それが最後だとしても3
俺の油断をゼウスは見逃さなかった。
表に出ている意識は完全に鏡花でありシステリア、そんな彼女がやさしく包み込むように俺の首に手を回す。
「やはり人間の心は脆弱なことこの上ない。 クロノス、貴様は依代を間違えたのだ……この時をどれほど待ち侘びたか!ここで依代の血液を全て喰らい、我は遂に全てを!時間を!この手の中に!」
ゼウスは俺に接触すると、システリア経由で魔女の権能を逆手に利用し強制的に世界線移動を発動させた。
止められなかった、殺せなかった。
結局俺はシステリアを救うこともヴィリを救うことも出来ず、あまつさえ巻き込まれた鏡花すら助ける事ができないまま何も知らない隣の世界にゼウスを送ってしまう形になってしまった。
ゼウスに抗うことを諦めるた思考は、飲まれる意識の海で少女と接続する。
*
やられた、完敗だ。
今になって漸く魔女の言っていた神々の存在の欠点を理解できた気がする。先程ゼウスは戦いの最中でこう言った。
『すぐにこの世界の貴様を殺して隣にいる最後の貴様も殺してしまえば何ら問題はない』
俺が死んだ隣の世界は巨人が世界を蹂躙し、巨人がヴィリに殺された死後にゼウスは現れた。
先生が言っていた神は世界に1人しか存在できない……それが意味するものは神々は時間の概念を持っていない不確かな存在だということだ。
ゼウスが生きる1秒後、1秒前のゼウスは世界に存在しないんだ。
だからゼウスは手間をかけて世界の歪みを利用してセファールを開花させ、それを座標にして顕現しているのだろう。
もしそうなら鏡花とシステリアが会わなくとも、魔女災害が起きた時点でこの世界に歪みは必然的生まれてどの道ゼウスが来るように仕掛けられていたのかもな。
世界線とゼウスの関係。
そういえばこの世界に来る前にヴィリが言った言葉。
『タイプhを起動しますか?』
この時点でこの世界線は急遽人工的に作られ、その後未来で死んだ俺はこの作られた過去へと飛んだ。これにより本来はあり得ない、この3日だけの世界のループが強制的に確立されたのか。
例えゼウスがこのまま隣の世界に移って最後の俺を殺しても、隣の世界の俺は死んだ後この世界に移動する。
そんな感じの仕組みかな。
この世界線によって起きているループは、はっきり言って異常だ。
きっと世界がその情報に処理できず、一人しか存在できない神であるゼウスは永遠にこの2つの世界世界線から抜け出すことのできない囚われの身となってしまったのだろう。
「だとしても死にたくねぇなぁ……くそ……くそ……」
後悔が口から漏れる。
ゼウスはこのまま俺のクロノスの力を絞り尽くして殺すだろう。
だから今も光は遠ざかっていってる。
死を覚悟したときに、優しい声が二つ俺の背中を押してくれる。
『ユウちゃん……だめだよ。らしくないじゃん……』
『そうだよ勇祐……君は全てを信じて抗ってきたじゃないか……』
横に現れたのは、白く半透明の姿の鏡花とシステリアだった。
夢じゃない?
そうか、ゼウスと繋がったことで2人と会えたのか。
もう死んでしまったと思っていた2人を前に、嬉しいなんて感情よりも申し訳ない気持ちで胸が溢れた。
「ごめん……俺……誰も救え……なかった……鏡花……ごめん……彗星を見にいく約束守れなくって……システリア……ヴィリを守れなくって……ごめん」
溢れる涙よりも早く落ちていく俺に、2人は優しく微笑んだ。
涙を流しながら笑う鏡花は震える声で俺を慰める。
『ありがと……こっちこそごめんね……』
『勇祐いい、よく聞いて? このまま現実に戻ったら私達の頭の上にある光の輪を壊して、そうすれば私たちが肉体の主導権を一時的に取れるから……』
システリアが説明を終えると2人は顔を合わせて頷き、光の方に俺を押し上げる。
「でもそんな事したら2人は……!」
光に吸い込まれる俺は闇の中で幽体の彼女たちに手を伸ばす。
『ユウちゃん! ありがとう……私ユウちゃんの事大好きだった!』
『勇祐! ヴィリはまだ間に合う……急いで心臓を再生して……あんたならできるよ!』
『『私達は隣の世界でずっと待ってるから……ユウちゃん!・勇祐!……生きて……!!』』
勢いよく押し上げられて、光に吸い込まれる俺を二人は泣きながら手を振って笑っていた。
そうだよ、鏡花が、システリアが、ヴィリが、先生が、魔女がみんなが繋いだ命だ。
諦めていいはずがない。
もう俺一人だけの命ではないのだから。
鏡花の優しさに励まされた。
ヴィリはまだ生きている、システリアのその言葉に諦めきっていた心臓に生きる勇気が、反逆への感情が芽生える。
(そうだよな、俺に後悔は似合わねぇ!!)
光の中、俺は後ろを向いて最後に大声で伝える。
「ありがとう……二人とも!隣の世界で待っていてくれ! いつか絶対に君達を救いにいくから!」
*
目が覚めると俺の体から力を吸収し、不気味な笑顔を顔に浮かべるゼウスが俺を抱えていた。
ゆっくりと腕を上げる。
「は?」
ゼウスは声を上げるが俺のクロノスの力を奪うことに集中していて反応が遅れる。
朦朧とする意識の中でゼウスの輪っかを手で握る。
「繋がった意思は……1つの時間しか生きていねぇお前には分からねぇよな……あばよ……ゼウス……これでチェックメイトだ……」
最後の力を振り絞り、頭にある輪を握り壊す。
「あ、あああああああ……き……きさまぁああああ!!」
発狂し暴れ狂うゼウス、俺は奴の手から離れてそのまま落下する。
「や、やめろ……小娘ども……まだ奴を……くそ……やられた……せめて……」
落ちる俺に意地で手をかざして何かをする。
ゼウスの肉体内でシステリアと鏡花が抵抗しているのだろう、俺に向けられた腕がはちきれんほど膨らみ、歪に曲がっている。
ゼウスに手を向けられると、俺の首元に謎の文字列が輪を成して浮かび上がり、締まるように首に刻印される。
「かはっっ」
その痛みに悶えながら俺は首を掻きむしりゼウスを睨む。
奴は未だに俺を見下して、高笑いをしている。
「ははは! せめてもの嫌がらせよ……我に人を殺す権能はない……それ故に貴様の記憶と時間を封印してやる……次の世界線収縮までの3000年間、貴様は死ぬことも、殺されることも、自害することも決してできない……何も無くなった生き地獄で泣き崩れる貴様の顔が今にも目に浮かぶ! いやはや滑稽よな。今ここで我に殺されなかった事を悔いるがよい!!」
ゼウスは最後の悪あがきで俺から時間と記憶を奪う呪いを首に刻印する。
そしてそれから間もなく、奴が笑っていたのも束の間、半径30mの黄色い球体がゼウスを包み込み全てが泡沫の如く、泡になって世界からあっという間に消滅した。
「…………」
無言で空から落ちる俺を祝福するかのように、巨大な蕾はその場で弾け、美しい花びらと化して舞い散り消えていく。
俺はその花びらに包まれながらゆっくりと戦っていた花の柱頭に優しく包まれ、痛みで意識を失いそうになりながらも這いつくばってヴィリの元に寄り添う。
システリアの言っていた通り……確かに契約をしているからか微小の生命反応を感じる。
潰れてその場に転がっている心臓の肉塊を俺はヴィリの能力で復元をしようと試みるが、駄目だ。やはり進める力では元には戻らない。
「やっぱりそんな都合よくいかねぇよな……」
俺は心臓に手を当てて、願う。
それは研究室で起きる前に聞いた言葉を信じて……
願う。
それは全てを犠牲にする覚悟で……
「おい……クロノス……最後の願いだ……ヴィリを……生き返らせろ……」
眩い光が心臓から発光すると少年の嬉しそうな、泣き出しそうな声が聞こえた。
『よかった、戻ってきたんだね……勇祐……』
その言葉を最後に心臓は俺の願いに応えるように、ヴィリに移植される。
ポッカリと空いた胸の穴、安心するとすぐに記憶が朦朧とし始める。どうやらゼウスの呪い始まったようだ。
肺が膨らんで、呼吸をするヴィリをうつらうつらな瞳で覗き込む。
良かった。
生きている。
なんというか……これが最後だっていうのに言葉が出てこないな……
「俺さ……最初は生きたいから……頑張ってただけで……本当は未来とかどうでも良かったんだ……でもヴィリと会ってシステリアとあって……以前の世界の夢見て……君の知らない世界で君の死を見た時……絶対に……何を引き換えにしても守らなくちゃって……思ってさ」
自然と出てきた言葉……思い出すのはたった3日の儚い泡沫。
3日前……君を知って、未来を知って、世界線を知って、自分を知って……
「たく……俺は平凡で納得してたってのに……」
ぽつりぽつりとヴィリの寝顔に大きな雫が落ちる。
走馬灯が巡る脳内、夕暮れの放課後……君に伝えたあの言葉。
世界の終焉、それは全人類にとって最悪の未来だったかもしれない。
だけど俺にとって……
「ヴィ……ヴィリ……君と会えたこの時間……君と繋いだ小さな幸せ……君と出会えて俺は……幸せだった……」
ヴィリ……ヴィリ……ヴィリ!!
愛していた……もっと同じ時間を歩きたかった……もっと幸せを紡ぎたかった…………
「ヴィリ……約束守れなくってごめんなぁ……一緒に隣を歩けなくってごめんなぁ……選択肢でいられなくて……約束守れなくって……本当に……ごめんなぁ」
声を震わせながら思いの丈をぶつけていると、端末から魔女と先生が現れた。
『ザザザ……ようやく繋がった、ゼウスの奴英雄くんが通信していると気づくと最後の最後に端末を超電磁波で破壊するとか……いやぁ最後は祈る事しか出来なかったけど……流石英雄くん……ゼウスを退けるなんて』
『勇祐、よくやった!! あとは任せろ……って勇祐、その胸の穴はどうした!?』
祝福の声が聞こえるが、なんで祝福されているのかわからなくなってくる。
「先生……システリアを助けれなくって……すみません……魔女……短い間でしたけど……ありがとうございました……俺……ゼウスの呪いで全部忘れちゃうけど……あとは頼みます……ヴィリは俺の心臓を移植したので問題ない……で……」
『おい……勇祐!』
『英雄くん!!』
俺はヴィリに被さるようにその場に倒れる。
心臓の音が聞こえる。
(よかった……生きていて……)
心臓が移植されたことで3000年後、俺は記憶を戻した瞬間死んでしまうだろう。
まぁそんなこと気にしても仕方ない。
あとは先生が人工の心臓を作ってくれることでも祈っておこうか。
「3000年後……か……長いな……」
ゼウスを退いた世界に、ポツリ……またポツリと雨が降り、祝福する。
世界を蹂躙していた神格人種は気がつけばもうどこにもいない。
こうして俺の……河原勇祐の人生はここで一つの生涯を終えたのだ。
思う事は色々ある……だけど……
ヴィリ……君の命を未来に繋げれた……
それだけで俺は……
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(⚠️以上がこの作品の一区切りです!ここから先は連載するように書いたあくまで蛇足になりますので、申し訳ありませんが続きはしません! )
眠り続ける勇祐を丘に連れ出し、優しく頭を撫でるヴィリ。
星空には大きな彗星が6つ、地上に降り注ぐ。
こうして世界は再度終わりへと歩み始めた。
記憶を失った勇祐の体はそれでも己が使命に従い、力を使い世界を救い続けた。
それから3000年後……少年の時間が動き出す。
全ての約束を果たすために!!
第一部 完
以上で最終話となります。
本作品はいかがだったでしょうか?
鏡花の伏線は起動2からずっとはってあったり、起承転結の結はほぼ全て伏線があったりと難しく分かりにくい作品ではあると思いますが、私個人的には矛盾はないと思いますので読み返すと結構楽しかったりします(ˊᵕˋ)
さて、こちらの作品は再三申しておりますが賞に応募する為に小説1巻、約14万文字でまとめています。そのため最終回が消化不良かもしれませんがこれで一旦勇祐の物語はおしまいです。
こうして毎日投稿し、ひと区切りつけた作品は初めてで拙い点が多くあったと思いますが、宜しければレビュー、評価、感想などを頂けると今後の創作にも大変助かります。
最後になりますが、まる1ヶ月という短くも長い期間、最後まで追ってくださった皆様には改めて心よりお詫び申し上げます。
もし機会があればまたどこかで……!
葵鴉 カイリ より




