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未来色少女  作者: 葵鴉 カイリ
3/41

起動3


「そう言えば一昨日さ、鏡花となんか見に行く約束してたよな?」


 まだ人が少ない早朝の車内、いつもの様に空いた座席に座りながら適当な会話をしていた時に俺はふと思い出し、鏡花に尋ねた。


 するとどうだろう?彼女はキョトンとした表情で固まってしまった。 もしかして地雷を踏み抜いたか?


 流石に今ここで暴力を振るわれると救急車行きの可能性が出てくる……いつもなら1度ストレスが発散されると数日は特に問題ないのだが、たった今の一言で彼女のストレスが急上昇してしまったのだとしたら非常にやばい。


 俺は慌ててその場しのぎの言葉を並べてみるが彼女の反応は固まったままだ。


 俺は一息ついてから電車の車窓を眺めて、完全に諦めに入っていると鏡花が口を開く。


「一昨日?なんの事?」


 首を傾げてこちらを見る鏡花。怒って……ない?いや、それどころか約束してた事すら忘れている?


「いや、一昨日の夜、俺行方不明になっただろ? その時に……」


「あははは、さっきからユウくん何言ってるの?もしユウくんが行方不明になってたならユウくんママが絶対に学校になんて行かせてくれないでしょ。」


 腹を抱えて笑う鏡花、確かに彼女の言ってることは一理ある。俺は1度行方不明になった前科持ち、しかも今回は行方不明になった時の記憶がないときた。


 そんな俺を家族は翌日なにも心配せずに送り出すだろうか?否、ありえない。


 どんな家庭だろうと行方不明になった次の日にケロッとした顔で子供を学校に行かせるなんて、よっぽど子供に興味がない限りありえないとのだ。


 ではどうしていつもの様に学校に送り出したんだろう、てか、何んで鏡花は一昨日の事を覚えていないんだ?


 違和感、全てが不自然に感じる。


 俺はもしかしたら今も行方不明で、夢を見ている?


 そもそも行方不明なのか?


 俺は……俺なのか?


 全てが疑心暗鬼になり始めてくる。


 深刻そうに悩んでいると、鏡花がこちらを心配そうに覗き込んでいた。


 もしこれが夢なら……


「鏡花……」 


「なっ何?」


 少し深い深呼吸をして、覚悟を決める。鏡花の肩を持って真剣な顔で見つめると顔を逸らされたがそんな事はどうでもいい、もし夢なら俺は強い刺激が必要……!


「俺を……殴れ……!」


「……は?」


 うすら目で、少し眉間がひくついている。

これは間違いなく怒っている、という事は……来る!!


 俺は目を閉じて覚悟を決めると、ほっぺを抓られた様な痛みがじんわりと伝わってくる。


「ふへ?」


 抓られた様なではない、鏡花は俺の頬を餅でも伸ばすかの如くゆっくり抓っているのだ。


「まだ夢の中ですか?」


「ほきまひた(起きました)」


「よろしい」


 鏡花は少し膨れながら、俺の頬から手を離す。


 度肝が抜けた、殴られると思っていたのにただ抓るだけ?ということは最近ストレスが発散されたということか?


 鏡花は確かに昨日教室に入ってきて俺を殴った。もしあの出来事が本当だったなら今現在ストレスがないことにも辻褄が合ってくる、しかし、もしそうならどうして俺が行方不明になっていた事実を知らないのか?


 そんなはずはない。先生は確かに昨日、クラス全員に俺が行方不明になったことを確認したと言っていた。


一体何が起こっているんだ?


「ねぇ、ユウくん? ほんとに大丈夫?」


「ん?あぁ大丈夫だ。」


「そっか……それで話の続きなんだけどさ。今日放課後、都内で新型AIの発表があるんだけど良かったら藤司君と3人で一緒に見に行かない?」


「いいよ、確か今日は火曜日だから……」


「やった。」


 新型AI……発表……なんだ、違和感があるのに妙にしっくりくるような。昨日?いや、一昨日……3日前か、あの時も確かこんな朝で……


 瞬間脳裏に全てが蘇る。


『そっか……それで話の続きなんだけどさ。今日放課後、都内で小説家、宮間健先生の新作発表があるんだけど良かったら藤司君と3人で一緒に見に行かない?』


 少し違うが、俺は確かに3日前の朝ほぼ同じ状況で同じような会話をして、約束をして、そして俺は放課後……忘れ物を取りに教室に戻った時、小早川さんに出会って……


「っつ」


 記憶を思い出そうとすればする程、思考にノイズが走る。


 あの時……何が起きた?


『ザザザザ』


 頭痛が激しい、思い出すことを拒絶している。


 集中しろ。


 小早川さんと出会って何があった?


 確か……


 痛かった気がする。


 暑かった気がする。


 寒かった気がする。


 苦しかった気がする。


 何故か……辛かった気がする。


 思い出せ……思い出せ、思い出せ!


 あの時、あの場で、俺に、小早川さんに何が起きた?

夕日の差し込む教室で生暖かい液体が俺の手について……

ようやっと思い出した過去が、脳内でフラッシュバックする。


 小早川さんは無表情で目の前にいて、彼女の左手は俺に触れて……触れていた?


 いや、触れているのではない、体を、心臓を貫いていたのだ。


 大量に流れる血液、体は熱くなっていくのに意識は遠くに落ちていく感覚。


 あれは……あれは死だ。


 俺はあの時死んだんだ。


 フラッシュバックが終わり、意識が現実に戻ってくる。


 その恐怖で鳥肌が一気に立ち、大量の汗が毛穴という毛穴から一気に溢れ出す。


 震える体、恐怖に満ちた脳内で、俺はふと疑問に思った。


(あれ? じゃあ俺はなんで生きているんだ?)


 いや、そもそもなんで鏡花は3日前と同じことを言って、俺も火曜日だと反応した?


 今日が3日前の火曜日になっている?


 いや、そんな筈がない。今日は間違いなく金曜日だ!


 急いで携帯を開いてカレンダーを開く。


「は?……どういう事だよ?」


 震える手指先、日時は間違いなく2020年6月2日火曜日……時間が……戻っている?


 そんなことがあり得るのか?これは現実か?いや、でもさっき頬を抓られた時確かに痛かったし、もし過去に戻っているなら今の鏡花の反応に納得がいく。


 しかし何故だ?なんで俺は過去に戻っているんだ?


 ただ過去に戻っただけならそれはそれで理解のしようはあるが、明らかに違和感がある。それは行方不明になって俺が教室で目を覚ました時に鏡花が俺を思いっきり殴った事だ。


 これは鏡花のストレスが完全に溜まったことを意味している。


 もし俺が本当に行方不明になる3日前に戻っているのなら、現状鏡花のストレスが溜まっていても何らおかしくないのだ。


 しかし、鏡花は俺に暴力を振らなかった。


 敢えて彼女が大嫌いな殴る蹴るなどの暴力的な言葉を使って挑発したにも関わらずにだ。


 鏡花は病気が発症することなく、それどころか普通の女の子のような反応をしている。


 これはあまりにも不自然すぎる……


 どういうことだ?この状況、もしかして俺だけが別の世界にでも来てしまったのではないだろうか?


 だとしたら何故このような状況になったのだろうか。


 そもそも……本来の木曜日の時点で不可解な事は起きていた。


 殺されたはずの俺が生きていること……


 そしてそれが行方不明という扱いになっていたこと……


 クラスメイトの大半が教室に入った瞬間に俺が行方不明になっていたことを忘れてたこと……


 切迫した状況で俺は携帯を何度も確認したが、確かに火曜日だ、間違いない。


 あくまで憶測だが、今この状況は誰かが故意的に作り上げているとしか思えない。


 だが一体誰が何のために?心当たりがあるのはやはり、先生に強制的に連行される寸前、小早川さんが言っていた言葉だ。もしかして、あの時俺が小早川さんの言葉に返事をしたことが起因して過去に戻ってしまったとか?


 いやいやまさか、殺しておいて過去に戻すなんて……


 ……でも可能性はあるし、俺を殺した彼女がもし今の状況を作り上げているならそれが一番しっくりくるのも事実。今までの俺ならこんな仮説を立てることなんてなかった。


 だけどあの時、俺は確かに見た……見てしまったのだ。


 今の技術では不可能なほど洗礼された、半透明で機械的な翼を、頭上に浮いているリング、それは天使と比喩してしまいたくなるほど美しくそして余りにも技巧的な楚々たる姿を。


 だからこそ俺は確信している。


 彼女は同じ時間を生きている人間ではない。


 昨日、木曜日の朝、クラスの皆が俺の行方不明を思い出して動揺していた中で小早川さんだけは一切顔色変えずいつも通りの反応で、それどころか俺に変なことすら問いかけてきた。


『タイプhを起動しますか?』


 もし小早川さんがこの状況を作り上げているのなら俺と同様に今日2度目の火曜日を送っている可能性がある。


 だが全ては仮説に過ぎない、だからこそ本人に聞くのが一番手っ取り早いだろう。


 1度俺を殺した相手だ。死ぬ事が怖くないと言ったら嘘になる、だがもしも仮説が正しければ、殺した後にわざわざ生き返らせる何か理由……目的があるんだろう、だったら少しぐらいは話はができるはずだ。


俺はそう奮起し、2度目の火曜日を過ごす決意をした。


 *


 教室に着くと隣の席の小早川さんはいつも通り難しそうな本を読んでいる。本の題名は……ギリシャ神話における世界の成り立ち?凄いな、俺も今度読んでみよ。


 そんなことを思いなが普段の癖で彼女のことを机に顔を伏せながら見ているとふと思った。


 俺はなんで彼女にこんなに夢中になっているんだろうと。


 確かに容姿端麗で全てが完璧すぎるだけでも十分理由にはなるんだが、それだけじゃない気がする。


 腕を組んで唸りながら後ろにそりかえって親友に聞いてみる。


「なぁ藤司?」


「ん?なんだ?」


「異性に夢中になる時ってどんな時?」


「っつーそうだなぁ。 やっぱ恋じゃね?」


「だよなぁ。」


 恋か……今までそういうもの余り縁が無かったからわからないだけなんかなぁ。


 鏡花のことばかりで俺自身、周囲の異性と逢瀬するような機会がこれっぽっちもなかったことも事実だし……


 それでも俺は俺を殺した相手に、殺された後も好意を持っているほどいかれてもないと思うんだよな。


 でも気になるのは事実だし……


「……そいや藤司はまだ恋してんの?」


「っぶ」


 赤面しながら吹き出す親友、こいつも変わらねぇな。


 中学3年の頃から藤司は鏡花にゾッコンで、最初は俺と鏡花がいつも一緒にいることが気に食わなかったらしく、よく俺に突っかかってきていたが、ある事件がきっかけで鏡花の病気が広まってしまった。


 その時にクラスの全員が白い目で鏡花を見ても、藤司だけは決してそんな目で見ることなく、むしろ俺と一緒に鏡花を庇ってくれた。


 それからはよく連むようになって、俺はその時から藤司と鏡花の中を取り持つために応援しているのだが、これがなかなかのヘタレで告白もせずに片想いのまま現在に至っている。


 最近は鏡花のことをあまり話さないから別に好きな人ができたと思っていたがやはりそんな事はなかったかこのヘタレは。


 俺は呆れたように藤司を見た。


「お前さ……いつになったら進展するんだよ」


「別にいいだろ……俺だって……」


 声が小さくなっていく、これだよ。


 こいつ、運動神経バリバリでガタイも良くて、鏡花に一途だからこそ他の女子と普通に話せちゃう、そしてそれがまた気さくな性格だから余計モテてるんだよな。


 なのになぁ、なんでそれが鏡花にもできないかなぁ……奥手がすぎるのよな。


「俺のことよりも急にそんな話題振ってくるってことはなんだよ? 勇祐?お前もついに恋する年頃か?」


「恋はしてるさ。俺が誘拐されたときに……」


「あぁはいはい。それはもういいから、現実見ようぜ」


「お前が言うなよ」


 そんなたわいもない話をしながら気を紛らわすために俺達2人でゲラゲラと笑った。


 *


 それからいつものように授業が始まる、最初は半信半疑だったけど、先生の授業から友達との会話まで、それら全ての事象が完全にデジャヴ、こうも想像通りだと気味が悪い。


 なんか今日過ごしてみてタイムループ物のラノベ小説の主人公の気持ちが少し分かった気がする。


 色々機会を見つけては小早川さんに話しかけようと試みてはみるが、声をかけようとすると間に他の生徒が割って入ってきたり、転んだり、紙屑が飛んできたり……悉く彼女と接触できない。


 まるで見えない結界でも働いているのかと思うほど如何せんタイミングが悪く、そんなこんなでいつもの日常が過ぎてあっという間に放課後が来た。


(今日はタイミングが悪い、明日また声をかけよう)


 ため息をつきながら諦めて、いつもの様に帰る準備をして、俺は席を立ち小早川さんの隣を通る、瞬間確かに彼女は呟いた。


「タイプhへータ異常なし」


 足が止まる、その言葉は1度目の火曜日に絶対に聞いていなかった言葉……そう、その言葉は……


『タイプhへータ起動しますか?』


 木曜日に俺が彼女に問われた言葉だ。









読んで頂きありがとうございます!

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