起動5
ここから物語が動き出します!
重たい体でやって来た教室。
あと5分で彼女が指定した時刻を迎える。
妙に静かな廊下で深呼吸をして、普段軽々と開いている扉を力一杯震える手で開ける。
今日に限っては扉がとてつもなく重たい。
ガラガラと軽い音を立てて、開いた扉の先にはふわりと髪を靡かせる女性がただそこに佇んでいた。
相変わらずのその凛とした美しさに入った瞬間、俺はつい見惚れしまった。
小早川さんが教室に入ってきたこちらに気づいて軽い会釈をしてきたので、俺も小早川さんに軽く会釈をしてゆっくりと彼女のいる席の方へ向かった。
「今日は荒々しくしてすまなかったな。 少し小早川さんの言った言葉に取り乱してしまって……」
うぅ……なんだ?この妙な雰囲気は……やっぱり俺が荒々しく引き止めて怒っていたのか?
だとしたら本当に申し訳ない、俺だって切羽詰まっていて正気ではなかった。
この世界で例え明日殺される運命だとしても、今の小早川さんはまだ何もしてない訳だし、何もしてない彼女からするとただ怖かっただけで……そもそもこの世界は前の世界とは少し?いや結構違うところが多いからこの世界でも同じ様に殺されるなんてことはこれから先の未来じゃないと分からないわけだ。
しかし、それでもやはり気を使ってしまう……
そのせいか、やたらと重く感じる妙な空気。
耐えられなくなりつつある俺をよそに、小早川さんは席を立ってゆっくりと俺に近づいて、その小さく整った顔で覗き込む様に見てくる。
(近い近い!)
「いい。今回は私のミス。 やはり教室ではリスクが大きかった」
「リスク?タイプhは知られたら悪いのか?」
「知らない人に知られることは問題ではない。 紛れ込んだ敵に知られてしまうことが問題。」
どうやら彼女の今の言葉を聞く限り、彼女の中では俺はこのタイプhを知っている人物として扱われている様だ。
しかし残念ながら、俺は全然知らないし、聞いたのはたったの1度切り……そのため彼女のこの返答は大いに困る。
「えっと……もし何かを期待させていたら申し訳ない。 俺はそのタイプh?というのはよく分かっていないんだ。 ただ1度聞いたことがあるだけで……敵とか……そんな存在でもないただの学生だし……」
俺何言ってんだろう……これちゃんと会話できてるんだろうか?
混乱しすぎて脊髄反射で言葉が出てしまった。
一応タイプhを知らない事と、敵意がない事は伝えらたからこれで何かされるなんてことはないと思うけど……大丈夫……だよな?
視線を彼女の方に落とすと、当の小早川さんは相変わらずキョトンとした表情をしている。
(くっほんっとに……可愛いな)
ダメだ。可愛すぎて凝視してしまう……普段クラスに人がいるから構わずしていたが、こうして二人っきりになってみると情けない事に動揺が止まらない。
落ち着け俺、別に鏡花と話をするのと一緒じゃないか。同じ女の子……なんだけど!そうなんだけどさ!違うんだよな……やっぱ好きな子だと話が別だわ。
なぜだろうか?彼女に殺されて恐怖の念を抱いていたのだが、こうして近くで見て見ると別に殺されても良かったんじ
ゃないかと考えを改めそうになってしまう。
(いやいや、何馬鹿なこと考えてんだ!)
視界に入れないように目を閉じても、瞼が勝手に開き始める。
そんな俺の純粋な反応など小早川さんにとっては相当どうでもいいのだろう。
特段表情を変えることもなく彼女は淡々と言葉を続ける。
「そう、どこで聞いたの?」
分かっていたがやはりその質問がくるよな。
さて、どうしたものか。俺はこのまま彼女に全てを説明し
ていいものなのだろうか?
ここで俺が体験した全てを話したとして、もしかしたらあの時のこと全てが白昼夢的なものだったのかもしれないし、もしそうだったなら小早川さんは今朝の鏡花のような反応をとるだろう。
鏡花は仲がいいから心配してくれただけで済んだけど、特段接点のない小早川さんに、今俺の身に起こっている事を全て話してしまったらそれがクラス中に広まって今までの平凡に暮らしていた学生生活に支障をきたす恐れすらある。
案外そっちの方が怖かったりもするが、今はそんなこと気にしている場合でもない。
例え今から彼女に全てを話して、その所為で頭のおかしいやつとか思われたとしても……このまま嘘八丁で誤魔化し、ずっと俺の身に起きているこの不可解な現状の真実を知らず
にいるのは人生で後悔するだろう。
何より隠したことで小早川さんに怪しまれて再度殺される確率だって十二分にあるわけで……
たとえ白昼夢だったとしても、背に腹は変えられないな。
「そうだな。多分説明しても信じてもらえないと思うけど、俺は3日前からタイムリープしてるみたいなんだ。 タイプhについてはタイムリープする前に小早川さんが俺に言ったんだよ、『タイプhを起動しますか?』ってさ。 それで俺はその時、訳も分からずに適当に『はい?』って返事したんだ。 んで夜寝て目が覚めたら戻ってたってわけだよ」
本当我ながら酷く現実味のない話だ。俺がもし本気で作り話を作るならもう少しマシなストーリーを考えるのだが……自分で言ってて馬鹿らしいな、こうして口にして言ってみると余計にそう思う。
目を逸らして、どうせ信用されていないだろうと誤魔化すように笑う。
そんな俺の反応をマジマジと見てから小早川さんは一歩下がった。
「そう、大体理解したわ」
だよね。わかるわけないようね。小早川さんみたいな、なんでもこなせるハイスペック女子が、こんな有り触れた二次元ような設定を、はいそうですかって信用してくれるなんて鼻っから期待してないわけで……って?え?
「……え?分かったの?」
「分かったわ」
「分かっちゃったのか……」
「分かっちゃったのよ?」
少し首を傾げて鸚鵡返しをしてくる小早川さん……か……可愛い!もしかしてこれが天使なのか!
って、戻ってこい俺。現実を見るんだ。
ペチペチと頬を叩く。
「えっと……俺が嘘ついてるってとか……疑わないの?」
「疑いようがないもの。 タイプhとは簡単に言えば突如移動したこの世界のことを仮説的に指す言葉。 そしてタイプhを起動し、実行した記憶は私にはないけれど、あなたはそれを聞いて不本意ながら起動させ今に至っていると言う事ならこの世界の説明がつくわ」
……何話してるんだ?
いや、そもそも最初に話題を振ったのは俺で、それに対して小早川さんはちゃんと真面目に返答してくれてるだけなのだが、それにしてもノリが良すぎるんじゃないか?
俺自身が今の状況を半信半疑なのに、小早川さんはそんな俺の話をあっさりと受け入れることができるんだ?
ふと先生の言葉が脳裏によぎる。
『会ってもらわないと私が全部説明しなきゃならない』
そういえば先生がこんな事を言っていたな。
今、確かに小早川さんは俺に多くを教えてくれている。それは先生が偶然小早川菫という人物を言い当てたり、俺の反応を面白がって適当にホラを吹いていなかったと言うことだ。
「ごめん小早川さん。話を遮る様で悪いんだけどさ、君は……いや君たちは何者なんだ?」
「君たち? 複数形な事には疑問がある。 でも自己紹介してなかったことは謝る。ごめんね。 改めて、私のコードネームはヴィリ。 最悪の未来から消息を絶ったジョンタイターを探し、過去へと送られた 未来型兵器よ」
瞬間、白く半透明な翼を大きく背中から広げる。
服は今までカモフラージュで創り上げていたのだろう。
制服は四角の煌びやかな光に溶けて、彼女は本来の姿を現した。
俺は目を疑う、服は白く絹のように美しく、肌に張り付いているように薄く、2次元の聖職者が着てそうな感じだ。翼の羽先は7色に光り輝き、髪の色は朱色へと変化、彼女の頭上には天使の輪のような機械的な物が浮かび上がっていた。