決裂1
『お願いは一つまで……何かあったら胸に手を当てて……』
少年の囁きで俺は目を覚ます。
俺は大きな欠伸をしながら体を伸ばす、最近は夢にまで変なものが出てきていて大変だったから久しぶりによく寝れた気がする。
なんだろう……なんか変な夢を見ていたの様な気もするのだが……駄目だ、全くと言って良いほど思い出せない。
「そんなことよりここはどこだ?」
なんでかわからないけど体が包帯でぐるぐる巻にされていて動きにくい事この上ないし、自分の置かれている状況が全く理解できない。
ふうーっと一息ついて眠る前の記憶を整理してみる。
俺はあの夜システリアと一緒に未来の敵と戦闘を行ない勝利した末に気絶、だとしたら気を失った俺をシステリアがこの場所まで搬送したくれたのだろう。
一応近くにシステリアがいないか念話を試みてみるが一向にシステリアの気配が感じない。
俺は今寝ていて目を覚ましたといことは現実で今日はもうすでにシステリアの言っていた魔女災害決行、当日。
先生に災害のことを伝えた時、オリュンポスの神々によるクロノス復活を阻止する為の終焉だと言っていたが……
(これから先は全くの未知数、まだ何も起こってなければいいがけど)
さて、如何したものか。もしことが起こるまでに多少時間の猶予があるのならヴィリ、先生、システリア、俺の4人で一度話をしたいのだが……うーん。誰か様子を見に来るのかと待ってはいるものの一向に人が来る気配を感じないし、これ以上は時間の無駄だな。
そんなこんなで先程から周囲を確認しているのだが、なんというか……牢獄か何かなのかと疑うほどあまりにも味気がないな。部屋にあるのは点滅する消えそうな蛍光灯と俺の寝ていたベットが一つあるだけ、それ以外、例えば窓も何もなければドアらしい物も目視で確認できない。
「ここどこよ、軟禁でもされてんの?」
呆れているとドスン……と地震だと勘違いしてしまう程の揺れが部屋を襲った。
外は大丈夫だろうか。
底なしの不安が俺を掻き立て、反射的に部屋から出るためのドアを探すために、激しい揺れに抗いながらも立ち上がって部屋の壁を探る。
ただでさえこの部屋は蛍光灯が中央に一個しかないから壁は真っ暗闇で分からない。
3周ぐらい部屋を回るとようやくドアノブのような突起物が手に当たる。これで外に出られると安堵する反面、外に出て現実がもう終わっていたらという恐怖、俺は震える手でドアを恐る恐る開いた。
外は長い廊下で蛍光灯がずっと向こうまで光っていて、四方は未だコンクリートしかなく窓らしいものは見当たらない事にただならぬ嫌な感じがする。
変わらない風景の廊下を真っ直ぐ当てもなく歩き続けていると目の前に階段を見つけた。
階段の先には自然の光が差し込んでいて、途方もなく続くと思っていた施設のような建物からやっと外に出られると胸を撫で下ろして安堵しながら登る。
たく、本当に俺の身の回りで一体何が起きってんだ?システリアがこの場所に運んできてくれたのは間違い無いと思うけどそれにしてもこんな変な隔離施設のような場所に入れるなんて冗談じゃない。せめて先生の家とかなら理解できるが……まさかここが先生の家?な訳ないよな……
1人で苦笑いしながら階段を登った先で、俺は目の前に広がる光景に絶句する。
「おい……なんだよこれ……嘘だろ……」
視界の先に広がっていたのは炎で燃える街並みと人々の阿鼻叫喚の地獄絵図。
見た事のある光景、嫌な予感は的中していた。
先程躊躇いながらも開けたドアの先の現実はもうすでに……
終焉が始まっていたのだ。
*
呆然としながら光の方へと歩く。
時刻は4時30分、闇に包まれる世界を確認し、己の浅はかさを羞恥する。
俺はこの世界が前の世界と同じように進むと勝手に思い込んでいた。いや、先生から聞いた世界線の話を事実とするなら世界の大きな分岐点の時間が変わることはない……じゃあこれは一体何が起きているだ?
頭がふらつく、現実が認識できない。
家族のこと、鏡花のこと、藤司のこと、システリアのこと、ヴィリのこと……愚案と絶望が入り混じり感情を蝕む。
俺がその場で茫然自失となっている時、聞き慣れた声が俺を呼ぶ。
「おはよう勇祐……」
そこには燃え盛る街を眺めながら暗い部屋で湯気の立つコーヒーの入ったコップを片手に黄昏ている先生が居た。
いつもの雰囲気よりずっと落ち着いている。
「……もう、退院なされたんですね」
立ち尽くしている俺に先生は座っている机を小さく人差し指でコンコンっと叩いて椅子に座りたまえと指示をしてきた。俺は言われるがまま何も疑うことなく、先生の向かい側に座り、その光景を2人で見る。
コップから湯気が見えなくなってきた。
お互い、このリビングの窓というスクリーンに映し出される世界に、夢中になる。
「君は……これを見てどう思う?」
「……魔女災害……ですか?」
淡々と率直な感想を答える。
俺の答えに先生は何も言わず、冷めかけのコーヒーを口に当て、その中身を飲み干して一息はいた。俺の知っている陽気な先生とは違ってどこか諦めてしまった様な声音で俺の顔を見る事なく口を開いた。
「未来の分岐点、魔女の誕生、世界の終焉……それら全ては今日の22時47分に降り注がれるオリュンポス彗星群によって引き起こされる確定した事象。 そしてその先に君が生き残ればきっと世界は新たな道を辿る、私はそれにかけてこの世界に来た……そして私は昨日までは本来辿る筈の未来の魔女が、未来を正すために災害を起こすとと予想してた。しかし未来ので最後に生き残った魔女はありえない存在だった。」
コップの淵を両手、親指でなぞりながら今までの経緯を説明し始めた。
その時先生がどの様な表情をしていたのか……この時の俺はそんなこと如何でもいいぐらい、分からなくなっていた。
「今の現状がそれなんじゃないんですか?」
「勇祐…………本当にすまない……私は……過ちを犯してしまった」
「過ち?」
俺がその言葉に反応して、ようやく先生に目を向けて気がつく、酷く憔悴しきっている様な雰囲気、目には涙を浮かべて手は小刻みに震えている。 未来を変えるためにこの人は努力してきたんだろう、そしてそのために多くのできる事を行なって……できる手を費やしたのだろう。
しかし、その結果がこの地獄……俺は乾いた眼を先生に向けて同情した。
俺が目を向けて気がつく、先生の容姿は25代そこらで意外にもずっと小さかった。
なぜ今まで気がつかなかったのか。それは多分先生のこの小さな背中に、背負いきれないほどの残されて逝った思いが担がれていたからだと思う。本来の彼女の姿を認識してしまったことで何故か心が堪らなく苦しかった。
「私は未来を変えるために未来を捨てた。 しかし見るべきだったんだ……未来の行く末を、その最後を、クロノスという存在を……勇祐……すまない……これは……これはもっと別の要因によって引き起こされたもの、君の中に存在するクロノスを抹消するために行われているオリュンポスの神々が行っているジェノサイドだ」
震える声で必死に伝えられたその言葉は先生が昨日予想していたものだった。
俺はその光景を見て言葉では言えない怒りのような憎しみのような不思議な気持ちになった。もしそうなら以前俺が死んだ世界も同じようにゼウス達オリュンポスの神々によって引き起こされた大量虐殺だったのだろう。
覚悟というものはこういう事を指すのだろう。普段よりずっと落ち着いているのに心臓の動悸が異常に激しく、その心音は静まった部屋で耳にまで届くほど高揚し、血液を昂らせる。
先生はコトンっと一区切りをつけたようにコップを机に置いて響かせ、俺を現実に戻した。
「ついて来てくれ……全てを説明しよう」
そう言って先生は立ち上がり俺の上がって俺が先ほど登って来た階段の方に足を運んだ。
「先生……どこに向かってるんですか?」
慌ててついていく俺、やはり俺が居たのは地下だったのか。だとしたら本当にここは先生の家?周囲を見渡しながら必死に付いていく、この入り組んだ迷路の様な構造、一度見失えば迷子になる。
先生の後ろに付いて進み続けると景色が少しずつ清潔感を増して、研究所のなりに変わってくる。
てっきり再度あの不気味な部屋に戻されるのかと思ったが違うようで安堵する。
俺があの……と一言先生に問いかけようとしたら先生は言葉を遮るように話を始めた。
「昨晩、君が神格人種と接触中意識を失っている時にシステリアの元にヴィリを向かわせ、到着した時には勇祐は満身創痍、急ぎ私の家に搬送されそのままナノマシーンによる治療を行い、君は一命を取り留めた。 それから君が寝ている間にヴィリとシステリアは外で話を、私はディットと接触し魔女災害についての概ねを聞いていた、ここまでは君から伝えられたシステリアの伝言によって物事は何事もなく順調に進んでいた……」
一度も振り返らずに淡々と話すその内容を聞いを聞いて理解した。
あの戦闘で俺が気を失った後、システリアの近くにあった人影はヴィリだったのか。それで瀕死の俺を一緒に先生の家に運んでくれて、2人は外で話をしていた。
ならなんでシステリアの反応がないんだ?別に反応がないだけでシステリアは今も生きているけど、それでも2人の姿が見えないのは不自然すぎるし、先生の言い方も過去形だし違和感がある。
それにしてもやっぱりこの巨大な要塞の様な建物は他でもない先生の家だったのか。
今歩いている地下通路もそうだが、この一変した研究所のような白く機械に覆われた通路……家を買った様には見えない。間違いなく1から作ったのだろう。しかし如何やってこれほど大きい建物を?普通にこの規模の物を建てようとすれば億は軽く超えるだろう、そういえば先生は会った時に時差がひどいみたいな事を言っていた気がする。
ということは相当前からこの時間に飛んできていて何かすごいことしたとか?
その事実に驚きつつも俺は先生の話の中で一番気になることを質問する。
「思っていた?何故疑問系なんですか?」
「……勇祐、これから会ってもらうのは君の知らない未来を生きた魔女だ。 そこで全てを話そう」
そう言って開いた扉の向こうに居たのは1人の幼げな少女だった。




