳出せる奴がスライムにヤられるかよ!」と怒られた。そうなの?スライムには負けたんですけど。
だが、やはり職業補正は掛かっているようだな。俺が現実世界で、動画で見て真似したような体術でも、補正のおかげか、サマにはなっているようだ。
サマになり過ぎているのだろうか。なぜだろう。
確かに玄人のプレイヤーに、素人体術で勝てるようなものなのか?
俺がその疑問を考えようとすると、縁側から1人の十手を腰に差したNPCの男が入ってきた。
「お嬢ちゃん、邪魔するぜ。」
「あ……日暮里の旦那!」
日暮里の旦那と呼ばれた男は、鷹揚にうなづきながら縁側に腰掛ける。彼は無精髭の生えた顎をさすりながら、大破した仏壇の方を眺め、嘆息した。
「町方がよ、新場が幡随院に出入りをかましたって聞いたから慌ててすっ飛んできたが、ひとまずは無事そうで安心したよ」
「旦那……」
「最近の小競り合いは聞いていたが、まさか新場のガキが幡随院に出入りまでやるとはね」
日暮里の旦那と呼ばれた男は、呆れたように言った。
ふと、俺の方を見ると話しかけてくる。
「見慣れない顔だね、新参かい?」
「あぁ」
「旦那、この人がね、出入りを止めてくれたんだ……大前田の親分のところからきたっていう客人だよ」
「うへぇ、上州の?こりゃまた大物が出てきたな。さすが幡随院だぜ。助けが来たか。」
日暮里の旦那は心底驚いた顔をする。
お蝶が、「いや、たまたま、なんだけどな」とバツの悪そうな顔をしていたが。まぁ、一回お宅の牢にぶち込まれてますからね。俺。日暮里の旦那は改めて名を名乗った。
「俺は日暮里の同心で佐之助ってもんだ。十手持ちだが、ここらの町奴とは持ちつ持たれつでな。ここも先代の親父さんに世話になったからよ、まぁあまり気兼ねはしねえでくれ」
親しみやすそうな笑顔を浮かべながら、佐之助は頬をかいた。罪人を捕縛する側の同心とはいえ、話のわかる人らしい。俺は率直に聞くことにした。
「佐之助の旦那、この幡随院と新場の間に何があったか知らないか。話を聞く限り、新場に何かあったとしか思えないんだが」
そう聞くと、佐之助はうーんと唸り出した。唸りついでにどこからか取り出した酒瓶をぐいと煽る。湿布を貼った大工がその隣で一緒に呑んでいた。息をするように酒を呑むなよお前ら。ちょうどその時、銀次がお蝶を呼びにきた。
お蝶が、「ちょっと2人とも待っててくんな!」と言いながら銀次についていく。それを見送った佐之助が、大工に酒瓶を渡すと「ここじゃ何だから」と、俺を連れて幡随院の屋敷から外へと歩き出した。
幡随院の壊れた屋敷を見にきた大勢の見物人をかき分けて、江戸の喧騒の中を佐之助と歩く。東上野から上野の山へ。行楽日和とあってかNPCの町民の出も多く、道半ばには露店がチラホラと並んでいた。露店で買った「今川焼」を美味しそうに頬張る色々な国籍の冒険者パーティーが、大盛り上がりをしている前で、猿回しをしている芸人が大きな声を張り上げている。
俺たちは上野の山の麓、不忍池の弁天堂のほとりで腰掛ける。佐之助は露店を楽しそうに眺めながら、ポツリポツリと話し始めた。
「昔はこの辺りも、もっと賑わっていてな、露店の数も今の比じゃないくらい出てたんだぜ。けどよ、新場の野郎があぁなっちまってな、露店も減ったんだ」
幡随院一家は、上野から日暮里あたりを縄張りとし新場はその向こう、秋葉原や神田あたりを縄張りとしていた。縄張り自体が隣り合っていた為、先代の親分同士で手打ちを行い、それからは親友のようにそれぞれの一家が行き交っていたらしい。幡随院の代が変わり、新場の先代が亡くなった後も、その交流は変わらずだったらしい。しかし、ある時、新場一家の若い衆が、ここらの露店にケチをつけたことから、幡随院との小競り合いが起き始めた。幡随院も当初は、何度も話し合いを行おうとしたが、新場は聞く耳も持たず、一方的に「手を切る」と言い、小競り合いは激化していったそうだ。
「あまりに抗争がひどいと、上にも話が行く。だから俺たち同心やら岡っ引が、お上に言われて色々探ったんだが」
幡随院に取り立てて何かがあったわけでもなく、新場の方も何かがあったわけではないらしい。だが、新場一家に、見かけない1人の男が入ったという情報が、密偵から入ってきた。その男は、魚屋の奉公人の「文治」という男らしいが、新場一家の屋敷に入る人間で怪しいのは、そいつらしい。
「俺たちもその文治って奴を調べたんだが、上総の浦安から来た大店の息子が、魚卸問屋「魚谷」の手代をしているってだけしかわからねえ。店と、得意先の屋敷を数件回るだけで、とんと、遊びにすら行かねえんだよ」
その「文治」に目をつけたが、御用聞きに回っている屋敷もいくつかの商家と、新場の屋敷だけらしい。
「商家もなんてことはない店しかねえ。文治については何もわからねえまま、みんなで手をこまねいていたんだが、そのまま今日の出入りになっちまった」
俺たちが何かできてりゃ、止められてたかも知れねえのにな、と佐之助は不忍池の蓮の葉に目をやる。何匹かのフナが葉の下を悠々と泳いでいた。
「……今日の出入りで、その、「魚谷屋」になんか動きがあるんじゃねえのかい旦那」
「もう岡っ引の何人かを走らせてるよ」
「仕事が早いねえ」
佐之助は若干ドヤ顔で、「だろう、俺は昼行灯とは言われてるが仕事はするんだぜ」と言っていたが、片手にどっから持ってきたのか分からない酒を抱えてる時点でアウトだ、昼行灯。
……その「魚谷屋」の様子を見に行こうかと思ったが、怪しいと言われている「魚谷屋」にいくのはなかなかリスキーだから、どうしようか。明日までにどうにかしないと。
待て、魚問屋ってことは、魚市場に聞き込んだらなんかわかるかもしれんか。ってことは、「魚谷」が魚を仕入れる所が気になる。
佐之助は「そもそもなんで大前田が」と言っているが、俺のアドレナリンハイテンションで引き受けちまった話だからお茶を濁しつつ「魚河岸に行こうぜ」と誘った。
佐之助は「餅は餅屋、ってことだな!」とドヤ顔していたのが結構うざかった。いやほんと。
江戸の魚河岸、日本橋。道いっぱいに問屋が立ち並び、川沿いのいくつもの蔵が並んでいる。板に乗せられた様々な魚も目を引くが、商人と町民の威勢のいい掛け声と共に、漁師と人足が桶に大量に突っ込んだ魚を運ぶ。佐之助曰く、「1日10億バール」が動く、大市場らしい。バールっていうのはパンゲアでの通貨で、1円=1バールらしいが。
たしかにすごい人出だ。佐之助はズカズカと歩き、魚河岸の外れにある「うわばみ」と書かれた古い店に入って行った。
「よぅ、婆さんいるかい」
「ハイハイ……あら、こりゃ日暮里の旦那様じゃありませんか。こないだぶりですかね」
老婆はにこやかに俺たちを迎え入れる。婆さんは「今日は特上の酒は入っていませんよ」と佐之助に言っている。
「そうか……婆さん……前に「魚谷」の文治ってやつ知ってるか?って聞いただろ」
「ハイハイ……そうですね」
佐之助は挨拶代わりに出されたお猪口を一気飲みすると、婆さんにそう聞く。息する様に呑むなよ。
道中で佐之助に聞いたが、この魚河岸で何かを聞く時は、この「ウワバミ」という酒屋の婆さんが情報屋の様になっているらしい。この江戸は、大小様々な河川で繋がっているため、小舟で魚を売り買いする商人も集まるこの魚河岸においては、江戸中の様々な話が集まる、らしい。
「いま、俺の手下走らせてるが文治に動きはないよな」
「……そうですねえ、今のところはありませんねぇ」
婆さんは残念そうに首を振るった。どうも以前、佐之助は、この婆さんに色々と聞いたらしい。
「……ほら。この婆さんが知らねえってことは、なかなかに手詰まりだろ?」
おい、どサボり同心。情報屋の婆さんが知らなかったら匙を投げるのをやめろ。仕事しろよ。
「魚谷屋に知ってることは他にないのか?」
と俺が聞くと婆さんは「そうですねえ」と少し悩んだ。
待てよ、こう言うゲームの時、情報屋には金なりなんなりを渡さないといけないんじゃなかったっけ。俺は佐之助に目配せをすると、「懐がまた寒くなる」と酒を1本婆さんに頼む。
「お買い上げどうもありがとうございます。魚谷屋については、最近急に羽振りが良くなったとかで。……どうも巷じゃ、高利貸しやらなんやらで金を巻き上げてるらしいですよ……新場一家とか」
婆さんはにっこりと営業スマイルを浮かべる。佐之助は「そんな話、こないだのときには聞いてねえよ!」と言っていたが、そら「文治」の話しか聞いてないからだろ。佐之助は肝心なとこが抜けてる同心だった。
「……まぁ今後も御贔屓にと言うことで」
婆さんの営業スマイルと共に、ウワバミから出た俺たちは、そこら辺の魚屋連中や職人連中にも聞いて回ったが「魚谷屋」の噂でいい話はひとつも聞かなかった。佐之助は、「こんなに噂話になってるのに情報料払ったのバカみてえじゃんか」とやけ気味に酒を煽っているが、新場一家の話はとんと噂では流れてはいないので、情報屋もいい仕事をするな、と俺は思った。
魚河岸から出た俺たちは隅田川に沿って歩く。魚谷屋が借金をネタに方々を脅していることがわかったが、だからと言って何の解決にもならない。
「どうするよ、日暮里の旦那。」
「悪どいとは言え、やってることは借金の取り立て。俺たち同心すら口出しできる部分じゃねえしな……しかし、先代の新場の親分が借金ねぇ……」
うーん、と2人で悩みながら歩いていると川のほとりでやさぐれたように川面に石を投げる男らが数人いた。
「あ、牢名主の兄貴」
「……げぇ、大前田」
牢名主たちと左之助と共に、俺らは隅田川の河川敷で、プチ宴会を開いた。それほど盛り上がっているわけではないけれど。「な、なんでお前と」と牢名主は慌てていたが、そこは同心佐之助先生の出番、牢名主は若い者らに抑え込まれで、酒を片手に事情聴取となった。
「そもそも、幡随院と争う気なんて俺たちにもねぇ」
牢名主は酒をぐいと煽り、川を眺めた。
お蝶も言っていたが、仲が良かった両家が突然抗争状態に入ったのは、新場大安の指示だそうだ。それまで仲睦まじかったこともあり、新場の一味らは消極的だったらしい。何度も古参が新場に理由を尋ねたが、応えてくれることはなかったという。次第に幡随院との抗争も激化していくなかで、昔馴染みは仇のようになっていった。若手が今日の戦果を嬉しそうに話しても、新場は少し悲しそうな顔をするだけだったという。
「だいたいよ、あの魚屋のクソったれが何かを親分に吹き込んだにちげぇねぇよ」
「そうだな、兄貴の言う通りだ」
「魚屋?魚谷屋の文治のことか?」
俺が聞くと「そうだ」とみんなが一斉に答える。
「あいつが来てから幡随院のとこに仕掛けろって親分が急に言い出したんだ」
「いっつも二人で奥の部屋でヒソヒソとなんか話してよ」
「下卑た面してアイツが出ていくのを、俺たち一回殴ろうとしたんだよな」
「そうしたら親分にしこたま怒られてな。「そいつに指一本触るんじゃねぇ!」てな」
新場が文治に対して何かの弱みを握られているのだろうか。考えるとすれば借金か。その弱みをネタに幡随院と抗争する羽目になっている?俺は佐之助と「やはり、新場の借金か」と頷きあった。しかし、それを聞いていた牢名主たちが
「借金なんてうちにあるわけねぇだろ!これでも賭場も抱えてる口入屋だぞ!?」
「同心の前で堂々と賭場の話してんじゃねぇよ」
借金がないと言い張る為に、警察(同心)の前で違法賭博場を開いていることをゲロってしまう牢名主たちもまた、ポンコツな気がする。
だが、借金がない?佐之助もそれを聞きとがめた。
「借金がないってのは本当か」
「そりゃあもちろん、昔は確かによ、先代がここらで一家を開いた時は金がなくて借りたらしいけどよ。先代も、もともと房総の漁村の出で、村の仲間らと苦労して江戸に出てきた折に、一緒に出てきた商人のやつらの分の借金も併せて一人で借金をかぶった話は聞いたことがある。でも、今じゃそれらはすっかり返し終わって、身ぎれいなまま、今代の大安親分に引き継いでるはずだぜ」
佐之助は胸倉をつかむ勢いで牢名主に詰め寄った。
「その金を貸したのはどこのどいつだ!」
「そ、そこまでは知らねぇぇけど」
「あ」と冒険者風のプレイヤーの一人が思い出したかのように言う。
「そういえば、子安親分、房州浦安の網元には深い恩義があるって話を宴席でしてたような」
「「そこだ!」」
俺と佐之助は声を合わせる。網元とは漁業を生業とする一家のこと。その浦安の網元と、房総から出てきた魚谷屋。何かしらの繋がりが見えた気がする。俺と佐之助は慌ただしく立ち上がると、すぐさま行動を起こすべく相談をしようとした。すると、牢名主たちが声をかける。
「なぁ……大前田。俺らもこの出入りの一件、納得もしてねえし、きな臭さを感じてる。ここは共闘といかねぇか」
「……牢名主の兄貴、いいのか?」
「親分のため、一家のために盃を交わしたんだ。このくらい、裏切りでも何でもねえよ……多分」
多分かよ。でも人手があるのは助かる。
しかし、浦安も結構距離がある。聞きに行くにしても時間が掛かってしまうな、と悩んでいると冒険者の1人が、「俺がその網元のところに確認取ってくる!」と勢いよく走り出そうとした。
「いや、時間が」
「……冒険者組合にはテレポートシステムがあってな。冒険者カードを使えば支部から支部へ移動できるんだよ。ちょうど浅草支部が近いから、浦安支部まで飛んで、その網元のところに行ってみるぜ!夜には戻る!」
そう言うや否や駆け出していく。
テレポートあったのかよ。俺、徒歩とかでしか移動できないものと思ってたよ。なんか悲しかった。
御厄介になりますが、何かございましたらご連絡ください。
一日一話、更新は昼の12時頃でございます。
どうぞよろしくお願いいたします。