閑話 豪龍の牙、降格(ざまぁあり)
閑話──豪龍の牙、降格。
──これは、マルルが『ヨイ・イノー』と共にベヒーモスと戦っている時の話である。
マルルを穴の底に突き落とした後、豪龍の牙は冒険者ギルドへと戻って来ていた。
ギルド内は冒険者達により、賑やかな空気をしている。そんな中を切り裂くように──ドン!!! と何かを叩きつけた音が建物内に響き渡った。
冒険者達はギョッとした表情で音のした方へと視線を向ける。そこには、カウンターに拳を叩きつけた男の姿があった。
男の名前はダラズ・マッケンガー。豪龍の牙のリーダーである。
ダラズはギルド員である受付嬢に睨みを効かせていた。その目に気圧され、受付嬢は震えている。
「⋯⋯もう一回、言ってみろ」
「あ、あの⋯⋯ですから、今回の件で豪龍の牙の皆様にはBランクにせよとのお達しが──」
──ドン! 「ひうっ!?」
「──降格……だと! ふざんけんな! 罰金を払った上に降格処分だと!? おい、てめぇ。俺達が誰だか知ってるんだろうな!」
ダラズは大声を上げ、受付嬢相手に凄む。粗野な態度を全身に滲ませるその様はとてもリーダーとしての器には見えない。
「あ、あの……すみません……規約で、ひぅっ!?」
──ドン!!! とダラズはもう一度机を叩き、女性を間近で睨む。女性はダラズの出す圧にガタガタと震えていた。
「ちょっとぉ、ダラズ可哀そうじゃない。そんなことをしちゃあ。お嬢さん、こいつは気に食わないことがあるとすぐに手を出す野蛮人だからさ……言ってる意味わかるよね?」
艶美な服に身を包んだ女性、カレン・パーリーが手に持った扇をパチン! と鳴らした。その一際甲高い音に、ギルド員はビクンと震える。
豪龍の牙は今、ギルド員を脅しているのだ。降格を取り消しにしないと、痛い目にあわすぞと遠回しに伝えている。遠くで魔法使いようの服を着たマグラ・ドモラが「あっ、あっ」とアワアワしながら成り行きを見つめていた。
「おい、女ァ! なんとか言えや!」
ダラズが拳を構えて、殴りかかろうとした時、ギルド内に大きな声が響いた。
「お前等、ウチの職員に手を出してんじゃねぇ!!!」
「あっ! マスター!」
突然聞こえた男の声に、ギルド員は顔を綻ばせ、目に涙を浮かべる。声の主はこの冒険者ギルドのマスター、身長200センチは越える巨大な体躯の男、カムラ・バーガンディーである。
「い、いやだってよ、俺達はAランクパーティーだったんだぜ、それに罰金だって払た! それなのになんでBにされなきゃいけないんだよ」
カムラの登場に、ダラズは日和っていた。それは、ダラズは自分より強い奴には下手に出るタイプだからだ。そのスタンスが、自分より圧倒的弱者であるマルルに対する虐めを増長させていたのだが、本人は気付いていない。
ダラズの言葉を聞き、カムラは大きくため息を吐く。それはもう、心底残念だと言った感じに。そして、カムラは息を吐き切った後、その口を開いた。
「知らないのか、マルルがいなくなったからだよ」
「ど、どういうことだよ。意味わかんねぇって」
本当に意味がわからないと言った感じで、ダラズはカムラに問いかける。「──冒険者規約第9条。冒険者は障害者に対して保護を義務付ける。わかるか?」
「保護はしていた、でも足を滑らせて死んだんだよ!」
カムラの言葉によって、ダラズは追い詰められていく。カムラはじっとダラズのことを見つめ、もう一度溜息を吐く。そして、ダラズを睨みつける。
「なら、《《なんでお前はここにいる》》?」
「──ひっ!?」
カムラが出した圧に、ダラズは身を竦める。顔からは汗がダラダラ噴き出て、涙目になっていた。そんなダラズにカムラは更に詰め寄る。
「怪我もない癖に、仲間を見捨てて逃げ帰ってくる。それがどれだけの大罪かわかるか、ダラズ!」
「ひ、ひぃっ!」
「ちょっ、ちょっと待ってよ!」
「ん?」
カムラの圧にその場にへたり込んでしまったダラズに変わって、カレンが声を上げた。その顔には、意地汚そうな笑いが浮かんでいる。
「あの子、目が見えないでしょ? だから自分から足を滑らせて落ちたんだよ。私達にどうしろっていうのさ。穴を降りて助けに行けっていうのかい?」
もちろん嘘である。嘘を迫真の演技で主張するカレンに、カムラはハッ! と鼻で笑った。その態度にカレンはムッとした表情を浮かべる。
「何がおかしいのさ?」
「マルルが落ちるなんてあり得んな。お前達、あの子とパーティー組んでいた癖に何も見てなかったんだな」
「なんですって?」
カムラは頷き、言葉を続ける。それは豪龍の牙の面々に取っては許しがたい事実。それをカムラは臆面も無く突き付ける。
「あの子はランクにするとS級《特級》だ。マルルが抜けたお前達にはA級の価値なんて無い。だから降格したのだと何故気付かん?」
「マルルが……S級だと!?」
ダラズが言葉を荒げる、その言葉が聞き捨てならなかったのだろう。
「目が見えないのに、なんでそんなランクが高いんだよ! 動きもトロいのにおかしいだろ!?」
「──案内人、聞き馴染みの無い職業だと思わないか? 何故なら、あの子専用の職業だからな」
「⋯⋯専、用?」
「そうだ、マルルはダンジョンの全てを音で知り、初めて入ったダンジョンですら案内係のように教えてくれる。心当たりがあるんじゃないか?」
ダラズは事実を聞き、口をパクパクと開閉させる。事実を聞かされ、話についていけていない。ダラズの心には、マルルより上に立っているという自負がある。それをカムラはズタズタに切り裂いていく。
「わかるか、ダラズ⋯⋯あの子は化け物だ、俺ですら背筋が凍る程のな。あれで成長を遂げたらどれだけ恐ろしい存在になるか……そんな子を何故死なせた!」
カムラのこのセリフにダラズは何も言えない。自分より弱者だと思っていたマルルが冒険者ギルドのマスターに最高の評価を付けられていることが許せなかった。
──それに、暗に自分がいらないとカムラに言われている。こんなの、プライドの高いダラズには許せるはずがなかった。
「──ってやる」
「ん?」
「やってやるよ! 俺達があいつ無しでもやれるってところ見ておけ!」
「ちょ、ちょっと!」
「ふぇ、ふぇええええ!!?」
そう言いながら、ダラズは逃げるように冒険者ギルドから出ていく。その後を豪龍の牙の面々が追いかけていく。
──ここから、豪龍の牙は更に坂を転げ落ちていくことになるのだが、まだこの時は誰も知らなかった。
閑話──了。
これにて序章が終わりです。
ここから、宵とマルルのお話が本格的に始まります!
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