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第三話

全部思い出した。

そうだ、ここはパンゲアの「ヤマトの国」だ。


どうしてサムライであるはずの俺が、何も持っていない変態フンドシ男なのかはわからないが、こんな痛い目に合うとは思わなかった。


「人間。誠に弱いものよ。」


呆れたように鬼さんが言っているのが聞こえる。


ん?ログインしたばかりだよな?……もしかしてこれってチュートリアル?

ええ。こんなチュートリアルとかあるんだ。


俺はマニュアルをちゃんと読んで、痛覚とか無効にしとけばよかったと後悔しつつ、生まれたての子鹿のように立ち上がった。


「チュートリアルなら、どうにかしないと先に進めないな」


チュートリアルも通れない先輩とか、後輩に失望されてしまう。でもどうやって達成するのこれ。負ける事が確定してる負けイベントってやつなのか?


俺は漫然と鬼に向かい合った。相変わらずゲームの中なのに痛みがある。


「ほう。人間。少しは根性があるらしい」


鬼さんはファインティングポーズを取り出した。好戦的すぎないか。この陽キャめ。

俺は痛む体で精一杯の虚勢を張る。


「いきなりぶん殴るとは素敵なご挨拶だな」


鬼は再び不機嫌な顔をすると、


「そもそもここは我が領域。勝手に踏み入ったのはお前だろうフンドシ。」


と拳を握りしめる。

俺の名前フンドシになったんだ。


いや、とんでもねぇ奴の縄張りを落下地点に選ばせるなよパンゲア。大丈夫かこのゲーム。でも、俺はこのチュートリアルをどうにか凌がねば。


そうか。多分、体の動きとかの練習をするんだろう。

なんて言ったって。


チュートリアルだし。





 

そう思っていた時もありました。

俺はこの強すぎる鬼に、いつまでもタコ殴りにされた。


なんでだろう。全然終わる気がしないし、衝撃で、もう視界がぼやけてる。なんだか意識も失いそうだった。失った方が楽かも?とまで考えていた。殴られているだけなのに、左腕がエフェクトを散らして消えたし。


腕一本失った痛みは、まぁ普通に殴られるよりもちょっと痛かった。

ゲーム補正が掛かっているから、そんなもんで済むのか。



鬼が「さっさとくたばっておけばよいものを」と笑って殴りかかってくる。遊んでるよね?もう。






「どうせ、何もできないのにな」




 

その言葉を聞いて、俺は自分でもびっくりするぐらい頭が沸騰したのを感じた。


その言葉は、さっきまで仕事で徹夜をしていたとき、パワハラモラハラカス上司が笑いながら言った一言と全く同じだった。上司のせいでみんなに迷惑をかけたというのに、ケツをぬぐった俺たちの努力を軽く笑いながら言った言葉。


俺は上司を殴りに行こうかと思ったが、社会人たるもの耐えねばと無理やり拳を抑え込んだ。後ろの席で後輩や同僚が悔し涙を滲ませているのに。


何も言い返すことすらできなかったな。


なんだか無性に腹が立った。

弱いものをなじる上司に。立場を考えて、何もできなかった意気地なしの俺に。


でも、ここはゲームでチュートリアル。相手は、敵キャラ。つまり、この世界で俺は


「あー…我慢しなくていいんだ。」


そう考えた途端、俺は急激にクリアになった視界で、しっかりと体を逸らすことで避ける。迫りくる拳を何度も喰らったおかげでスピードにはもう慣れた。拳をいなされて鬼さんが目を見開く。


「んなっ」

「……歯ァ食いしばれ」


もう自分の体の痛みなんて感じなかった。


俺は左足を軸に踏ん張ると、右の拳で真っ赤なアホ面を捉える。そしてそのまま捻りを加えながら思いっきり振り抜いた。アホ面は勢いよく後ろに吹き飛ぶ。


俺は倒れた鬼を睨み付ける。

鬼はやがてゆっくりと体を起こすと、俺の顔をマジマジとみて手を叩いて笑った。


「痛え……な…なんだ貴様‥‥・ン?……ハ‥‥ハハハハ、そうか、お前も英五郎と同じ目をしている!(おとこ)ってやつか!」


鬼さんは俺に殴られたのに上機嫌だ。なんだコイツ。


「いい拳だった!久しぶりに吹き飛ばされたわ。気持ちがいいぞ!この我と殴り合うその気概!……良いぞ!」


鬼はゆっくりと、機嫌よく立ち上がる。


「我の名前は酒吞(しゅてん)酒呑童子(しゅてんどうじ)だ。お前は?」

「ら、雷門」

「そうか、らいもん、というのだな。そうだな、良き拳の褒美だ。これをやる」


酒呑童子は腰に下げていた瓢箪をひとつ、俺の方に投げると「また会おう」と笑いながら森の中へ消えていった。俺はその瞬間、気絶した。体力が切れたのだろうか


気絶しながらアナウンスが流れた気がするが、俺にはもうよく聞こえなかった。




『特殊:「騾�「�┌鬆シ」を獲得しました』

『特殊:「螟ァ逡ェ迢ゅo縺�」を獲得しました』

『特殊:「蟄、霆榊・ョ髣�」を獲得しました』



 


目を開くと見知らぬ天井だった。

ここはどこだろうか。


「ん、オメェさん起きたのかい?」


隣から声がするので、横を見ると大柄な小袖姿の爺さんがキセルをふかしている。この人はNPCだ。俺は直感でそう感じる。ほんとに便利な機能だな、これ。


囲炉裏の火が暖かい。


「怪我の具合はどうなんでぇ。」


爺さんは優しげに笑う。


俺は布団からのっそりと起き上がると、自分の体をしげしげと眺めた。さっきと違ってきちんと衣服、これは着流しかな、も着ている。


あと、さっき瀕死に至るような大けがだったはずだが、どこにも支障はない。これはチュートリアルを終えたからという事か!本当にあの鬼さんなんだったんだ。

殴った感触がまだ拳に残っている。


それに俺ってあんなパワーで殴れたんだな。

弱点の部分にたまたまクリーンヒットしたのだろうか。


我慢しないって大事。

自分の耐久力とパワーに驚いたけど、ゲーム補正万能。

サムライ補正、万歳。


「にしても、オメェさんプレイヤーだろ。薬草漬けにしたとえはいえ、2日ぐれぇで、あんな死にかけの大怪我は治んねぇもんだよ」

「え、爺さん俺を薬草で助けてくれたのか」


それを聞いてびっくりした。

これはどうやらチュートリアル終了で治ったんじゃなくて、爺さんが薬草やらで助けてくれたようだ。2日といえば現実ではもう6時間も過ぎているのか。


久々の2連休なので時間は問題ないな。


「服もありがとう。爺さんにはだいぶ借りができちまった」

「気にするんじゃねぇよ、捨てる神あれば拾う神もあらぁ。気まぐれってもんよ」


爺さんはカラカラと笑う。本当にNPCなのか?このゲームのNPCはあまりにも自然すぎて本当に人と話している感じがする。大柄な爺さんは、ところでよ、と真顔になる。


「オメェさん、何であんなとこで死にかけてんでぇ。もしかして国で罪人にでもなったか?」


聞くところによると、ヤマトの国で罪人になった一部のNPCやプレイヤーは、追放される刑があるらしい。たまにこの森にも死体があるのだそうだ。森の生き物に食われるらしいが。


そこで俺は事情を説明する。プレイヤーとしてこの地に降り立ったことや酒呑童子と出会ったことなど。


特に酒呑童子の話で爺さんは爆笑してた。何だクソジジイ。


「オメェ酒呑童子とやりあったのか、バッカでぇ!」

「やりあったんじゃねぇ襲われたんだよ!」


爺さんいわく、酒吞童子は、ここから離れた山間に住む大妖怪。たまにこのあたりに来て、爺さんと酒を飲むらしい。フレンドリーすぎるだろ。陽キャラか?


「すげぇ仲良しじゃねぇかジジイ!」

「ジジイたぁなんだテメェ!」


酒呑童子は人間を敵対視しているのか、といったらそうではないらしく。ただ、あの時は俺がフンドシ一枚の不気味な変態だったからだろうと爺さんは言っていた。

理不尽すぎ。運営どうにかしろ。


「んで、らいもん?でいいのかオメェさん」

「ああ、雷門だ。なんで俺の名前知ってんだ爺さん」

「だってよ、ホラ」


俺はRPGでよくある頭の上や胸に名前でも表示されているのかとキョロキョロとするが、特に見当たらない。


爺さんはホラ、と俺が履いていたフンドシを掲げる。端っこに、下手くそな平仮名で「らいもん」って書いてあった。舐めやがって。やっぱり運営許さねぇからな。


でも名前とかは外部には表示されないみたいだ。

相手の名前がわからないのは面倒だが、リアルさを追求した結果か。


爺さんはブツブツと「だが、来たばかりのプレイヤーが、仮にも大妖怪の酒吞と殴り合えるのか…?」とか言ってるが、聞こえないふりをした。俺も深くは考えない。


殴り合ってもないし、たまたまクリーンヒットした火事場の馬鹿力だろ多分。社畜の馬鹿力とサムライ補正ってやつだ。よく知らんけど。


「そういや、ワシの名前言ってなかったな。ワシは、英五郎。隠居の身でぇ」


どこかで聞いた名前。あ、酒呑童子が目がどうたらこうたら言っていた英五郎ってこの爺さんのことか。


英五郎の爺さんと俺は、こうして出会った。

爺さんは続けて軽い感じで聞いてくる。


もう会話まで自然過ぎないか。パンゲアのNPC。


「んでオメェさん、生業(なりわい)は何やってんでぇ」

「なりわい?‥‥ああ、職業の事か?聞いて驚くな、「サムライ」だ!(キメ顔)」

「嘘こけ馬鹿たれ、サムライ様が何も持たずにフンドシで降ってくるかよ」


英五郎は真顔になって言う。


「プレイヤーってのは、大体その肩書の通りの姿かたちで降りてくるもんでぇ。お侍様だったらよ、刀に袴穿いてくらぁ。ところがどっこいオメェさん、フンドシ一丁ときたもんだ、んなことあるかい」


そんなこと言われても。バグなんだろうか。

と俺が混乱していると英五郎は、一息入れた。


「オメェさん、どうもワシと同じ匂いがすんだ」

「え‥‥加齢臭?」

「ぶっ飛ばされてぇのか」


ちげえよ、と英五郎はキセルの煙を天井に吐き出す。


「渡世人、じゃねぇのか?雷門。」


爺さんは冗談でもなく、俺の目をしっかりと見据えて問いてきた。寝耳に水だ。渡世人?そんな職業あったかな。俺は確かにサムライをセレクトしたはずだが。


俺は怪訝な顔をしつつ、ステータスと口にする。

その職業欄には「サムライ」と出るはずなんだが。


が、そもそもステータスが表示されない。なんだこれ。

現実の時間とログアウトのボタン表示はステータスと念じれば出てくるが、肝心の自分のステータスが表示されない。これじゃ痛覚無効にできないじゃないか。


やっぱりバグだろうか。


俺は、爺さんにちょっと待ってくれと返事をして、いったんログアウトをした。




ログアウトをすると、ログインした時と同じ空間に転移した。そこで脳内に響くようなアナウンスが再び流れる。


『おかえりなさい、雷門さん』

『はじめての‘‘キョウカク‘‘はいかがでしたか?』


「え?」


『次の冒険も楽しみにしています』


今、俺のことを「キョウカク」って言ったよな?

俺は激しい混乱で「え?」と言いながら現実世界に帰還した。



御厄介になりますが、何かございましたらご連絡ください。

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