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未来色少女  作者: 葵鴉 カイリ
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未来色少女


 研究室から出た俺は、先生から支給Uの字型の端末を頭に付けて、服を着替える。


「すげぇな、ピッタリかよ」


 青のストライプ模様のシャツに、濃い茶色のコートジャケットを羽織る。


 パンツは伸縮性のあるスタイリッシュな鶯色のジーンズ。


 この服は先生のセンスによって今の今CGプリンターのようなもので作られた服で、その全ての繊維は特殊な加工が施されてあるらしく、ナイフに切られた程度の軽傷は防げれるようになっているらしい。


(ナイフに切られることが軽症な時点でおかしいけど……そこは気にしないでおこう)


 それとこのやけに存在感のあるゴーグルとグローブ。


 ゴーグルは言わずものがな目の保護で、グローブは俺の能力である血液を考慮して作られた特別仕様だ。


 仕組みはこのグローブに手を入れたと同時に、一気に収縮して痛みを感じない棘が手の薄皮に無数に突き刺さる。この棘はある程度の強い衝撃で引っ込んだり、刺したりする仕掛けらしく、本気で叩かなければまず発動しないらしいが……正直使いたくないのが本音である。


「はぁ」


 時間がない。俺は深呼吸し、覚悟を決めてグローブを装着する。


 プシューと音を立てると同時に黒くスタイリッシュな指ぬきグローブに変化した。


(……痛みはない?)


 手を握って開くが特に違和感がない。


 流石未来の技術だな。俺は脱帽しつつ、先生の家の玄関で支給されたカジュアルな運動靴を履く。広い玄関に立って今更ながらに思うけど地下があったり、他の未来との通信設備があったり、この家どうなってるんだ?


 ふと視界にチラついたのは玄関にある物置棚の上にランプと一緒にある冊子だった。


 俺は何の気なしに手に取ってその題名を読む。


(新型AI発表原稿……)


 なるほどな。


 俺は冊子を開かずに元の場所に戻して家を後にした。


 端末を通して、先生と魔女の映像が視界に映る。


『勇祐、まずは少し離れてから予定通りヴィリの救助を実行してくれ』


『玲奈、再確認だけど英雄くんは時間転移は使えるんだよね?』


『あぁ、私の今までの経験則上問題ない』


「え?そうなんですか?」


『えっ……ちょっと待って玲奈!』


 魔女が何かを焦っているようだが、先生が話を遮る。


『勇祐、ヴィリの反応が弱まっている。 急いで召喚をしろ!』


「はい!」


 俺は首にかけているヴィリから貰ったペンダントを引きちぎる。先生曰く、このペンダントはヴィリを強制送還させる力があるらしい。きっと彼女は今もこの世界の未来の為に必死で戦って、誰かを避難させているかも知れない、もしそうだったなら……


 いや、そんな事を考えるな。


 もしそれで逃げている人が命を落としてしまったのなら俺がその命を背負って地獄に行けばいい。


 優先するべきなのは一人の命より、終焉によって奪われるであろう多くの命。


 覚悟を決めろ!


 震える手でペンダントを渾身の力で地面に叩きつける。


 好きな子から初めてもらえた物だった、嬉しかった。


 壊したくはなかった……だけど


「すまない……」


 叩きつけられたペンダントの中にある朱色の宝石が割れて周囲に飛び散る。


 瞬間、地面に大きな魔法陣が規則性を保ちながら連続で展開され、壊れた地点から周囲50mまで拡大、外側から歯車のように動き出してそれは連鎖して内側へと共鳴していく。


 俺の足元まで回転がきた時、それは大きな光の柱を放ち、東南の方角へと飛んでいく。


 光が一目散に飛んでいった先、それは爆炎が何度も上がっている箇所だった。


「頼む……生きていてくれ……」


 唇を噛んでその場で立ちすくむ。


 ただ生きていて欲しい……祈るのは今、目の前の現実にだけ。


 空想の存在が存在するのならそんなのに都合よく祈るのはもう意味なんてないのだ。


 過去の世界で彼女は巨人を倒して死んだ。


 俺を助けて死んだ。


 だから、震えた声で縋るように懇願した。


「ヴィリ……」


 俺の声に反応するように、声が真上から聞こえる。


「勇祐?」


 そこには光の中に肩と腹がえぐれ、額から血を流したヴィリが空から天使の様にゆっくりと降りてきた。


 生きていた。


 ヴィリと目が合う。


 彼女の目にはノイズが走っているように光が点滅して歪な音を立てている。


 俺はゆっくりと降りてきた天使を優しく抱える。


 俺の腕に抱かれると、ヴィリは電池が切れるようにパタリと思考を停止させ、全体重を俺に任せる。


 そんなボロボロの彼女を正面から両手で優しく抱える。


 まだ熱がある。


 まだ息がある。


 柔らかく血の通った肌から滴る血液、瀕死ながらも間一髪、生きているヴィリを俺は優しく抱き寄せた。


 間に合ったことが嬉しかった。


 生きて会えたことが幸せでたまらなかった。


 後数秒遅れていたなら……きっと間に合っていなかった。


 色々な感情が湧き上がってきて、言葉が何一つとして出てはこなかった。


『英雄くん!!! 急いで時間転移を!!』


 魔女が急かす様に目の前の通信に現れて、時間転移を指示してきた。


 俺はふと我に帰ると、東南の空、野鳥の様な黒い群れが此方に向かってきている。


 近づいてくるそれを、装着している端末が自動拡大するとそれの正体に俺は驚愕した。


 それは昨日の夜襲ってきた敵の群れ、100体前後。


「魔女! どうやればいいの!」


『『は、はぁああああ??』』


 魔女と先生が声を合わせて怒鳴る。


『英雄くんの家の座標を頭で考えるんだ! わかるだろ?』


「……いや?」


『だめだディット! 勇祐は人間だった!』


「そこ忘れるなよ!! てか玲奈!君が勇祐に能力の存在や仕様について伝えなかったからこうなったんだぞ! ったく、仕方ない!英雄くん! 頭で自分の家をイメージするんだ! 自室にどんなものがあったとか、どんな家具の配置だったとか! 頭に部屋の構造ができたらその場所に自分がいるイメージを!!』


「は、はい!!」


 なるほど、魔女が心配していたのはこれだったのか。


 研究室にいる時、3人で話をしたのはあくまでヴィリの保護まででセファールの種の開花まで時間がなかったから先生達は俺が魔女の能力を使える前提で話をしていたってことか……そりゃないよ……。


 真上を見て呆れ笑いをする。


 流石にこの量は本当にやばいよな。


 そりゃさっきの光は生存者がここに居ますよって言ってるようなものだし来る事は想定してたけど、これだけ空を埋め尽くす黒い群れが迫ってくるのはいざ体験すると萎縮してしまう。


 俺は目を閉じて実家の自室を考える。


 敵が迫ってきている恐怖で落ち着いて考えられない……


 集中できずに、いるとヴィリの体温が冷たくなっていくのがわかる。


 恐怖で落ち着かない?……だからなんだよ。今もきっとシステリアは苦しんでいる……ヴィリだって世界を守るために必死に抗って傷ついた。


 なら俺は……俺はそんな未来を守る彼女達を守るのが役目だ。


 心を無にする。


 集中、それは俺を俺だけの世界に落と為。


 目を閉じて家の中を想像しようとした時、熱風がピタリと止まる。


 その違和感にすぐに目を開けると、そこは現実ではない透明で澄んだ世界、大きな惑星、気がつくと一昨日見た夢の世界に意識が迷い込む。


(あれ?俺は?)


 その見慣れた世界を見渡すと、左目の真下が燃えるように熱く、焼印を無理矢理入れられているのかと錯覚するほど鈍い痛みが走る。


 「ぐはっ……ああああああああ」


 能力を使うたびにこんな痛みが体を走るなんて……クソ!使いたくない!痛いのは嫌だ!……でも、諦めるのは……守れないのは……それだけは痛いよりも何よりも絶対に嫌だ!


 俺は彼女に人を愛すると……幸せの選択肢になると約束したんだ。


 だから、ここで死ぬわけにはいかない。


 左目から赤いモノ爛れて溢れ出す。


 まるでスプーンで眼球を抉られるような感覚に襲われたそんな時、本契約をした時同様に頭蓋に優しいシステリアの声が響く。


(大丈夫……大丈夫……)


 囁きが終わると同時に脳内に数字が流れてくる。


 俺はカッと目を開けて左手でしっかりとヴィリを抱え、右手を艶やかに前に出し力強く発動させる。


「時間転移、発動!!!!」


 先ほどから疼く左目の真下から熱い何かが、血液を通って回路のように全身をかけめぐり、同時に体に激しい圧力を感じて俺は目を強く閉じた。


 それから数刻何が起きたのか全くは理解できなかったが、圧力のなくなった瞼をゆっくりと開けると、そこにはよく見知ったベットと棚、並べられた漫画があった。どうやら俺は無事に我が家の自室に移動できたみたいだ。


「成功……したのか?……っておいヴィリ!!」


 転移の成功に安堵するも束の間、ヴィリは先程よりもずっと体温が低く、顔が真っ青で血の気を全く感じない程に完全に憔悴しきっている。


 もしかしたら流血した状態での転移は人体に多大な影響を与えてしまったのかもしれない。


 端末に手を当てて二人に連絡を取る。


「2人とも!転移は成功しましたがヴィリがあまりにも憔悴していて重篤です!!」


『ザザザザザザ』


 映像も音も切れて返答がない。


 くそ、どうすれば……俺は彼女の手を握る。


「生きろ! 俺はまだ君に恋をさせるという約束を……契約を果たしていないんだ!」


 契約……その言葉を引き金に俺とヴィリの繋いだ手から眩い光が溢れ出す。


 それは例えるなら、全てを優しく包み込む太陽の様に温かい蛍のような光で、俺の体の内部から発光し、水の流れのように穏やかに握りしめた手と手を伝い、ヴィリに注がれていっている。これは……?


 その光景は薄っすらと赤い空間に、手の隙間から溢れんばかりの蛍が飛び交いだして、初夏の小川の情景を思い浮かべるほど幻想的だった。


 光が伝う手を離さない様に強く握り続けた。


 光が強くなると、少しずつ左目の下が疼き出す。


 またかと左目を抑えていた時、偶然部屋にあった縦鏡から自分の姿が目に入る。


「なんだ? これ?」


 何かが起きているとは思っていたが、まさか左目下に一筆書きの星の紋様が浮かび上がっていたとは……しかもそれはどこかで見覚えのある模様だ……そう、これは夢で……夢で出会った未来型兵器に似たミイラと、俺の中に入ってきた頭蓋骨が同じ模様だ。


 まさかあれは夢では無かったという事なのか?


 震える手で一筆で描かれた星をなぞる。


 星の中上の三角形はすでに灰色で塗りつぶされており、右下の箇所は今まさに黒色に染まっている。


 これは契約による影響か? 昨日洗面台で見た時はなかったし、今こうして星が塗り潰されていってるのから間違いないだろう。それにして星の枠内が塗り潰されているこれは契約できる数……ということなのだろうか?


 そういえば研究所を出る前に魔女は言っていた。


 ”クロノス因子における能力は本来のクロノス聖遺物の力ではない、劣化版だ”


 もしそうなら最初から薄く塗りつぶされている箇所の理由は本来の力ではない契約だからなのか?


 だとしたならヴィリと契約したこの箇所は?


 ……いや、今はそんな事どうでもいい。


 これが契約できる数なら俺はヴィリと契約できて、彼女も助かるということ。


 蛍の様に広がっていた光は気が付くと弱くなっていた。


「ヴィリ!!」


 俺が彼女に声をかけると端末からノイズが聞こえ始める。


『ザザザザザザ……勇……祐』


 先生の声が聞こえる、俺は端末に手を当てて映像を見ると先生と魔女が映り始めた。


『英……雄く……ん!ど……なった? 生きてい……か!』


「魔女、先生! こっちは無事です! ヴィリが……!」


 俺は必死に現状を説明しようとしたが、先生も魔女はすでに安堵した様な表情をしていた。


『勇祐よくやった』


「ど、どういう事ですか?」


『英雄くん焦りすぎだよ。 その兵器を見てごらん』


 その言葉を聞いてヴィリの方に目を向けると、そこにはスヤスヤと眠っているヴィリの姿があった。


 怪我は塞がって、息もしているし、手に熱も戻っている。


 俺は眠っているヴィリを抱きしめる。


「よ……よかった……よかった。 よかった……」


 どうやら契約は無事成功したらしい。

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