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第1話 旅人さんは、最強チートの開拓者でした

「私は……、世界の『果て』が見てみたいです」


 その日も私は朝日と共に目を覚ましました。


 寝間着の薄い布服を脱ぎ捨て、それ(、、)より少しはマシな衣服を身に纏います。


 大事なヘアバンドを装着することも忘れません。


 簡単に身支度を済ませると、私は玄関の扉を開けました。




 家の前に男の人が倒れていました。




 身体に目立った傷はありませんでしたが、一応家の中に運び込みました。


 運ぶ、といっても私は力がないので、引きずる形ではありますが。



「うぬぬ……」と声を漏らしながら、私はなんとか男の人をベッドに寝かせました。



(それにしても……いったい、なんなんでしょう、この人は)



 辺りでは見ない服装ということもありまして。


 私は看病することも忘れ、静かに眠る男の人をじっと観察していました。




 上から下まで、まるで影から這い出てきたかのように真っ黒な衣服。


 ツンツンとした金色の髪。


 凛々しい眉に、端整な顔立ち。



 歳は……いくつでしょうか?


 私より二つほど上だと推測します。



 と、ここまで男の人をまじまじと眺めてきましたが、


 一番に見逃せないものが、今、私の手の中にはありました。



 鞘に収まった、細長い剣。



 私は期待せずにはいられませんでした。


 男の人のすぐ隣に落ちていたので、彼の所有物なのでしょう。



 そして、きっとこの人は……。



 私は膝元に置いた剣を握りしめると、男の人はパチリと目を覚ましました。


 彼は慣れた所作で身を起こし、次の瞬間――。




「俺の寝込みを襲うとは、やるな」


「襲ってないです……」




 右手で私の喉元を掴んでいました。恐ろしく冷たい手、でした。


 もちろん、私は事情を説明します。半泣きで。


 男の人はベッドから足を下ろすと、難しい顔で頷きました。




「……なるほど。あんたは、俺が倒れていたところを介抱してくれたのか」


「私は別になにもしてませんけどね……」



 

 と、言いつつ、私はしれっと手元の剣を返します。


 男の人はそれを受け取ると、立ちあがって言いました。




「世話になったな。俺はこれで失礼する」


「ま、待ってください!」




 思わず呼び止めてしまいました。


 なぜって……窓から出ていこうとしていたので。




「玄関はあちらですよ」


「む、そうか。失敬」


「……って、そうじゃなくてですね!」




 渋い顔をする男の人に、私は思い切って尋ねます。




「私、サイカって言います。その剣、その格好。あなたは勇敢な戦士さんですよね?」


「なに?」


「魔王を倒そうとする……」


「なんのことだ」




 はい。顔色一つ変えずに否定されました。


 正直、びっくりです。


 びっくりしすぎて続きの言葉が出てきません。


 それを見かねたのでしょうか。男の人が口を開きました。




「俺はアルファ。ただの旅人だ。あんたの言う、戦士などではない」


「そ、そうなんですね」




 私はほんの少しだけ落ち込みつつも、明るくつとめて微笑みます。




「でも……、アルファさんってすごいんですね。


 魔王軍が侵略活動している中で、自分の旅を続けていられるなんてっ」


「サイカとやら。さっきも言っていたが、魔王軍とはなんだ?」


「な! な、なにって。世界を支配する忌まわしい魔族のことですよ!」




 声を荒らげて私はハッとします。


 きっと、アルファさんは記憶が混濁しているのでしょう。


 倒れた時のショックかなにかで……そうに違いありません。



 これもなにかの縁なのでしょう。


 私はコホンと咳をして、アルファさんの記憶を取り戻すお手伝いを始めます。




「魔王軍による支配はですね。この世界が生まれた瞬間から、今まで変わらず続いています」


「む、人類はなにをしている? 黙って虐げられているのか」


「まさか! それに反旗を翻す存在こそが、戦士です。


 ……ですが、彼らは誰一人として生きて戻りませんでした。


 戦士たちの屍の数こそ……人類が喫した、敗北の歴史なんです」




 ふむ、とアルファさんは顎に手を当て、考える素振りを見せます。


 本当に記憶がないようです……でしたら。




「実際に見てもらった方が早いかもしれませんね」




 私はアルファさんを連れ、ぼろぼろの家を後にします。


 向かう先は王都のメインストリート。


 もちろん、通りを堂々とは歩けません。フードをかぶって目立たないようにします。


 うす暗い路地裏を、こうべを垂れるような姿勢でしずしずと進みます。




「あれです」




 私は路地裏から、目的地をじっと見つめます。


 それは、王都メインストリートの大広場。


 一対一の決闘が行われているのですが、そこに『誇り』なんて言葉はありません。




「ほらほら、どうした! こんなんじゃ戦士サマの名が泣くぜえ」


「ち、ちくしょうッ。魔族め、人間をバカにしやがって!」




 人間の成人男性と、赤い肌をした怪物。


 身長・体格差は共に二倍近くあり、いかに勇敢な戦士さんでも正面からでは戦いになりません。



 そこに存在するのは、娯楽です。


 魔族に限った、純然たる娯楽……。



 ギャラリーの魔族たちは、朝からお酒を飲んで、下品なガヤを飛ばしています。


 どうです。これが、この世界のリアルです。思い出しましたか?



 アルファさんの顔色をうかがおうと振り返ると、


 そこには、すでにアルファさんの姿はありませんでした。




「な、な、な――。何者だ……てめえ!」




 大広場にとどろく魔族の声。


 辺りが一瞬にしてどよめくのも、そのはずです。



 壮年の戦士さんと魔族による、名ばかりの決闘。


 そんな一方的な蹂躙に割って入るように……アルファさんが立ち尽くしていたからです。




「なにやってんですか、アルファさん! 今すぐそこから離れてくださいっ」 


「くく、そこの嬢ちゃんの言う通りにするのが賢明だぜ、兄ちゃんよ」




 私たちの声が届いているのか、いないのか……。


 二倍近くある身長差をものともせず、


 アルファさんは鞘に収まったままの剣先を魔族のほうに向けます。




「魔族の者よ。ひとつ、貴様に問いたいことがある」


「お生憎だなァ~~! 今までいたぶった人間の数なんざ――」




「……『世界』とはなんだと思う?」




 その時、辺りの時間がピタリと止まったような感覚に陥りました。


 小鳥のさえずりも、街の喧騒も、周囲を取り巻く下卑た声も。



 困惑。



 私を含めた、大広場にいる者、全員が首を横にひねります。


 この男はなにを言っている? と言いたい思いをぐっと押し殺して。



 しかし、問われた者には答える責務があります。


 赤い肌の魔族は自信たっぷりに回答しました。




「決まってる! 魔王グランデ様が支配なさっている、この島国……


 それこそが、世界! ただのひとつだって例外はねえ」


「島国、か」




 アルファさんはポツリと呟くと、剣を下ろしました。


 そして、隣でへばっている壮年の戦士さんに視線を向けます。




「戦士よ。島国ということは、当然、陸の『果て』には海がある」


「う、うむ」


「では、海の『果て』にはなにがある」


「ばか言うな、小僧ッ。さっきからお主は……なにを言っておるのだ!」




 先の一方的な決闘もあってか、戦士さんは顔を真っ赤にして怒ります。


 無理もないように思えます。




「がはは、こいつは傑作だ。せっかく戦士にしちゃマシな面構えしてるのにもったいねえ。


 兄ちゃんより、そこの嬢ちゃんの方がずっとお利口なんじゃねえのか~~?」



「サイカ。いい機会だ、教えてくれ。


 ……この島国を取り囲む、海。


 そいつの『果て』には、なにがある」




 アルファさんの表情は真剣そのものでした。


 だから、私も真っ正面から答えます。真剣に。




「……ありません。なにも」


「なにも?」


「青い海が際限なく続くだけで……それで、終わりです」


「違うな」




 力強くも明確な否定。


 アルファさんは静かに息を吐きました。




「海の向こうには……国がある。


 こことは違う、別の世界が広がっているんだ」


「別の世界、ですか」


「……そこにもまた人間が大勢住んでいて、独自の文化を築きあげている。


 だから。この国が『世界』というなら、それは大きな間違いだ」




 もはや、真剣にアルファさんの言葉を聴く者はいませんでした。


 酔っぱらってガヤを飛ばす観衆。


 目の前の大きな魔族。


 そして、壮年の戦士さんでさえ。



 ですが。



 どうしてでしょう。



 際限なく湧きあがる、期待とロマン――。




 今、私の胸はかつてないほどに高鳴っていました。




 無限に続く青い海……その果て(、、)に国があるなど、


 考えたこともありませんでした。


 

 魔王グランデが支配し続けてきたこの島国……。


 それこそが世界だと、私は思っていました。


 逃げ場などないと、思っていました。



 もし、アルファさんの話が本当だとしたら……。



 そんな私の思いを踏みにじるように、


 魔族の笑い声が灰色の空を包みます。

 



「いやー、傑作だ。人間ってのは面白ェなあ。


 海の果てにも世界はある、か。


 なるほど、なるほどなあ。


 そう思いでもしねえと、やってられねえもんなあ!」




 ピクリと、年老いた戦士さんの肩が揺れました。


 彼にも思うところがあったのでしょうか。


 下ろしていた剣をもちあげると、



 ――いきなり、赤い肌の魔族に斬りかかりました!



「おっとっと! なんだよじいさん、いきり立って。


 いい歳して、オメーも嬢ちゃんみてえに夢見ちまったか?


「黙れい……! なぜ、ここまでハラワタが煮えくり返っておるのか……、


 理由はワシ自身わかっておらんッ」




 ひらり、と魔族にかわされつつも、戦士さんは剣を振るうことをやめません。


 三度、四度――。


 不思議なことに、戦士さんの剣はだんだん魔族との距離を詰めていきます。




「ちいっ、なんだ……このじじい。さっきまでと全然動きがッ」


「理由なぞどうでもいい。だがな、魔族よ、覚えておけ!


 人間が胸に宿す炎というものはな……、


 お主らが思うそれよりずっと誇り高いものなんじゃよッ!」




 一閃!


 戦士さんの攻撃がついに、魔族の喉元を捉えました。


 人間離れしたその巨体が、大公園の中央に墜ちます。



 まさかの大逆転!


 しかし、余韻に浸る時間などありません。



 魔族に走る人間への脅威――。


 今まで高みの見物を決め込んでいた観衆まぞくたちが、


 中央の私たち目がけて、なだれ込むように押し寄せます!




「老兵士! みんなで屠れば怖くない!」


「ヒャア! しっかりいたぶって、魔王様に褒めてもらわねえとな~~」


「ちいッ……」




 思わぬ連戦に、戦士さんは舌を鳴らしました。



 私たちに明確な『殺意』を持った魔族……、


 四方八方から迫るその数は、ゆうに三十を超えています。



 当の私は恐怖のあまり叫ぶことすらできず、


 アルファさんの身体にしがみつきます。




「……サイカ。邪魔だ、離れろ」


「そんな殺生なこと言わないでくださいよーッ!」


「ええい、やかましい。二度は言わんぞ。


 サイカ! そこのじいさん!



 ――死にたくなければ、その場で伏せろッ!」



 私はわけもわからず、言われた通りにしゃがみました。


 ああ、神様どうか命だけは。


 こんなことならもっと自由に生きればよかったですね。


 アルファさんの言うように、世界が他にもあるのなら、


 どこか遠いところに逃げ出して――。




「……おい。いつまで丸くなっている」


「あ、えっ?」




 アルファさんに声を掛けられて、ハッとします。


 どうやら私、しゃがんでからずっとアルファさんの足を掴んでいたみたいです。


 慌てて手を離して、立ちあがり、周囲に目を向けて……。




 私は言葉を失いました。




「あ、あれ……?」




 目の前に広がっているのは、異様に静かな大広場です。


 そう……静かすぎます。



 先ほどまで広場を囲んでいた魔族は、どこへ?


 血が飛び散った形跡はありません。


 これは、いったい。




「アルファさんっ」


「殺しちゃいない。ただ、その身に刻んでもらうだけだ。


 世界ってのは自分てめえが思うよりもずっと広いんだってことをな」




 なにを言っているのかさっぱりわかりません。


 とにかく、私たちが命拾いしたことは確かなようです。




「あ、あれ。ところで……さっきの戦士さんは? 見当たらないのですが」


「忠告はしたんだがな」


「一緒に斬っちゃったんですか!?」


「やつは伏せることを拒んだ」


「それ、腰やっちゃってるだけでは」


「心配するな、死んじゃいない。


 それに、あのじじいは誇り高く、そして強い。簡単にへばったりするものか」




 だ、大丈夫でしょうか……。


 とはいえ、戦士さんの安否ばかり気にしているわけにもいきません。




「アルファさん、私たちも早く逃げましょう」


「なぜだ」


「ここは王都……魔王が城を構える、いわば敵の本拠地です!


 そこで魔族が大勢失踪したと知ったら、魔王グランデはすぐさま手を打ってきます」


「そんなに強いのか。魔王グランデというのは」


「この世界の支配者ですよ!?


 強いとか弱いとか、そんな次元の話ではありませんっ。


 たとえるならば世界の中心……。



 だから、魔王なんです!」




 私の言葉が届いたのでしょうか。


 アルファさんは抜き身の剣を鞘に収め、顎に手を当てます。




「つまり、そいつがくさびの可能性が高いな」


「く、くさ……?」


「決めたぞ。サイカ、魔王の城とやらに向かうぞ」


「なんでそうなるんですか!?」




☆あす11月30日、第2話も更新予定です!

 次回でいったん一区切りつきます。


「しゃあねえ~そこまでは見てやるか」というステキな読者様は、

 ぜひブクマor評価をお願いします!


 読者様からの反応が励みになります。

 ほんとですよ!

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