第5話。スキル創造(クリエイター)
『──マルル、いるか!?』
「はい、ここに!」
マルルの声がしっかりと聞こえてくる。彼女も無事に帰ってくることが出来たようだ。魔物はここでは無いどこかを見ている。もしかして、まだ精神世界で俺達を探しているのかも知れない。
ちょうどいい、今の内にマルルと打ち合わせが出来る。俺はもう1度、確認の意味を込めて叫んだ。
『いいか、俺の新スキルが出るまで粘ってくれ! スキルが出たら教えるから!』
「わかりました!」
言い終えてから『早めに出てくれよ』と俺は天に祈る。ここからは、運が絡んでくる。マルルの体力が尽きる前に勝負を決めなくては。
「──グルルルル」
俺達が打ち合わせを終えた時、魔物が唸り声を上げた。今度は精神世界のように失敗は許されない、今回懸かっているのはマルルの命だ。
「お願い、落ち着いて! 私達はアナタと戦いたくないの!」
マルルは魔物に対して叫びにも似た声を掛ける。しかし、その声は魔物に届かない。魔物は、精神世界で俺にしたようにマルルに飛び掛かってきた。
『エアクッション!』
マルルの前に空気緩衝材を発動させる。魔物の攻撃をこれで吸収させる──つもりだった。
「──きゃあッ!?」
確かにスキルは効いた、マルルに怪我は無いはずだ。だが、急速に視界が後方へと流れ、魔物が遠ざかる。俺はその光景を見て、何が起きたのか一瞬戸惑い、意味に気付くのと共に空気緩衝材を発動させた。
『エ、エアクッション!!!』
魔物の体当たりによる衝撃は空気緩衝材ごとマルルを吹き飛ばしていた。空気緩衝材が万能だと勘違いしていた俺は当然焦る。魔物の強さは俺の想定を超えていた。
「きゃっ! び、びっくりしました!」
洞窟の壁に叩き付けられそうになったマルルをエアクッションがしっかりと包む混んでくれる。間一髪のところで助かった、少しでも気付くのが遅れていれば、マルルは気絶していただろう。
『マルル、痛いところはないか!?』
「大丈夫、まだ行けます!」
まだ一回耐えただけなのに、もう俺には手札が無い。このままではマルルが死んでもしまうかもしれない。
(早く出ろ、早く出ろ、早く出ろ! 何でもいい! 何かこの状況を変えられる一手を早く!)
そして、そのスキルは出た……が、その文面を見て俺は躊躇をしてしまった。
【スキル 消滅を手に入れました。使用しますか?】
──消滅、それが俺の新しいスキル。確かにそれは状況が変わる。相手を消せば、全てが終わりだ。彼女を守るなら、立ちはだかる奴を全員消せばいいじゃないか。
心の中の俺が甘言を持ちかけてくる。そして、頭の中でそれが一番合理的だと判断をしてしまった。
『なぁ、マ──』俺はマルルの名前を呼ぼうとして、そして止めた。彼女は、魔物をしっかりと見据えながらこう言ったのだ。
「いい子だから、落ち着いて。私達はアナタに危害を加えないから」
優しい声で、魔物を諭すマルルに俺は何も言えなかった。そもそも、この魔物が人に懐く魔物かはわからない。無駄なことに命を賭けているのかもしれない。それでも、確かにこの魔物には、親を愛するという心が存在している。
そして、マルルはその心を尊重しているのだ、自身の身を投げ打ってまで。なら、どうして俺にこいつを消すなんて決定が出来る。
俺はスキルだ。何よりも宿主の意志を尊重し……叶えるのが役目。
「ヨイさん!」
『──ハッ!? エアクッション!!!』
考えることに少し呆然としてしまっていた。ギリギリ、エアクッションを発動させマルルの身を守りほっとするのも束の間、魔物が予想外の行動に出た。
壁まで飛ばされたマルルに魔物は飛び込んでくる。そしてそのまま、突撃してきた。──しまった、この手があったか。
「ぐ、ぐぅううう……」
マルルが苦悶の声を上げる。魔物の身体が視界を埋め尽くす。今、マルルは魔物に身体を押しつぶされそうになっていた。こうなれば、エアクッションで衝撃を吸収しようが意味はない。じりじりとマルルが圧死されるのを待つだけだ。
「──は、アッ」
『マルル!』
このままではマルルが死んでしまう……躊躇なんてしている場合じゃない。俺が、マルルの敵を殺さないと。もう、消滅を使うしか方法は……。
──すまない、マルル。俺は君の願いを叶えられそうにない。何がチートスキルだ、たった一人の願いすら叶えられないなんて。
俺の心が絶望に染まり掛けていた、『バニッシ──』そのまま消滅を撃とうとした──その時、マルルが声を上げた。
「ね、え。ヨイ、さん……」
『マルル?』
「しん、じて……ますから」
死に掛けでもマルルは俺に対して優しい声で語り掛けてくれる。どれだけ苦しくても、泣き言一言言わないこの子の事を俺は守りたい。
──そう守りたいんだ。この子の全てを守れる力が欲しい! なら、今のままじゃダメだ。待ってるだけでは欲してるだけでは、望みは叶わない!
想像しろ、想造しろ、創造しろ! ──今、この瞬間に必要なスキルを創り出せ!
俺は、自身の何かが裂ける痛みを感じた。だが、今はそんなことは興味がない。俺自身なんてどうでもいい。
《《ナニカ》》を想像の中で伸ばし、丸め、形を作っていく。そして、すぐにそれは完成した。
【スキル 全てを守る絶対の盾が創造されました。使用しますか】
俺は、『はい』と答えた。──刹那、マルルの身体から光が溢れる。光は、魔物の身体を遠くへと弾き飛ばした。
「──ガァアアアア!!!」
魔物はマルルに噛みつこうとする、それでもマルルの身体に歯牙は届かない。切り裂く為に手を振り降ろす、それでも届かない。このマルルの身体から出る光の中には誰も踏み入ることは出来ない。
──結界、この光がそういう類のスキルであることは知っている。なぜなら、このスキルは《《俺が作った》》からだ。
「こ、これは……?」
『マルル、何があっても絶対に俺が守ってやる。だから君のしたいことを教えてくれ。あの魔物をどうしたい?』
マルルは魔物に語り掛けていた。だから、彼女なりにやりたいことがあったはずだ。それを俺は叶えてやりたい。
「私は……あの子の心に語り掛けたい。子供の頃の純粋な気持ちに戻ってもらいたい」
『そうか、わかった』
俺は、彼女の要望通りにスキルを練り上げる。更に無いはずの身体が悲鳴を上げる。
身体のどこかがいじくり回されるような感覚に気持ち悪ささえ覚える。だけど、イメージ通り、スキルは形を作っていく。
【スキル 癒しの子守歌が創造されました。 使用しますか】──はい。
『マルル、歌ってくれ』
「え、ええ!? 歌ですか!?」
『そうだ、歌には心を癒す効果があるんだ。もしかしたら、魔物にも効くかもしれないだろ?』
俺の言葉に、マルルはごくり、と唾を飲み込む。そして、恥ずかしそうにこう言った。
「あ、あの。わかりましたから。恥ずかしいので、少し耳を閉じていただけますか?」
俺からは見えないが、多分顔を真っ赤にしていることだろう。彼女がもじもじしている姿を想像して、俺は笑ってしまった。
『善処する、さあ早く』
「わ、わかりました。では────♪」
洞窟の中に不釣り合いな、優しく澄んだ歌が響き渡る。その歌に俺の心が癒やされるのがわかった。
ゆったりと海の中を揺蕩いながら空を眺めている気分。まるで、世界に包まれているようなそんな心地よさだった。
今はただ、この歌声に身を任せてしまいたい。そう思った俺の意識は、海の底へと沈んでいく。
──疲れたから少し眠らせてくれ。
マルルの邪魔をしないように、心の中で彼女に伝え⋯⋯俺は意識を落とした。