反撃3
飛び立ってから10秒、俺たちは上空700m付近を飛行していた。 普段は暗黒で薄暗く笑う月が、今日に限っては地上の異変に驚いてその姿を雲隠れさせている。 ヴィリは飛び立ってすぐに背中にある翼を真っ直ぐに伸ばして、俺の体を優しく包み込んでくれていた。飛び立つときは必然的に翼を大きく羽ばたかなければいけなく、その為に空気抵抗をもろに受けてしまうと言うネックはあったが……うん、血液で保護していたから特に問題はなさそうだ。
『勇……祐……! 大丈夫か!?』
映像までは届けられない様だが、その分しっかりと音声は聞こえる。
「はい。 先生、特に問題はありません」
『英雄くん! ここからは現代の電波では多くを伝えられない……だから私が直接君の所持している端末を通して、超微弱の特殊電波を脊髄に与え念話を可能にする』
「何故念話なんですか?」
『ゼウスに感づかれると色々面倒だからね』
「なるほど、わかりました。 ではよろしくお願いします」
『こちらこそ、短い期間だがよろしく頼む、それじゃあこれからの話を始めようか。 英雄くん、翼の隙間から蕾が見えるかい?』
「蕾……ですか?」
翼の隙間から外の様子を見る。
そこに映し出されているのは、変わらず人々の悲鳴が投影されている地獄絵図。
赤色の世界でヴィリは風を切り、全ての流れに抗いながら目的地へと高速移動している最中、少しずつ大きな影が視界に入る。 目を凝らしてよく見てみるとそれは、大きく鼓動するアサガオによく似た蕾だった。
遠目でも分かる。
あの蕾は開花間近だ。
弱い花びらは空を喰らわんと真上に向かって噤んだ様子で、現実の荒野で美しく、非現実的な蕾がそこに佇んでる。その大きさはスカイツリーすら優に超えているだろう。
「あ、あれは一体……」
現実をねじ曲げる程の異物に俺は言葉を失う。
『見つけた様だね、あれがセファールの種、その蕾だ』
「もしかして巨人はあれから生まれたのか……?」
『よく知っているね。 英雄くんのいう通りでセファールとは白の巨人、ゼウスの配下だ。 ゼウスたち神々は世界の時間の中で1人しか存在できないからこうして配下を送り込んで、それを座標として現界する。 逆にいえば奴らは時間を移動する毎に存在が固定されるからそれが弱点でもある』
やはり巨人はあそこから生まれたのか……だとしたら以前死んだ世界で蹂躙していた巨人が未だに現れていない理由は未だこの世界で種が開花していないから?もしそうだとしたら以前の世界ではなんで起きてすぐに巨人が顕現していたのだろうか……何か引っかかる。
「存在が固定?どういう意味ですか?」
『うーん……簡単に言えばそいつ1人だけ倒せば終わるってこと? だから今回、種が開花する前にヴィリの力で強制的に成長させ不完全開花を行う。 中途半端に顕現した巨人の核を君の血液で撃ち抜いて、そのままシステリアにタッチすれば終了、君の力と私の力を利用して強制的に隣の世界線に片方を飛ばす、それが今回の計画だ。 くれぐれも天使の輪を破壊するなよ? それを破壊したら最後、システリアはもう1人の少女と完全に混ざってしまう』
「わかりました」
俺の心拍数は徐々に蕾に近づくにつれて速まっていく。
見れば見るほど奇怪だ、鼓動しているあの蕾は間違いなく生きている。
周囲から青白い光が蕾目掛けて集まり、それらは付近を浮遊した後、蕾の頂上に向かい吸収されている。
その様は食事をしている……という表現が適切だろう。
あの中にシステリアがいると思いたくない、もしかしたらもう彼女は原型を留めていない可能性すら感じる。
もしそうだったなら本当に助けられるだろうか?現状助けられる可能性は限りなく低いのかもしれない。
嫌な想像ばかりが頭を巡るが、それでも俺は、俺達は彼女の元へと向かう、世界が俺を望むからじゃない、俺が彼女の幸せを望むから……。
(『もうすぐ5km圏内に到達する。 英雄くん、先ほども言ったがこれから戦闘になった時、何かあれば念じてくれ、それで会話は可能だから』)
魔女の声は先程と打って変わって一気に引き締まる。
俺もそれと同時に覚悟を決めて、集中する。
(「わかりました」)
ガラリと雰囲気が変わり、世界は燃えているのに空気が冷たくなっていく。
一呼吸程度の少しの間、ヴィリの声が開始の合図を告げる。
「目標から激しい電磁波を確認。 これ以上の飛行による接近は、翼への大きな損傷の危険があると判断。 計画通り電磁波の許了範囲への急降下を開始します」
出発から3分足らずでヴィリは、全く無駄のない停止から、流れるように真下に軌道変更をする。
蕾との距離5km付近でヴィリの翼がゆっくりと開き、俺の体が宙を舞う。
俺が空気抵抗でゆっくりと落ちるのに対して、ヴィリは速度を落とさず、回転しながら体に巻きついていた俺の血液を解き、先に地面に突撃、その約3秒後に俺も彼女の元に勢いよく落下する。
先に地面で待機していたヴィリはそのまま俺の体を優しく受け止めてくれたが、まるで生きた心地など皆無、脳が死を直感したのか数秒の間は俺の意思とは関係なく全く体に力が入らなかった。
それから5秒程度経つとようやく体に脳の命令が伝わり、俺は抱えられていたヴィリの腕から転がるように降りた。
(『遅い!!』)
(「すいません!」)
5秒の遅れを取り戻すべく、急いで解けた血液をヴィリの背中に貼り付けてに力を送る。
土煙が舞い上がり、周囲の敵は何が起きたのか混乱して、動きを止めている。
このままでは熱探知をされて、存在がバレるのは時間の問題。
「ヴィリ!」
「はい!」
ヴィリが返事をした瞬間、彼女のパステルカラーの様に淡い赤色の髪の毛は燃える様に赤く、赫く、濃くなる。俺の体は肌を通して回路が浮かび上がり、それと同時にヴィリは輝く翼を横に大きく広げる。
震える俺の体に魔女が喝をいれる。
(『血液から一気に英雄くんの力を流せ!!』)
「はい!!」
集中力が一気に上がる。
状況は完全に不利、相手は後方、地平線の彼方まで密集している。
俺たち2人で倒せるのか?そんな不安が頭に過った。
考えるだけなら誰にでもできる。
命令を言うだけなら命はいらない。
だけど戦場では全てが死と隣り合わせだ。
俺は1度死んでいるが、それでも痛みには恐怖を感じるし、死にたくないと思う。
ましてやもう死ねない世界だ。
これが最後、致命傷を負った時点で終わり。
正直こうして命のやり取りをするのが俺は怖い。
怖くて怖くて堪らない。
……だけど……大切な人達が俺を必要としているのなら……大切な人達がこの先で幸せを築けるのなら……!!
全てに抗ってやる。たとえここで死ぬ事になったとしても……!
「うおおおおおおお」
グッと拳を握り、大きく叫ぶ。
土煙が舞い上がる中、ヴィリの7色に光る翼から無数のミサイルを放たれる。
昨日のシステリアは周囲に気を使っていたから本来の力を発揮できていない様子だったが……やはり終焉を迎える世界で戦い、生き残っただけのことはある。
その力は圧巻で、恐怖よりも美しいと思うほどだった。
これが未来……周囲を巻き込む事を是とした時、彼女達は容赦無く全てを滅ぼすことができるのか。
無差別に乱発射されたミサイルの爆風で、土煙が俺の視界から消えたと同時に360度、地平線の彼方で爆炎の壁が一気に聳え立つ。
流石に蕾には電磁波が張っていると言うこともあり、手前で軌道がそれて蕾の手前で不時着して爆発する。
このミサイルはあくまで後方の敵を排除する事が目的だったらしく、先程まで目視で確認できた無数の敵は瞬刻一掃された。
しかしそれでも目前の敵は未だ100体前後はいる。
そして蕾までの距離は約5km……
これから先は電波妨害でミサイルを含む全ての機械が機能不能になる為、自力での戦闘が求められる。
後方からのホーミングミサイルは気にしなくてもよくなったのは大きいが、それでも圧倒的不利に変わりはない。
俺とヴィリはすぐさま勢いよく走り出す。
敵も俺たちと同じくミサイルが使えないからか物理攻撃で徹底抗戦をしてきた。
(『英雄くん!手筈通りに!!』)
襲いかかる敵の中をヴィリは美しく縫うように走り抜ける。
最初敵は一番の脅威であるヴィリを標的にしていたのだろうが、その逃げ足の速さを見て、すぐさま標的を俺に変える。しかしその判断をした時点でもう詰んでいる。
ヴィリが攻撃をしない理由。
それは血液を敵に纏わせる為だ。俺はすぐにヴィリから血液を外して両手を握り、伸びている血液に一気に力を込める。 先程まで柔らかかった血液は凝固し、ワイヤーの様に敵の体に食い込み動きを止める。 そしてそれと同時に勢いよく後方に手を引くと、いとも容易く敵の肉体はその場で死散した。
あっさりと倒せたのも束の間、敵の標的が全て俺に変わり、俺を取り囲み始める。
俺がこうなると弱いことを瞬時に理解して機転を効かせるとは……まさか脳味噌でも入っているのか?
とは言ってもこれも先生の計算の内、俺は言われた通りにヴィリから渡された植物の種をその場に撒き散らす、敵は目前、絶体絶命の最中漸く脳内に魔女からの連絡が来る。
(35.5816025, 139.5897944)
脳内で伝えられた数字を意識すると体が勝手に時間跳躍を行う。
跳躍を行なった場所はヴィリがいた200m前方、俺を見失い集団で固まっている敵を、俺の元に走って来たヴィリと勢いよくハイタッチして再度血液を繋げる。
ヴィリは先程後方で俺が蒔いた種を時間進行の能力で急成長させ、一瞬で種は400mを超える巨大な樹木へと成長を遂げた。そしてその場にいた敵は木の根に雁字搦めにされてその優れた機動力を失う。
(『このままの調子で前進後し、敵が現れたら斜め後方に移動』)
(「了解」)
俺たちは先生と魔女の指示に従いながらそのまま蕾へと急ぐ。
時間がもうない。
俺たちは時間跳躍、時間進行を駆使して、周囲の敵を破壊、錯乱させて走り続けていると、敵は動きを止めて前方の味方など関係なしに無差別にミサイルを発射してきた。
こうなっては打つ手がない。
先生の指示でヴィリが俺を抱え、庇うように走ってスピードを上げる。
周囲が爆風の嵐に呑まれる中、無差別にミサイルが着弾したお陰で目の前の敵対反応が一気に消滅、俺は瞬時に判断してすぐさま能力を使い、攻防戦の果てにようやっと目的の場所に辿り着いた。
しかし俺たちは時間をかけすぎたようだ。
先程まで噤んでいた蕾はもう既に開き始めていた。




