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第4話。精神世界。

「──成功、したのか?」


 最初に俺は辺りを見回す、どうやら精神転移は成功したようだが、状況がよくわからない。転移をしたそこは、さっきまでと何ら変わらず洞窟の中だった。


「暗いな⋯⋯明かりもないし⋯⋯」


 転ばないように、俺は《《右手を動かして》》洞窟の壁に手をつける……⋯⋯手!? 反射的に自身の身体を確認した。


 今気付いたが、ちゃんと身体がある。格好は死んだときのまま。「あー」声も出せる。頬っぺたと抓ると……これは痛くないな。しかし、スキルになったのに身体が手に入るとは思ってもいなかった。これがこの世界の中限定だとしても嬉しい。


「とにかく行くか、どこに行けばいいかはわからないけど」


 魔物の精神世界に入ったはいい物の、そこから先はノープランだった。俺の予想では魔物の精神と戦うことになるかと思っていたが、今の状況は完全に予想が外れた形だ。


 ──待ってろよ、マルル。俺は彼女の名前を心の中で叫び己を奮い立たせる。この洞窟を彼女は一人で歩いていた。なら、俺がビビッている場合ではない。


 洞窟の中を慎重に歩き始める。不意打ちで後ろから攻撃されたら一たまりも無い。魔物は足音無く忍び寄ってくるのだ、注意するに越したことはないだろう。


「……しかし、よくこんな道を歩いていたよな」


 歩きながら、俺は自分の宿主のことを思い出す。大人の俺でさえ怖いと思うような道を何事も無く歩いて行く少女。俺は自分の身で歩いて初めて、彼女の凄さを再認識した。


「そういや、マルルって何歳なんだ? 声を聞くとかなり若いってイメージなんだが……」


 マルルと視覚を共有しているから、俺は彼女の姿を見ることは叶わない。一回でいいからマルルをこの目に見てみたい。絶対に可愛いと声だけで断言出来る。鏡かなんかがあればいいんだがなぁ……。


「今頃何してるんだろう? 俺の事心配してないかな……」


 彼女のことだ、それはあり得る。なら、さっさと終わらせて早く彼女の元に帰らないと。気合を入れて、前へ進もうとしたが、すぐにその足を止める。


 目の前には右と左に続く道があった。どっちに進めばいいのかわからず、俺はその場に立ち尽くすしかない。マルルが居れば反響定位(エコーロケーション)で調べてくれるんだけど。


「とりあえず、右から行ってみるか? なんか、右手を壁に当てたまま動くとか迷路の攻略法であったはずだしな」


 なけなしの知識を総動員して、この洞窟をクリアしようとした、その時だった。


 ──カラン。


 背後から音が聞こえる、さっきまでは誰もいなかったはずなのに。俺は驚き、弾かれたように振り返った。後ろには暗い闇が見えるだけだ。それでも、その闇の中に誰かがいるような気がした。


「……だ、誰だ、出て来い!」


 震える声で後ろに向かって叫び、気勢を上げる。……やや間があって、その暗闇から人が現れる。俺はその姿を見て息を飲んだ。


 赤と青のオッドアイが俺の身体を見据えている。その視線に心を撃ち抜かれ、見惚れてしまった。そこに居たのは透き通るような金髪の女の子。少女は俺の姿をじっと見ながら徐に口を開く。


「怖くて声が掛けられなかったんですけど……もしかして……あなたは……」


 その声は、精神世界の外で聞いた声。そうか、この可能性を考えてなかったな。俺と一緒にスキルが反映されてしまったのか。


 俺は半ば確信を持ってその少女の名前を口にする。俺の言葉と少女の言葉は、洞窟の中で同時に響いた。


「マルル、なんだな」


「ヨイさん、ですか?」


 ──俺達はこの世界で、初めてお互いの姿を確認したのだった。




「……あれだけカッコつけてたのに申し訳ない」


「ふふ、いいんですヨイさんに会えたんだから。──チッ、チッ、チッ」


 マルルはエコーロケーションを使いながら進むべき道を先導してくれていた。俺は彼女の背後歩きつつ、その姿を見ていた。


 身長は150より少し小さいくらいだろうか、少し低いな。だとすると年齢は中学生くらいか? それにしても……綺麗な髪だな。この世界に美容品があるとも思えないしきっと元がいいんだろうな。


 ──ってじっと中学生を見てるって俺やばい奴じゃん! 犯罪臭しかしねぇって!


「マルル、この洞窟のこと何かわかったか?」


 俺は自身の邪な気持ちを振り払うように、マルルに現状を聞いてみる。すると、マルルは嬉しそうに口を開いた。


「──チッ、この洞窟、時間と共に変化しています。それでも、《《ピン》》は見つけました」


「……ピン?」


「目印です。三つ程穴を抜けた先に大型の魔物がいます、それも二体。片方は寝そべっているみたいですけど──」


 そう言ってマルルは振り向き俺の顔を見る。彼女の目と視線が交わってしまう。近くでその目を見て、思わず口を開いていた。


「その眼、綺麗だな」


 赤と青が煌めき光っている。まるでルビーとサファイアだ。キラキラ光るその目に意識が吸い込まれそうになったところで、マルルはふい、と前を向いた。


「あ、ありがとう……ございましゅ……」


 マルルは嚙みながら俺に礼を言う。その姿を見て、俺は冷静に自身の行動を踏まえ。顔がどんどん火照っていくのを感じた。


「い、いや。さっきのは思ったことをそのまま言ってしまったというか! だってまるで宝石のようだったから!」


 言えば言うほどドツボにハマっていく。後ろ姿しか見えないが、マルルは耳まで真っ赤にしていた。そんな彼女を見るとこっちも気恥ずかしい。


 あー、気まずいッ! この世界から出た時、どんな顔すればいいんだよ! いや、俺スキルだから顔なかったわ! はっはっは!!!


 心の中で自嘲しながら、なんとか平静を取り戻すことに成功した。これ以上墓穴を掘りたくなかったので、そこからは一言も交わさず、マルルの行く道をただひたすら付いていくことにした。




 ──やがて、マルルの言った通り三本の道を過ぎたところでピタリ、と彼女は足を止め、こちらを振り返る。その顔はさっきまでと違い真剣そのもの。案内人(ピロット)としての彼女の仕事ぶりが窺えた。


「……ヨイさん、この先にいます。心の準備をしてください。少し前は大型二匹と言っていましたが、一匹は超大型です」


「超大型? どういうことだ?」


「見てもらったらわかると思います。でも……動いてないんですよね。寝てるのかな?」


「わかった、ありがとう。気を付けるよ」


 俺の言葉にマルルは頷き、俺はマルルと共に道の奥へと向かう。そこは大きな穴となっていた。餌の食い散らかしなどを見るとここがあいつの巣のように思えた。


「なんだ、これ……」


 そして、そこにいた大きな魔物を見て、俺は身体を震わした。大きい、あまりにも大きい。精神世界の外で出会ったあいつなんかよりも遥かに。それはまるで山、山がそこに寝転がっていた。


「超大型ってこういうわけか。でも、言っている通り動かないな」


「そうですね、何かあったんでしょうか?」


 俺達はそのことにホッとする。これが動いたらそれだけで一巻の終わりだ。起こさないように気を付けないと。


「ヨイさん、見つけました。あそこです」


 マルルは指をさす。俺はその指の先を視線で追う。そこには、あの魔物がいた。しかし、外にいる奴よりも少し小さく見える。そいつは、寝転がる魔物にすり寄っていた。それは、親愛の行動にも見える。もしかすると、この二匹は親子なのかもしれない。


「……え」


 しかし、よく見ると、魔物の一部に大穴が開いてそこから血が流れ出している。それを見て、マルルは口を手で塞いだ。


 それが誰の手による物かは知らないが、超大型の魔物は……死んでいた。それに気づかず魔物は鳴き、すり寄っている。これがこいつの精神世界。親が死んだことにも気づかず、起き上がってくるのをずっとこいつは待ち続けていたのだ。


「……酷い」


 マルルがぽつりと呟く。俺がちらりと見るとその目には涙が滲んでいた。この光景に感情が揺さぶられてしまったみたいだった。


「マルル──」


 ──カラン。


 俺が彼女の元に近寄ろうとした時、足元で石が転がる音がした。ハッと、俺は魔物を見る。魔物は音に気付き、こちらを見ていた。その眼には怒りが浮かんでいる。親子団欒の時を邪魔されたと思っているのかもしれない。……その親はもういないのに。


「──ガルルルル」


 魔物は唸り声を上げ、今にも飛び掛かってきそうだ。どうすればいい、こいつを殺すのか? それもマルルの目の前で。それは……俺には出来ない。


「──ガウゥ!!!」


 俺に飛び掛かってくる魔物の攻撃を何とか横っ飛びで回避する。距離があって助かった、もう少し近ければ身体が持ってかれているところだ。


「ガアアアアアアアア!」


 魔物は俺の近くまで飛んで来て、爪で俺の身体を切り裂こうとしてくる。早く俊敏な動きに俺の対処は一手遅れてしまった。


「エアクッシ──」


 それを受け止める為、スキルを発動しようとする。しかし、それは叶わなかった。俺の身体に爪が食い込み、切り裂いていく。──瞬間、血と一緒にマルルの悲鳴が上がった。


 ──あ、死んだわこれ。マルル、こんな情けない俺ですまない。


 俺は死を覚悟した、それなのに一向に痛みを感じない。もう死んだのか? そう思ってチラリと辺りを見るが、変わらずに目の前には魔物がいる。ん、どういうことだこれ?


「ヨイさん……死なないで……」


「マルル大丈夫だ。全然痛くないぞ」


 深手を負った風に見えるが、全然痛くも痒くもない。そういえば、この世界に来た時にほっぺた抓ったけど痛くなかったわ。夢の世界みたいなもんか。


「……ほ、本当ですか?」


 恐る恐るマルルは俺に聞いてきたので頷いて返す。少々スプラッター染みてるからあんまりマルルには見てもらいたくはなかったが。


「とりあえず、そうだな。お前は落ち着いて現実を見ろ」


 俺の身体を切り裂いたままの魔物をぎゅっと抱き締める。おお、意外とモフモフだなこいつ。いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。


「なぁ、マルル。君はどうしたい?」


「……ヨイさん?」


「この世界を見た君の判断が聞きたい。今、最初の作戦は失敗した。なら次の作戦に移行しなくてはいけない」


 次の作戦とは、俺のスキルのお祈り運ゲーだ。マルルにひたすら粘ってもらって俺のスキルで打開をする。ただ、その打開の方法が問題だ。


「こいつ、殺せるか?」


「……え?」


 ここから外に出たら、戦うのは彼女だ。俺はただの補助、ならば直接こいつを手に掛けるのは……。


 俺はマルルをじっと見る。彼女は一瞬下を向き、俺に向き直る。その顔には決意が浮かんでいた。


「私は……この子を殺したくない。一人ぼっちの孤独、私にもわかるから……」


 ──そして、マルルは息を吸って真剣な眼差しで俺を見る。赤と青の目に光が灯り、俺は圧倒された。それは、彼女の心から滲み出る光。


「それで、私はこの子と友達になりたい! この子の傷を癒してあげたいの!」


 彼女は初めて、俺に我儘を言った。その言葉に、俺は笑う。女の子が夢を見ているんだ。ならその夢を叶えさせてあげなきゃ男が廃る。


「よし、わかった。宵さんに任せなさい」


「……怒らないの?」


「俺は、マルルのお助けさんだって言っただろ? そして、何でも出来るチートスキルなんだぜ? 信頼しろ、お前の願い……俺が叶える!」


 俺は空気が重くならないように、多少大仰に自身を語った。そう、俺はチートスキルだ。ならば、なんだって出来るはず。宿主の願いを叶えられず何がチートか。


「──はい、はい!」


 マルルは明るい笑顔で二度頷いた。この子にこんな顔をさせておいて、出来ませんって言うんじゃねぇぞ、『ヨイ・イノー』!


 気合を入れたのも束の間、身体が消え始める。これは、天界で転生した時に近い感覚だ。


「おっと、そろそろ時間か。後は出たとこ勝負だな」


「ヨイさん、頑張りましょう!」


 マルルが俺に拳を突き出して笑う。俺もそれに倣い、拳を天に突き上げ呼応する。


「ああ、行くぞマルル。これが初めての戦闘だ!」


 顔には自然と笑みが浮かんでいた。この少女と気持ちが同じだったことに心が弾む。


 ──そして、俺達の精神は元の身体に戻って行く。少女と魔物を友達にする。そんな無謀な決意を胸に抱きながら。

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