第6話、少しおやすみ(マルル視点)
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─マルルside─
「────♪」
ヨイが眠りについたのにも気付かず、マルルは歌い続けていた。親を殺され、心が傷付いた子供をあやすかのように、心を込めて。
(お願い、届いて……私の想い……)
心から溢れてくる感情を、歌に込め、声に乗せる。宵が言ってくれた言葉をマルルは真摯に受け取っていた。そんな純粋な彼女だからこそ、癒しの子守歌はより強く、種族の垣根すら越えて作用する。それが宵の作ったマルル専用のスキルだった。
「グルル」
魔物は喉を鳴らす、戦闘をしている時とは違い、その声は穏やかな物へと変わっていた。魔物は地面に横たわって目を瞑り、マルルの歌声に耳を傾ける。
「──♪……。ふぅ……」
マルルは一曲を歌い終わり、そっと閉じていた目を見開く。そして、目の前の光景にパッと顔を綻ばせた。魔物がマルルの近くで寄り添うように眠っている。それは、まるでマルルのことを母親と認識しているかのように。
「あれ、光が消えてる⋯⋯」
辺りに敵意が無いことを感知して、少し前に全てを守る絶対の盾は解除されていた。
──ゴクリ。マルルは唾を飲み込み、目の前で寝転ぶ魔物に近付く。自分の身体の4倍の大きさはある魔物に普通なら怖くて近づかないはずだ。しかし、マルルにはこれが初めて見る動物だったので恐怖心を微塵も持っていなかった。むしろ、可愛いとさえ思っているくらいである。
彼女には魔物と仲良くなれたらやってみたいことが一つあった、それは精神世界で宵がやっていたこと。それすなわち、抱き締めるという行為だった。
マルルはゆっくりと起こさないように魔物に近づき、その腹部に顔を埋めた。
「わぁ……ふわふわだぁ……」
紫色の体毛は、羽毛のように軽く綿のように柔らかい。この世界の一番いいベッドに使われている柔らかい素材と比較しても、魔物の方が勝っている。マルルは、魔物に埋もれながら、その毛並みを堪能していた。
そして、終わったにも関わらず宵から声が掛かってこないことに疑問を覚えたマルルは宵に声を掛ける。──もしかして、耳を塞いだままなのかな? 純粋な彼女はそう考えていた。
「ヨイさん、終わりましたよ。……ヨイさん? ヨイさーん」
自身のスキルから声が返って来なかったことにマルルは不安を覚える。何度も何度も声を掛ける。それでも声が返ってこず、マルルの心には不安が募っていく。そんな時だった、『後5分寝かせて……くれ……すー……』宵の寝息が聞こえ始めたのは。
その声にマルルは安堵して笑ってしまう。今、この場ではマルル以外の全員が眠っている。危険なはずのこの洞窟に和やかな時間が過ぎていた。
「ふぁ……私も、眠たくなって……」
追放されてから、ここまでずっと気が張り詰めっぱなしだったからか、マルルは小さく欠伸をする。疲れた身体には魔物の身体はちょうどいいベッドだった。温かい身体、柔らかい毛に包まれ、マルルは目を瞑る。
「おやすみ……ヨイさん……」
最後にそう残し、マルルは小さな寝息を立て始める。これが二人で初めて行う戦闘の終わりの合図となった。
成果は魔物が一匹マルルに懐いただけ。それでも、それはマルルの望んだ願いだ。これが、二人で勝ち取った最良の結果。
洞窟の中で二人と一匹は固まって眠る。魔物に包まれてマルルは幸せそうな表情を浮かべた。
──この魔物の名前を二人はまだ知らない。魔物の名前は『ベヒーモス』。この魔物が【災厄】と呼ばれる内の一匹であることを知るのは、まだ先の話。
「……ヨイさん、ありがとう」
【災厄】の上で、少女は可愛く寝言を呟いたのだった。
─マルルside Fin─
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