決裂…………◻️◼◻️◼◻️
『おいおい、まさか本当に連れてくるなんて……驚きすぎて死んでしまいそうだよ』
俺が部屋の中を見た時に彼女はそこに居るのかと感じたがそうではない、そこに居るのは立体映像、所謂ホログラムというやつだ。身長は150cm程度と小柄で青い髪が特徴的だ、その髪の色を例えるならまさに未来兵器に変態したシステリアに酷似している。もしかしてこの少女はシステリアの親族か何かなのか?
「待たせてすまない。 彼が先程目覚めた勇祐、この世界における救世主だ」
そう言って先生は俺の方に手を向けてそのホログラムに紹介している。
「先生……この人は?」
「……彼女はディット……最後の魔女だ」
ディット?魔女?もしかして彼女がシステリアの言っていた未来で最後に残った魔女か?
「よろしくお願いします」
この人が魔女か、一見普通の少女にしか見えないな。
俺は簡単な会釈をすると、魔女はにこりと笑顔を返してきた、未来において全てを傍観し、争いを拒んだ唯一の魔女というだけあって気性は穏やかな感じが伝わってきる。
「さて、改めてディットについてだけど、彼女は昨日説明した通りでどちらかといえば人類の味方……というのは語弊があるな。 気まぐれで筋を通す変わり者で、私達人類にクロノス因子という生存権を与えた存在だ」
なるほどな、もし先生の話が正しいなら昨日先生に魔女の話をした時に取り乱したのにも納得がいく。このディットという魔女という協力があったからこそ、滅びる筈の人類はクロノス因子を得ることに成功し、それを少女たちに移植する事で兵器として運用、結果未来において生存権を得ることができたと、そんなところだろう。
そこまでは理解できる。だがだからこそ魔女に聞いておきたいことがある。
「すみません、一つ質問なんですがシステリアは如何して改造されて此方に送られてきたんですか?」
システルアの名前を伏せて先生に伝えた時、安堵していたのを覚えている。
魔女に弔ってもらったとかなんとか言っていた覚えもあるし、もしそうなら魔女は意図的に生き返らせて此方に送り込んだに違いない。ただそう仮定しても俺は先生が死んだ仲間を改造された事を平然と受け入れられて、尚且つ仲間を改造した魔女と自発的に接触しようする点にはずっと懐疑的だった。
出来ればこんなことは信じたくないが、もし……もし先生が未来で魔女と取引をしてシステリアを対価として時間遡行能力を得たのなら筋が通る。
『……そうだな、システリアと接触してる時点でもう英雄くんにとっては他人事でもないんだろうし、ちゃんと説明するのが筋というものか……玲奈……構わないかい?』
「……」
先生からの返答はない、そのまま少しの静寂と緊迫感が漂う空間で、魔女は許可を待っている。
少しずつ秒針が動く度に疑心が芽生え、外の状況も気になる俺はついに痺れを切らして口を開こうとした時、先生がようやっと口を開いた。
「いや、私から話すべきことだ。 勇祐……少し未来の話をしようか」
あの説明を常に面倒臭がる先生が、自分から説明を提案してくる事に俺は驚いた。
先生は研究室にある椅子に座って、胸元のポケットに入れていたタバコを取り出して一服する。
ふぅ……と一息ついて、重たそうな煙と一緒に口を開く。
「システリアは……志摩青原は死んだ親友に託された大切な一人娘だった……」
そう切り出してから、語られたのは志摩青原という未来型兵器システリアになる前の少女の物語だった。
*
少女は幼い頃に両親を交通事故で亡くした孤児だった。
家族を失い、絶望に身を焦がしていたそんな少女に、両親の親友と名乗る三雲玲奈が現れ、心を閉ざした少女を引き取り、血の繋がりなど気にせず、心から大切に、最大限の愛情を注いで育てた。
しかしある日、オリュンポス彗星群が地球に飛来した。
三雲は幼かっ少女と見に行く予定だったが急な残業で約束を破ってしまい、少女は約束を破った三雲に激怒した。三雲は謝ったが許してはもらえず、結局少女は三雲の帰りを待たずに彗星群を見るために1人で不用意に外に出てしまった。
出るだけなら問題はなかった。
しかし、運悪く少女は神格人種と遭遇してしまったのだ。
突如として現れた神格人種は無差別に人間を襲い、その際に少女もまた致命傷を負ってしまった。
その後、三雲の管理する病院に搬送され、生命維持装置で一命を取り留めた。
しかしそれも延命処置に過ぎない。
それから三雲は躍起になって研究をした。
研究の中で、三雲は多くの命を奪い、そして助けたいもの以外の多くの命を気がつけば救っていた。
人々はそんな彼女を崇めたが、彼女はそんなものを見れるほど余裕はなく、ただ憎んで。
憎んで。
憎んで。
そして気づけば三雲はレジスタンスなんて物騒な組織の上に立って、魔女に敵対する勢力として人類で唯一、魔女に狙わる存在になっていた。
魔女が動き出した頃、レジスタンスは未来を取り戻す為、人類の叡智を集結させてタイムマシンの開発を始め、三雲は敵に狙われる身となってしまったが為に、自身の身代わりを使い、死を偽装、そして未来を救う為に過去へ飛んだタイムトラベラーから名前をとり、タイターを名乗り始めた。
それから幾年が経ったある日、レジスタンスの本部に傷を負ったディットが運ばれた。
何の気まぐれか、三雲はディットを治療し、ディットは礼として、自身の所有するクロノス聖遺物を一時的に提供、人々は急ぎその研究に着手し、ついに人類はクロノス因子に辿り着いた。
クロノス因子には肉体の再生と時間の停止を人体に与えることが研究でわかり、三雲玲奈はすぐに志摩青原に因子を移植、それは見事に成功した。
成功してしまったのだ。
少女は肉体の再生と時間の停止で成長が止まる。
漸く生きて動いた少女は運悪く完全に因子と適合したことにより、ある副作用が起きたのだ。
その副作用とは人間の枠を超えた力とクロノス遺伝子による能力の開花。
これが私、三雲玲奈の2度目の過ちだった。
このクロノス因子の移植は人類救済という名目で行われた手前、少女に戦いを強いることしか出来なかったのだ。
そして少女は人類の為、訳もわからず戦い、戦い抜いた末、戦場でその命は全うした。
死に亡骸になった少女を持って、三雲は死を求め遂に外に出た。
終わった世界。
最後に残っと魔女達の争い。
もう魔女は人類なんて見ていなかった。
誰も……三雲玲奈を殺してはくれなかったのだ。
死にたいのに自決する覚悟のない彼女は生きることから逃げられなかった。
少女の亡骸は自身で埋めることすら出来なく、すでに戦いから退いた戦友のディットに頼んで弔ってもらい、そして三雲は半端に投げていたタイムマシーンの研究に再度着手し、ある世界線を見つける。
それから1年が経った時タイムマシーンの資材が枯渇、必然的に製造は断念せざる終えなくなった。
そこで彼女は自身の肉体を飛ばすタイムマシンではない、記憶を飛ばすタイムリープマシンを作り実行、そしてこれが現在へと至っている。
「ふぅーこれが未来で起きた全てだ。 システリアが魔女を……ディットを畏怖しているのは彼女がディットと面識がないから……これでいいか?」
全てを説明し終えた頃には吸殻が灰皿の上で枯れた花弁を作り上げ、中央には灰が集まり筒状花の形を成していた。
最初に言っていた青白い光を見たというのはきっとシステリアの遺体を抱えて見た景色だったのだろう。
言葉が出てこずに目を逸らすと乾いた笑いで先生は言葉を続ける。
「ははは、笑えちまうだろ? 結局システリアは……青ちゃんは……この時代にまで来てまた……死んじまってよぉ」
映像の向こうで壁にもたれている魔女は、少し斜め上を見て顔を写さないようにしていたが、その頬には確かに涙が優しく伝っていた。
きっと先生の言っていることは全て本当なのだろう。
『それで……まぁ……あまりにもタイターの境遇に私も心を痛んでね、最後の努力で死んだシステリアを改造して一時的に生き返らせたってこと……分かったかな?』
そう言って俺に戯けて笑う魔女は人間よりよっぽど人間らしさを感じた。
「……分かりました。 ありがとうございます」
「…………」
俺がこの家で目を覚ました時から様子がおかしかったが、先程の説明で先生は完全に壊れてしまったみたいだ。
俺の言葉には一切反応せず、涙を流しながら電池の切れた人形のように固まってしまった。
『こうなったらタイターからの説明は厳しいね。 英雄くん、これからの事について話をしたいけどいいかな?』
「……そう……ですね。 お願いします」
『よし、ならまずはタイターにも話した未来のことについてだけど……どこまで知ってる?』
「先程の話と世界線についての概ねは理解しています」
『了解。 一番面倒なとこが省けて助かる。 それじゃさっきタイターの話の続き、未来の最後の話をしようか。 最後に残った魔女は私含めて3人。 だけど私は戦闘はからっきしでね。 結局雑魚の私以外の二人が争って、勝った方が私を殺して最後の魔女になるはずだった。 しかし、事態は突如大きく変わった。 争っていた魔女が二人とも殺されたんだ。 そして結果的に私が残り勝ちして、戦争で寿命を迎えるはずだった地球は残った。 しかし、そんなことなど梅雨知らず、タイターはこの世界線で上手いこと君と未来型兵器ちゃんを利用して、オリュンポス彗星群を地球から逸らせることを企てていたようみたいだけどね』
「いや、え? ちょっと待って下さい。なんで争っていた魔女は死んだんですか? まさか相打ち?」
『救世主くん。 死んだんじゃない、殺されたんだよ。』
「誰に?」
『神に……だよ。 ま、私も例外じゃなくて、絶賛殺されかけてるわけだけど……いやぁ以外だったよ、システリアには先生たちと接触してくれと言ったんだけどまさか勘違いされてるなんてね。 座標にしたのも別に殺すつもりはなかったんだけど……まぁ仕方ないっちゃ仕方ないか』
なるほど、システリアと魔女の話に違和感があったのは、魔女に生き返らされて、魔女の言葉をシステリアが疑い、あらぬ本質を見抜こうと邪推した結果、全てが裏目に出てしまったということだったのか。
てか、それなら魔女がシステリアにしっかり説明してあげればよかったのでは?
多分だけどお互いをそれなりに理解して、それなりに信用していなかった故に起きた齟齬ということか……何ともまぁ面倒な事だ、ちゃんと話しておけばもっといろいろなことがスムーズだっただろうに。
でも、そうなると魔女の話に不可解な点が浮かび上がる。
「なるほど、それじゃあなんで魔女災害を起こそうとしたんですか? そして昨日襲ってきた敵のえーてらいと?と外の惨劇はどう説明するんですか?」
座標にするだけで殺す気は無いと言う言葉……まぁ確かにシステリアは死んでいないがそれでも現在も少しづつだけど命が弱まってきているのは手に取るようにわかる。
もし魔女が殺す気はなくとも、命を利用するつもりがあったのなら信用ならない。
『そうだね。 一つずつ説明しようか、まず私が本来起こそうとした魔女災害……それは未来が確定してないが故に、未来での生存が可能なこの世界の人間をこっちの世界に転移させること……と言ってもこれについてはもう無理だけどね。 そして神格人種は私たちの駒だった、今は主導権が私じゃなくて、敵のヘラに取られちゃってるけど』
もし説明が全て本当なら確かに筋は通る。
そもそも先生は未来を最後まで知らない。
だから病室で先生は最後まで始まりか終わりか……戦っていた魔女のどちらかが魔女災害を起こしに来ると思っていたのだろう。
システリアの言っていた全てを巻き込む災害という内容も魔女の言ってる事まんまだったってわけか。
昨日襲ってきた敵についても魔女の意思ではないのなら筋が通る。
「そうですか。 だとしたら外の惨劇も納得できます。 しかし何故ヘラが未来からこの時代に攻撃を?」
先生が言っていた考察……ゼウスによるクロノス復活の阻止……確かヘラってギリシャ神話の……
「まさか……!!」
俺は魔女を見ると魔女は真剣な顔で頷く。
『玲奈の予想通り、全てはクロノスの力の復活を恐れたゼウスによる第三者の介入さ。 ゼウスは過去から全ての世界線にセファールの種を送り込んで、歪みが生まれると同時に発芽するように仕掛けた、そして、今行われている虐殺はその種の栄養である魂の収集、あれがこのまま開花すると、オリュンポス彗星群で地球が崩壊する以前に人類の完全敗北が決定する……これを止めたければ虐殺を止めて種を破壊するか、歪みの元を世界から消すしか方法がない』
第三者であるゼウスの介入によるこの事態は、流石に未来人にも予定外だったのか。
先生の説明や魔女の説明、色々ややこしいこと極まりないが筋は通っている。
それにしてもまさか俺が気絶していた4~5時間の間に、歪みが発生してしまったなんて……歪み?
そういえば歪みが生まれる原因をヴィリが言っていた。
確か……同じ存在が出会う。
「魔女、まさか歪みが生まれたのは」
『そのまさかさ』
一気に鳥肌が立つ、ヴィリはこの世界に自分と同じ存在はいないと言っていた。
しかしシステリアはどうだ……もし……だ。
もしシステリアが外でヴィリと会話している時にもう1人の自分と遭遇してしまい、それが起因して歪みが起きて種が発芽したのなら……先生が壊れてしまった時に言っていた”この世界でも死んでしまった”という言葉。
「分かった。協力させてくれ」
『判断が早くて助かるよ』
俺と魔女は協力し合うことで同意した時だった。
先生は何かのボタンを押す。
すると部屋の扉が完全に閉まり、扉と壁が同化し回転する。
「…………勇祐、もうこの世界は終わりだ。 でもせめて君だけは生きてもらう、それが私の本来来た目的だからね」
「……」
「なんだよ!お前はお前が生きたいが為にここまで来たんだろ?本望じゃないか!それでいいじゃないか!ここで多くが犠牲になったとして君には関係ない」
俺は無言で先生の元に向かう。
涙を流して、覇気がなく涙を流して笑う先生の人格は完全に壊れている。
俺がどうこうできるなんて思ってないし、そもそもこの先生の状況で言葉が通じるとは到底思えない。
それすら分かっている。
だけど俺は先生の元へ向かう、歩みは決して止めはしない。
先生の目の前にたどり着く、近くで見ればより一層その姿は小さく窶れており、髪は乱れて顔は見えない。
このまま放っておいたらこの人は自殺するだろう。
掠れた声で、か細く笑う先生。
俺は右手を先生の頬の隣に持っていく。
「なんだよ! 今更同情か? もういいんだ! 」
そこまで言った先生の頬を大きく振りかぶった右手で思いっきり平手打ちした。
響く音、反響するのは現実を生きている鈍い痛み。
赤らむ頬が先生に現実を突きつける。
「システリアはまだ生きているんですよ……何諦めてるんですか?」
「生きている? それは今の話だ!いずれ未来で死ぬなら意味が無い!」
再度俺は彼女の頬を強く打った。
「未来の話なんてしてない、今の話をしてるんです」
「はは……それで何が変わるんだよ……なんも変わらなかった!知っている!それは私の人生が1番わかってんだ!」
「…………貴方はどんな形にしろシステリアと出会えたじゃないですか」
「っつ……」
「貴方は!」
声を荒らげる。
先生の言葉を俺はかき消す。
「未来が変わらなかったなんて言いますが、きっと変わってるんです! それは貴方がここにいることが証明してるじゃないですか!! 魔女がここにいる事が証明してるじゃないですか!!」
そう、先生が努力したからタイムリープマシンは完成した。
先生が抗ったから人類は希望を持つことが出来、魔女すら協力してくれようとしている。
先生の行動は無駄なんてものじゃない。
ただ本人の意思に沿った形じゃなかったただけ。
「行動したから未来が、今が存在してるんです。 努力した人がそんなこと言わないでください」
「……勇祐……外に出たら死ぬぞ?」
「後悔して生きるぐらいなら後悔なく死にたい……それができるなら寧ろ本望です」
「ふふ……そうか……そう……だな……」
先生は唐突に立ち上がり部屋の壁にある大きなコンピューターを起動させる。
すると、部屋一面に、20個近いモニターが広がって起動後に無数の文字列が表示され始める、機械になにか、物菅井速度で入力しているが一体先生の身に何が起きたんだ?
『システリアが生きているなら……まだ間に合う』
魔女と先生の目には光が入り、希望を含ませていた。
どうやらこの状況でのシステリアの安否はとても大きい情報だったらしい。
相変わらず状況が読めない俺に魔女は気がついてふふ、と少し笑った。
『英雄くん、まだシステリアが生きているということは彼女を生かし、歪みを破壊することが可能だということなんだよ』
「システリアが死なずに済むんですか?」
『あぁ、生かすと言っても重なった2人の内1人を別の世界線に転移するって事だけど』
それは死を覚悟していたシステリアにまだ幸せな未来を歩める道があるということ。
俺と魔女がたったそれだけの会話をした間に、先生は何かを打ち込み終わる。
先生がくるりと回って此方を振り向くその姿は、いつもの適当で活力のある目に戻っていた。
「勇祐!! 未来を変えるぞ!! 未来型兵器と……いや未来に色を取り戻すために抗う少女達と共に!!」
俺はその意気揚々と覇気を取り戻した先生と魔女と目を合わせる。
「はい!!」




