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8話、イグニスとアクア。

 あれから、俺達は洞窟の中を歩いている。先導はマルルではなく、『パープルキャッツ』がしていた。ここら辺を縄張りにしているのか、すいすいと歩いていく。マルルは『パープルキャッツ』の後ろを下向きながら歩いて行く。


 ……ちなみに、パープルキャッツと名付けたのは俺だ。ペットにそんな子洒落た名前なんぞ思いつかん。タマかミケ。もしくは中二病なところで言うとベルセルクとか……流石にこれを言うのは恥ずかしい!


「うーん、ダメだ。思いつかない……」


『もう、パープルキャッツにしといたらどうだ?』


「ヨイさん……」


 なんか、マルルが憐みながら俺の名前を呼んでくるんだが、そんなに酷いか? 紫だし、猫っぽいし、それっぽくなると思ったんだが。


「ごめんね、君の名前いいのが思いつかなくて……」


「──がぁ」


 大丈夫といった感じに、魔物が鳴いた。さっきから思っていたけど、さてはこいつ大分頭がいいな? 小さければさぞかしマルルといい友達になれただろうに。


『仕方ない、何かスキルが出てくれることを祈るか。名付けのスキルなんか出ろー!』


「そ、そんなスキルがあるんですか?」


 マルルが苦笑いしているような気がした。あるさ、望めば出る。それが俺のチートスキルなんだから。


 問題は、何が出るかお祈りってところだな。頼むからいいの出てくれよー。


【スキル 自動名前付け(ランダムネーミング)を取得しました。使用しますか?】


『お、出たぞ、自動で名前を付けてくれるみたいだ』


「え、本当に出たんですか? ヨイさんってどんなスキルでも出せるんですね……」


『その辺り、俺自身もよくわかってないんだよな……よし、特に危なくもなさそうだから早速使ってみるか』


 ──イエス、と。自動名前付けを発動した瞬間、頭の中に名前が浮かぶ。


『ブロック、岩じゃねぇか!』


「凄い、私の頭の中にも名前が浮かんだ! でもブロックかぁ石……ですよね?」


 マルルは石を見ながら、そう呟く。そういえば、マルルはスキルを使う前、石を見ていたな。これってもしかして……。


『なぁ、マルル。このスキルは使った瞬間見てる物の名前を付けるみたいなんだ。だから、パープルキャッツのこと見ててくれ』


「うん、ごめんね、君の名前ちゃんとしたの付けるからね……」


 酷い言われようだな、いや、これでいいか。マルルには俺と対等に話せるようになってもらいたいしな。今のままではどっちが主人かわからない。


『じゃあ、行くぞ。ランダムネーミングと』


 頭の中に浮かんだ言葉……それは──。


「──ベスティア」


 マルルは名前を口にした。カッコいいと思ったその名前は、彼女の声で聞くとよりよく感じられる。


『いいんじゃないか、ベスティア。普段はベスって呼びやすいし』


「うん、凄くいい! ありがとうヨイさん!」


 そう言って、マルルは駆けながらパープルキャッツ、もといベスティアの前へと行き、嬉しそうな声でこう言った。


「君の名前はこれからベスティアだよ! よろしくね、ベスちゃん!」


「みゃあ!」


 マルルに言われて、べスは高らかに声を上げる。その姿は実に嬉しそうに見えた。これだけ喜んでもらえるとこっちも嬉しい。


「べスちゃん、喜んでるよ! 嬉しいねヨイさん!」


『ああ、そうだな……』


 俺は君に喜んでもらえて嬉しいよ。あぁ、マルルと一緒にいると心が浄化されるような気分になる。身体の痛みも和らぐようだ。


 それにしても、こんなでかい巨体にちゃん付け……不相応な気もするが、まぁマルルの好きなようにさせるか。


 こうして、魔物の名前がベスティアと決まった。俺としてもカッコいい名前で満足なのだが、一つだけ思ったことがある。


(そういえば、ベスティアって名前をどうやって決めたんだろうな? 多分、何かに関わりのある名前なんだろうけど)


 少し意外な名前が出てきたので気になってしまう。でも、考えても答えがわからないので、スルーすることにした。




 それからずっと歩き続ける。暗がりの道をずっと、ずっと。休みも無く歩いていたせいでマルルの息が上がっている。会話をする余裕も無いくらいに疲れているみたいだ。


「ハァ……ハァ……」


『マルル、もう十分歩いただろ、少し休め』


「は、はい……」


 俺の言葉でマルルの視点が下がる。どうやらその場に座り込んだみたいだ。それ程疲れていたのだろう。


 マルルが座ったのを見て、ベルも隣りに座り込む。マルルはそれを見て、身体をベスに持たれ掛け、身体を預けた。


「はっ、はっ……」


 マルルは目を閉じ、息を整える。暗闇の世界にマルルの呼吸音だけが聞こえてくる。その音が少し掠れているのが気になった。


 ──そういえば、ずっと水を飲んでなくないか? 今のうちに補給させておくか。


『マルル、もしかして喉乾いてる?』


 少し間が空いた後、視点が上下に揺れる。……正解のようだ。それでも、マルルは水を飲もうとしない。


『今ならゆっくり飲めるぞ、補給しておけよ』


「──ないんです、水」


 俺の言葉に、彼女は小さな声で反応した。その声は感情がこもっておらず、ただ事実を淡々と告げるだけ。その事実が信じられず『え、なんだって?』と聞き返すことしか出来ない。


「ないんです、全部、荷物は……豪龍の牙の皆さんが持ってましたから」


 マルルの言葉をもう一度聞き、理解した俺は言葉を失った。水は人間にとっての生命線、それが無ければマルルはここで死んでしまう。今すぐ水が要る。


 ──なら、ここで創り上げるしかない、俺がマルルの為のスキルを! 俺は痛む身体に鞭を打ち、創造をする為に身体を千切る。『──グゥッ!』あまりの痛みに声が漏れてしまった。


「ヨイ、さん……?」


『き、気にするな』


 気が狂いそうな程の激痛、それを耐えつつマルルに心配掛けさせないため平静を装った。俺は身体の半身が無くなるような喪失感と引き換えに、スキルをマルル専用へと作り変える。


『こ、これって……?』


 作り上げる中で、俺はマルルの中に眠る才に気付いてしまった、そうか、精霊眼(マナ・レンズ)ってそういう……。


炎と水の導き手(イグニスとアクア)を創造しました。使用しますか?】


 ──はい。俺はこの文字を見て、マルルのオッドアイを連想した。そうだ、あの目に浮かぶのは、炎と水の力。マルルの身体の奥に眠っているモノ。


『マルル、何か感じないか?』


「な、にこれ。身体から何かが抜けて……」


 マルルの身体から淡い光が溢れる。それが一点に集まり何かを形つくっていく。


「綺麗……」


 自身の状態を忘れているのか、マルルはその光をじっと見つめていた。やがて光は消え去り、そこに何かが現れる。それは炎のトカゲと、水の小人だった。


「え、なにこれ……」


 マルルは呆然としている。それもそうだろう、自身の身体から出た光がなんかよくわからない変な物になったのだ、もし俺が同じ立場なら逃げてる。


「なにこれ、は酷いんじゃない?」


「ホントだよ、オイラ達は呼ばれて出て来たってのにさ」


 なんかよくわからん奴等が喋る。って喋れるんかい!? 作っておいてなんだけどびっくりするわ。


「……あらやだ、この子衰弱してるじゃない。えっと、これをこうしてと。イグニス、少し温めなさい」


「わかったわかった。全くアクアは精霊使いが荒いんだから」


 そう言って、アクアは大きな水球を作り、イグニスが炎でそれを温める。しゅんしゅんと水が温まる音が聞こえて、俺はヤカンを思い出してしまった。


 それにしても、マルルに冷たい物を飲ませたくないという配慮が出来る点、こいつ……出来るな!?


 一気に冷たい物をがぶ飲みすると体調を崩す可能性がある。だから、アクアは少し水を温めたのだと理解した。そのホスピタリティに俺はアクアに対して敬意を覚えると共に、少しばかりの対抗心を燃やす。マルルの信頼を勝ち得るのはこの俺だと。


「この水、凄くおいしいっ!」


「どれだけでも飲みな。足りなかったらまだまだ作るから」


 マルルは水球から水を掬い、口を付けて喉を潤していく。それはもう、一心不乱に。余程喉の乾きが深刻だったように見える。


 その最中、マルルのお腹が「……くー」と可愛らしく鳴った。音が聞こえて周囲には微妙な空気が流れた。マルルの動きは水を汲んだところでピタリと止まっている。やがて、マルルは口を開いた。


「……ヨイさん、聞いた?」


『君の耳が聞いた物なら俺も聞いてる』


「そ、そうだよね⋯⋯」


 俺の言葉にマルルは顔を手で隠した。凄く恥ずかしそうに声が震えている。まぁ、そんな彼女も可愛いが、食事が無いのは可哀想だ。


 もう一度、俺はスキルを創ろうとして、手を止める。これ以上は手が動かない。身体が拒否を起こしている。


 仕方なく、俺はいいスキルが出ることを天に祈ることにした。


『なんか出ろー。マルルのお腹が鳴らないような奴ー』


「言わないでください!」


 マルルの少し怒った声と共に【スキルお腹空かないよ(ハラヘラズ)を獲得しました。使用しますか?】新たなスキルが出た。


 ──その言葉に即決でイエスと答える。すると、マルルは不思議そうな声を上げた。


「あ、あれお腹が?」


『ああ、すまん。緊急だったから勝手に使ったぞ。これで、君はお腹が空かなくなるはずだ。栄養は失調になる可能性あるから何かしら口にした方がいいとは思うけどな』


 俺はマルルに謝りながら、使ったスキルの説明をした。これはダンジョンや戦闘中に便利なスキルとなるだろう。やはり、マルルの一番の相棒は俺なのだと胸を張る。


「うん、ありがとうヨイさん!」


『あ、ああ。それならよかった』


 ──マルルの心がこもった感謝の言葉を真正面から受け、俺は変なプライドを出していたことに些か気恥ずかしくなったのだった。

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