終わり2
そんなこんなで俺の部屋にシステリアが寝ることになった訳なのだが……どうしよう、全然寝れない。
普段寝ているベットはシステリアに貸して俺は床に布団敷いて寝ている。こうして硬い床で寝るのは久しぶりで寝心地はあまり良くはないが懐かしい気持ちになる。
(子供の頃は川の字で兄妹寝てたっけ?)
少し遠くなった天井を冴えた目でじっと見つめ、数十cm低くなった視界の広さに幼い頃の変な懐かしさを感じる。
変な感傷に浸りつつ、横目でチラリと隣に目をやると、やはりそこには膨らんだ布団が見える。
(夢じゃないんだよな、俺の隣で女の子が寝てるんだ)
少し息を吐いてから、再度真上に目をやると、目覚まし時計がカチッと音を立てる。
どうやら1時間経ったようだ。
早いな……流石にこのままだと、ずっと落ち着かなくって寝ることもままならない気がする……
「……水でも飲むか」
なんとなく思い立って俺は立ち上がり扉の方に向かう為に足音を殺してゆっくりと部屋を歩く、ドアを開ける前、少しだけシステリアの顔を覗こうとも思ったが、女の子の寝顔を許可なく覗いていいものなんだろうかという拗らせた純粋で純情な疑問が俺を責め立てて来た。
(……いや、やめておこう。 それは彼氏の特権だ)
俺は極力早足でドアを開ける。するとドアの向こう側に何かが当たった感触がした。
「痛っ」
「……姉貴さぁ」
開けた先でそこに転がっていたのは頭を抱えた涙目の姉貴だった。どうやら俺たちが夜の営みをすると思って張り付いていたんだろう。
俺が軽蔑の目で姉貴を見下ろすと、姉貴はなぜか膨れっ面で逆ギレして来た。
「何でヤんないのさ!あんたそれでも男か!」
「発情期か!」
「発情期だよ!文句あっか!」
「あるよ! そんなんだからコンパ行っても姉貴は彼氏できないんだよ」
「は、はぁ?あんた触れていいものと触れちゃいけないものの線引きもできないの!?」
「その言葉そっくりそのまま返すわ」
論破されると反論できずに涙目になって、祭ちゃんがいるから平気だもん!なんて言い捨てて姉貴は自分の部屋に逃げていった。
(これぐらい外でも素直だったらすぐに彼氏できるだろうに……)
俺は姉貴を追い払いった後、欠伸をしながら階段を降りてリビングに向かい、食洗機にあるコップに水道水を入れて一気に飲み干す。
「ふぅ」
一息ついて再度コップに水を注いでいた時、階段が軋む音が聞こえた。
また姉貴か?面倒だ、さっきはシステリアが寝ていたから大声は出さなかったが、次ウザ絡みして来たらしっかりと俺たちに今日期待できないことを伝えてやろう。
「姉貴さぁ」
そう言って一階に降りて来た人物に声をかけるとそこにいたのは意外にもシステリアだった。
「あはは、おはよ」
そう言いながらはにかんだ表情で軽く手を振っている、寝巻きの、同い年の、可愛い女の子が……
これは新婚生活の擬似体験なのではないだろうか?家族ではない女の子が家でおはようと言ってくれるこれは本当に夢なんじゃないだろうか?だ、だめだ。
動揺の隠せない俺の手から落ち着かせるために飲んでいた水の入ったコップがするりと抜ける。
「あ、勇祐」
「え」
俺が声を出した時にはすでにコップは床に転がり、水が周囲に溢れ広がってしまっていた。
「ありゃぁ、未来じゃ水ってすごく貴重なんだよ?」
そう言いながらシステリアは風呂場にあるタオルを持って来て一緒に拭いてくれた。笑いながらいつも通りの反応をする彼女、さすが痴女発言や行動を堂々とするだけのことがあって一緒に寝るぐらいじゃ問題ないのだろう。
肝が据わってる……俺なんて一緒に拭いているこの時もシステリアのブカブカの寝巻きからチラつく下着が目に入って体の昂揚が治らないってのに……普段通りのシステリアに俺は言葉を返せず無言の時間が進む。
床に溢れた水を拭き終わると、システリアにお茶を出してあげた。
「もしかしてさっき起こしった?」
「んん、ずっと起きてた」
「そ、そうか」
「うん」
また少しだけ間が開く。
どうすればいいのか全くわからない、会話ってどうやればいいんだけって?
女の子と話すこと自体がそもそもないし、ヴィリとやっと話ができる様になったばかりのヘタレにこの状況は辛すぎる。そういえばどうしたのだろうか?システリアも妙に静かだ……
なぜか気まずくなり始める空間、俺は少し音を立てながらお茶を啜っているとシステリアが口を開いた。
「勇祐、少し散歩しない?」
にこりと提案してきたシステリア。
「そうだな、このままじゃ寝れそうにないし気分転換にはちょうど良さそうだ」
俺は彼女の提案を快く承諾して、2人で街頭の少ない道路を歩くことにした。
大きく丸い満月は、全ての色を吸い取って、口いっぱいに頬張りながら吐き出さないよう我慢しているのか顔が真っ黄色くなっている。
月から漏れ出した色は薄い青色、システリアの姿が闇に溶けてしまいそうで不安になってしまう、そんな夜だ。
家から歩いてそんな感傷に浸っているとシステリアがゆっくりと口を開く。
「……勇祐に話しておかないといけないことがある」
「どうした急に?」
「今日私が君と会う前の出来事」
「……」
俺は躊躇った。
今日システリアにあった時、彼女はぼろぼろで背中の羽が捥がれていた。
髪の色は毛先から数ミリ青みがかっていて、昨日会った時の様な美しさは全くと言っていいほど無く、先程公園で俺がシステリアに近づい時、彼女は勢いよく抱きついて何も言わなかったし、相当辛い思いをしたのだろう。
ただでさえこの世界に来た理由が理由だ、これ以上辛いことを話して欲しいなんて俺は彼女に求めれなかった。
「それは…………どうしても話さないといけないことなのか? それが苦しいことなら話さなくってもいい……」
俺は俯いて小さく答える、きっと彼女にこの言葉は無意味だ。
彼女は兵器……だから未来のために伝えないといけないことは伝えるし、そこに自身の気持ちなどを尊重できる程の余裕はない。勝手なのは分かっている。
だけど……
たとえ無意味だとしても、君だって生きている人間なんだと、選択肢があるだということを伝えたかった。
それが俺のエゴだとしても……
少しの沈黙が再度続いた後、システリアはクシャリとした笑顔で口を開いた。
「ありがと、でも気にしないで、これは話さないといけない事だから」
「……そうか」
「うん。 あの後、君と離れてから私は未来の敵と遭遇したの」
「それって……!」
まさか先生が言っていた俺とシステリアを抹殺しに来ると言っていた存在のことか?
もうすでにシステリアに接触していたとは……
「あはは、いやぁまさか送られてくるなんて意外だよ。 私も一生懸命抵抗したけどこのザマでさ。 まぁどちらにしろ明日には災害が起きて私は死ぬんだろうけど。 その前にお願いしたくってさ……勇祐、君には未来型兵器と……ヴィリと契約して欲しい」
そう言いながら胸に手を当てたシステリアは真剣な眼差しで、俺を見ていた。
「ヴィリと契約?」
「そう、契約は簡単で君と手を繋いでどパスを通すの。 そうすると私たち兵器の中に存在するクロノス因子がクロノスの血液に反応して本来の力を使える様になる、ただ距離が離れればその分弱くなっちゃうんだよね。 あ、でも気にしなくても大丈夫だよ、ヴィリや私は所詮兵器、死ぬ為にある様なものだから」
そう言って笑うシステリアは普通だった。
当たり前のことを説明するように口からするすると言葉出ていた。
彼女が言う兵器としての死、それは間違いなく兵器としての本望でそう思う事は至極当たり前のことなんだろう。だけど彼女の言う言葉を俺は是とは思わない、もし彼女の言葉を了承してしまったら俺は明日、あの巨人から生き延びる為にヴィリを道具として利用するということになる。
もし道具になって欲しいとヴィリにお願いしたら彼女は快く承諾してくれるだろう、だけど俺はその選択の先にあるものを見て、知っている。
ボロボロになりながら戦うヴィリを。
先生が片腕を失いながらも必死に未来を変えようと努力する姿を。
俺が……何かをきっかけに心を壊し、殺されるそんな未来を……
あの世界での俺は何も知らず、何も出来ずただ戦う為に飛び立つヴィリを嘆く事しか出来なかった。
このままヴィリを戦わせに行ったあと心を壊すぐらいなら俺はヴィリと同じところで戦いたい。
たとえ契約が主従関係だったとしても。
「すまない。 俺はヴィリを兵器として扱うことはできない」
「は?なぜに!? 自分の言っていることを分かっているの? 君が契約をしなければヴィリはクロノス因子の本来の力を出すことができずに死んでしまうんだ、私は……私達は君に生きてもらうないと困るんだ!! 未来に人類を導いてもらうために!!!!」
俺が頭を下げるとシステリアは声を荒げて立ち上がる。
「わかるけど……」
俺が言葉を放つと同時にすごい剣幕でシステリアが俺の服を掴み、持ち上げる。
その腕力は凄まじく、据わっていた俺を軽く持ち上げるほどだった。
「わかるけど? 勇祐!君は自分の立場を理解しているのか! 世界の命運がかかっているの! 子供染みた我儘が通るほど世界は甘くない! 貴方はあなたの役割を……」
システリアの言いたいことは痛いほど伝わっているし、それを否定したいわけじゃない。
でもさ。
だけどさ。
俺は涙を流しながら、怒りをぶつけるシステリアの言葉を遮って声を低くして反発する。
「俺の役割? そんなこと知るかよ、勝手に俺に縋って来たのはあんたらだろ? システリアは俺が好きでこんな力持っているとでも思っているのか?」
「それは……」
言葉を詰まらせるシステリア、ここで論破する気なんて全くない。
寧ろ女の子とあまり関わったことがないから嫌われたくないし、全力で訴えて来ている彼女を否定したくない。
もし普段の俺なら彼女達未来人の気持ちに理解を示しただろう。
ヴィリが泣きながらに先生に訴えたあの時の感情を俺は忘れない。
全てを置き捨てて全てを利用して未来を変える為の先生の覚悟を俺は尊重している。
苦しい立場でも一人で抱えて笑って接しているシステリアを苦しい程素敵だと思っている。
荒ぶる感情をグッと堪えて、鋭く尖っているであろう目を下に向けてシステリアの肩を掴む。
「システリアはさ……知ってるか?この力は死にながら世界線を移動できるんだよ。 それでさ、世界線が違うとさ、みんな同じなのに違うんだよ。 今までの思い出とか出会いとか……たった2日でどれだけ思い知らされたか。 しかもこれが最後だなんて言われて……それってもう今の俺と思い出を育んだ友人とは、家族とは2度と会えないって事で……それでも未来の為に生きろって、希望だって言われ続けて……俺知ってんだよ、前の世界のこと、そりゃ酷かったよ。巨人が街を蹂躙するんだ、火の海で人々の焼死体がゴロゴロと転がってその匂いが鼻について息するのも苦しくって」
(口に出せば口に出すほどあの時の事が鮮明になっていく、匂いも、光景も何もかも……)
「途中で傷を負ったヴィリに命を助けられて保護されて」
(そうだ、俺は先生の手を振り解いて戦場に向かい、ヴィリの手を戦場で握って、それで何か熱いものが繋がって)
「結果的に巨人は倒したけどヴィリは死んで、それで……それ……で」
映像がフラッシュバックする。
夢の中で抜け落ちていた記憶、あの時巨人を殺したヴィリを俺は抱えながら何かを見た。
薄らと思い出すのは瓦礫の山に転がる巨人の死体、そしてその上に神々しく笑い佇む人影、亡骸になったヴィリは光を帯びて泡のように消えてゆく、声にならない声を上げ、心が壊れ始めた時、奴を俺は確かに見た。その顔は霧がかかったように思い出せないけど……俺はそれを見た直後心が壊れたんだ。
少しの沈黙、風ひとつ吹かない静けさの中で俺は覚悟を決める。
「システリア……俺も戦う」
「勇祐、何言ってるか分かってるの?」
視線を上げて次は俺が真剣にシステリアを見つめるとシステリアは喫驚しながら正気を疑ってきた。
「分かってる」
「……そう」
少し周囲の葉桜が揺れて、機械音が聞こえる。
それは絶望の音。
終わりは確かに近づいていた。
月夜の中、そいつは美しい光沢を輝かせて俺たちの前に降り立つ。
重く鈍い音が響き、周囲の建物が少し揺れる。
その物体は着地をしたと同時に大きな蒸気を背中にある排気口から勢いよく噴射させ、体が少しずつ変形を始め、機械を全身に纏い重厚装でゴツゴツとした身形は、大きな音を立てて内側へと収納されていく。
声を上げる間もなく気がつくと、目の前にいた大きく硬そうな機械は見る影もなく人型へと変貌を遂げるていた。
そいつは指を小指から折り曲げながら強く拳を握り締め、ゴム手袋をつけているような擦れた音を立てる。
最後に空気が抜けるような音を立てながら機械に覆われていた仮面を頬の方へと収納し、素顔を現す。容姿を見る限り人間とそう変わりない印象だ。
「何故お前が此処にいる! 神格人種」
システリアの柔和な表情が一気に引き締まり、殺意をむき出しにしながら俺を守るように右腕を大きく横に広げて威嚇をする。すぐさまその状況を理解する、間違いなく奴は敵だ。
緊迫した雰囲気の中、そいつはそっと目を開けた。
「対象ヲ確認。 コレヨリ排除ヲオコナウ」




