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終わるはずの世界で永遠を願う  作者: 宇田川竜胆
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前編:愚者の告白

「ねぇ、おろかくん。君は一体何を読んでいるのかな?」

 静寂に包まれた部室の中で僕がブックカバーを付けた本を読んでいると、先輩がニコニコしながら話しかけてきた。

「これですか?これはですね、『女子高生が選んだ!?ドン引き男の性癖ランキング』ですね」

「ふふっ、やはり君は変わっているね……いや流石に今回のは変わりすぎてるよ?」

 僕が正直に読んでいる本のタイトルを教えると、先輩は整った顔を若干歪ませると、カハハと乾いた笑いを浮かべた。

「いやですね?性癖というものは無限にあるものなんですよ?つまり性癖は宇宙なんですよ。だからこんな薄っぺらい本に僕の性癖が書いてあるかというと……」

「警察にでも行くかい?」

「え?先輩警察になるんですか?」

「知ってるかい?警察は地方公務員なんだよ?」

「僕サラリーマン!」

 一度静寂が壊れると、蛇口が壊れた水道のように僕と先輩は中身のない会話を始めた。

「今日で私が部活に来るのも最後だね」

 先輩がそう口にした瞬間、静寂が部室へと戻ってきた。

「……」

 今日は卒業式の前日。本来なら3年生は引退しているはずの時期なのだが、進路も決まり、暇を持て余していた先輩はこうして毎日部室に顔を出している。

 だから先輩が引退した後も文芸部の部室には僕と先輩の二人がいたのだが、それも今日で最後だ。

 その事実を口にした瞬間、今日で先輩と部室で過ごせるのが最後ということを認めてしまうような気がして、僕は何も言うことができなかった。

 しかし、ずっと黙っているわけにはいかず、僕は静寂を破った。

「今日は暑いですね……なのでスイカが食べたくなっちゃいます。だから僕は八百屋さんに行ってこう言ったんですよ。『そのスイカ安いか?』って……」

 先輩は僕の話を最後まで聞くと、微笑んだ。そして僕の目をジッと見つめてきた。

 その目は僕の心の中を見透かしてくるようで、少し怖いと感じた。そして同時に、好きだとも感じた。

 僕が先輩、藤花流ふじはなながれのことを好きになったのは、彼女の持つどこか不思議で幻想的な雰囲気に惹かれたからだ。

 だから、彼女の普通の人とは違う面を見れたときにはとても嬉しかった。

 けれど、今回は今までと少し違った。

「先輩のその目は……今日は嫌です。今日だけは知られなかったです……僕の気持ち」

「そうなのかい?でも知ってしまったものは仕方がないね」

 流先輩はそう言って、机の上に置いてあるマグカップを取り、湯気を立てた紅茶をスルルルと飲んだ。

「愚君は本当に愚かだね?私は今年で卒業だ。だから永遠にこの二人だけの世界でいられるなんてありえないんだよ」

「そんなことわかっています。それでもずっと一緒にいたいんです!だから……そう願うことくらい、別にいいじゃないですか……」

「叶わないとわかっていながら願う……だから君は愚かなんだよ?」

 僕にそう告げた先輩は目をそっと閉じると、ホウと息を吐いた。

 その姿は完成された絵画のように美しくて、一瞬見惚れてしまった。

 そして、同時に気付いてしまった。

 流先輩は僕が流先輩のことを好きだということに気づいていて、嫌われようと、僕の恋を諦めさせようとしているということに。

「人間は誰しもが愚かですよ?そういう生き物ですから」

「その中でも君は飛び切り愚かさ」

「諦めようとしないからですか?」

 僕がそう言うと、流先輩はハッと息をこぼして目を見開き、ガタッと音を鳴らして椅子から立ち上がった。

 その姿はまるで人間のようで、どこか幻想的な雰囲気を創り出していた先輩からは考えられない。普段の姿とは真逆の行動だった。

「2年近く一緒に過ごしてきましたが……初めて人間らしいところを見れました」

「そうかい?冥土の土産にはちょうどよかったかな?」

「メイドの土産ですか?じゃあ、メイド服を着た先輩が欲しいです」

「そ、そうかい?」

 先輩は話を逸らそうとしてきたが、僕は好意を伝えようとしているとも取れるような言葉を伝えた。

 その言葉を聞いた先輩は露骨に動揺しているのが見て取れた。

「先輩って人間だったんですね?」

「私は人間よりもいんげんが好きだ」

「僕ははんぺんが好きですよ」

「そろそろ私は帰るよ……それじゃあ」

 先輩はこれ以上動揺してボロが出るのを避けたいのか、そそくさと荷物をまとめて部室から出て行ってしまった。

「そうか……先輩は人間だったのか……」

 僕は一人きりになった部室でポソッと呟いた。

 僕は先輩の創り出していた、不思議で、どこか幻想的に感じられる雰囲気が好きだった。しかし、人間らしい部分が出た先輩からは一切そういった雰囲気を感じられなかった。

 だが、胸の鼓動は高まったままだった。

 そこで僕は気付いた。気付いてしまった。

 僕は先輩の雰囲気が好きなんじゃない。確かに、好きになったきっかけは雰囲気だったかもしれない。でも今好きなのは雰囲気なんかじゃないのだ。

 僕はいつの間にか先輩が創り出した雰囲気ではなく、先輩自身に恋をしていたのだ。

 先輩の全てを好きになってしまっていたのだ。

「ははは……絶対諦められないじゃん……」

 僕は天井を見つめ、手をかざした。

「卒業式か……」

 卒業式は先輩と会える最後の機会になるかもしれない。おそらくフラれるだろう。それでも。

「伝えたいと思っちゃったんだよね」

 僕はおもむろに立ち上がって、帰宅の準備を始めた。

 告白をする決意を固めた自分を愚かだなと思いつつ。

 フラれるのがわかっているのに告白しようとする自分を愚かだなと思いつつ。

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