それが最後だとしても1
蕾開花まで残り5分、なんとか間に合った。
しかし気を抜けない状況に変わりはない。
俺とヴィリは顔を合わせて頷く、ここまでは予定通りに進んでいる。
(『……いいか、ここからが最終戦だ。 気を引き締めろ』)
魔女の言葉を合図に俺はヴィリに血液を無数に伸ばして繋げ、力を全力で注ぐ。
「ヴィリ、いくぞ!!」
ヴィリは強く頷いてから手を蕾に向け、能力を発動させる。
七色の羽は強く発光し、頭上にある天使の輪も回転し、金色に輝く。
「「おおおお!!」」
声を合わせる、心を合わせる、ただ一人の少女の為に。
花の周囲に浮遊する青白い光を吸収しきる前にその花は開花し、同時に超電磁波が消えて蕾の中からは中途半端に成長した巨人の腕が、大地を掴んで、這い出てこようとしていた。
俺はヴィリの背中に乗って空へと飛び立ち、這い出てこようとする巨人目掛けて真上から血液で作った大きな槍を生成し、集中する。昨日の夜、敵と戦った時と同じだ。
槍に、持っている右手と眼球にだけ神経を尖らせる。
感覚が研ぎ澄まされた時、体は全ての時間を遅らせ、その体感速度は普段感じる時間の約10分の1……目標の煌めく核を肉眼で確実に捉えた瞬間、俺は腕を大きく振り上げて、その赤黒い槍を突き放つ、目標は小さな少女の胸元にある宝石。
全力で投擲した槍は速度を落とすことなく少女の体に勢いよく突き刺さる。
槍の形状は細く、大きく、歪な形。
今の血液で作成可能な最大の武器を射出後、俺の体を急激悪寒と目眩が襲う。
どうやら血液を一気に失ったことで、体がショックを起こしてしまったようだ。俺は意識を失いそうになりながらもヴィリにしがみつき一緒に急降下をする。
目的は他でもない、システリアとの接触。
核を撃ち抜かれた巨人は肉体が崩壊しながらも必死に腕を伸ばして俺たちを握り潰そうと抵抗して来るが、さすがは急所、すぐにその姿は原型を留めることが出来ずに溶け落ちる。
そして融解して爛れる体液を、俺たちは縫うようにくぐり抜け、姿を変えたシステリアに少しずつ近づく。
漸く近づけた彼女はこの世界の自分と混ざっているせいか、容姿が大きく変わっていた。
髪が長く……オッドアイで……幼い星の髪飾りは……
……よく見知ったものだった。
いつだって思い出すのは最悪のタイミング。
俺が以前の世界で消えゆくヴィリを抱えて絶望したのは……巨人の中から出てきた変わり果てたその姿は……
俺の幼馴染だった。
「鏡花……なのか?」
俺は一瞬で思考が止まり、その全てを走馬灯のように理解する。
なぜ初対面のシステリアは俺のことを知っていた?
なぜシステリアに親しさを感じた?
なぜヴィリは鏡花に対して仲良くなりたいと言った?
なぜ……
なぜ他の世界で俺は壊れた?
全ての事象が嫌なほど現実を突きつけてきた。
「っつ」
舌打ちをする。
なんで鏡花なんだよ……どうして……
心が張り裂けそうだ。
暴れる心臓を無視して、行動を実行する。
花の中央、その小さな柱頭に立ち尽くす麗しく、儚げな少女の元へ飛びこむ。
ヴィリは自身の七色に輝く翼から舞い落ちた青い羽を掴み、ふぅーと息を吹く。
羽は大きな水を成して、洪水の如く周囲を巻き込む。
同時に彼女は水に手を入れて様々な卵を孵化させると、数多の魚類が強制的に成体まで成長し周囲のありとあらゆるものを捕食する。
巨人の死体は今もなお少女への接触を邪魔してきている。魚類は悪食となりその残骸を捕食しようと動くが、その体液に触れた瞬間、骨になって数秒後には蒸発するかのように光の泡と化す。
ヴィリはその様子を確認後、状況を的確に判断し、様子を見ながら触れないギリギリのラインで降下を行う。
「行って」
俺たちと少女の距離はおよそ20m……ヴィリの掛け声と同時にゴーグルを下げて、ヴィリは俺の背中を持って少女の方に全力で投げる。
俺は神々しく立ち尽くす少女の前に転がる。
その姿は完全な孵化を望む蛹のように弱く脆い、半透明な姿をしていた。
俺は勢いよく地面に叩きつけられて、頭から血を流し、蹌踉めきながら少女の元へと向かう。
姿の変わった少女の元へ。
転けそうになりながら……足を引きずりながら……視界を真赤にしながら……
目の前に来ても微動だにしない少女に腫れ上がった顔で笑ってみせる。
「おいおい……まるで神様じゃねーか……俺は前の方がいいと思うぜ?」
全身ボロボロになりながら、少女の頬に優しく微笑む。
一歩、また一歩と神々しく、人の形を超越したその少女に……
落下で壊れた左腕を歯を食いしばりながら少女の頬に触れられる高さまで上げる。
感覚は激痛だけで、きっと触れた時の触感はわからないだろう……
それでも手でこうして触れられるのが最後なら。
思い出が溢れる。
この世界の鏡花が俺と同じ罪に苛まれていたこと……以前の世界で鏡花と育んだ日々……システリアと初めて会った時のあざとい反応……この世界で一緒に戦ったシステリア……
もう泣きたくなかったのになぁ。
大粒の涙は腫れ上がった目から視界を奪った。
これじゃ最後の君の顔も見れない。
「なぁ……ごめんなぁ……本当に……ごめんなぁ」
彼女の頬に俺の手が触れる10cm手前、走馬灯のように思い出す記憶の中で直感が冴え渡る。
俺は小さい声で魔女に聞く。
「なぁ……魔女……彼女の転移にタイムラグって……?」
(『何どうでもいいこと言ってんだ! 早く触れろ!』)
「タイムラグは!!!!」
張り上げる声……回したくもない思考が警笛を鳴らしている。
魔女は少しの沈黙の後、少しため息をついて確かに言った。
(『約18時間後、隣の世界線の深夜だな』)
18時間後……確か研究室を出る時の時間は4時……ということは単純計算で22時……
汗が噴き出る。
思い出したのは一昨日夢で見た以前の世界の記憶。
廃墟で俺がヴィリを追いかけようとした時に先生はこう言った。
⦅後2時間で明日が来る、それまで必死に足掻いて、醜く地面を這いつくばってでも生き残れ!⦆
後2時間……つまり時刻は22時……
これは……
直感で止まった手……本来同じ人間が出会うと消滅するはずなのに生きている少女。
それは種を植え付けられたからか?
多分違う。
俺たちは間違えた。
根本的なミスだ。
システリアは生きている……それは……肉体の話だ。
システリアと鏡花が混じった彼女がこうして存在を保てているのは他の力が作用している。
「魔女…………これは……罠だ」
俺は何もかも気づくのが遅すぎた。
少女の形をしたソイツは勢いよく腕を俺の心臓目掛けて伸ばしたのだ。