タイターと未来と兵器4
「何でそう思ったんですか?」
純粋な疑問を先生に投げかける、俺はまだ一度だって”未来からの使者”だなんて匂わせる様なことは言っていない。
それなのに先生とヴィリは何かに気付いた様子だったし、ヴィリを席から外すにしてもわざわざ”敵対反応のサーチ”を命令したのは偶然ではない気がする。
敢えて未来の電波反応ではなく、敵対している反応をサーチするように命令した理由、それは俺が接触した存在が敵対している存在ではないと確信を持っているからだろう。
先生は俺の質問に呆れたように言う。
「そりゃヴィリがこの時代に来てるんだ。 敵さんが現代に来ていて何らおかしな話じゃない。 この世界は私たちの希望であると同時に敵……魔女にとっての絶望でもある。 未来の分岐点である明日に向けて何らかの抵抗はしてくるだろうとは思っていたよ……で? 君が死んでいないという事は始まりか、終わりか、どちらかの魔女が勝ってウチの兵器ちゃんを送り込んだんろうな」
驚愕した。
この人は何処まで未来を視ているのだろう?俺が二人で話す時間が欲しいと言った時点……いやそれよりも前からこうなることを予測していたのだろうか?先生達、未来を変える側からすれば、俺という、稀有な存在に全てを賭けている事は理解に難くない、それにも関わらず俺を放置し、あまつさえ敵側との接触を許した。
俺に残機がないことも知っている上で……
「さすが、未来の天才科学者。 ほんと何者なんですか……」
「そりゃどうも! てことは大筋は合ってるってことかな?」
「はい、俺に接触してきたのは魔女ディットの使いの者です。 魔女は明日災害を起こすためにこの時代に座標として彼女を送って来たらしく……」
そう言って、俺は昨日出会った志摩青原という少女について名前だけ伏せて全てを説明しようとした瞬間、先生は声を荒げる。
「ディットが災害を起こすだって!? そんなバカな!! あり得ない!!」
魔女ディットはそんなにやばいのか?
「嘘じゃないですよ。 確かに接触してきた少女は未来で魔女に拉致され、改造されてこの時代に送り込まれたと言ってました」
「他には?」
「後は未だこの世界の未来は二日後までしか確定してないとも……てか先生、魔女って何者ですか? 未来で何が起きたんですか?」
不思議そうに質問すると先生は震えた声で答える。
「未来で行われたのは外なる存在が人間の少女を1人選んで戦わせた代理戦争……通称天の川代理戦争。 そしてその少女達を崇めた人々が敬称した名こそが”魔女”、魔女にも色々存在していて最も人間に友好的だったのがディット……全てを傍観し、争いを拒んだ魔女だ」
待て……どう言うことだ?
システリアから聞いていた印象と全く違うし、それに全てを傍観して争いを拒んだ魔女?
それなら何で魔女災害なんて物騒な事を起こそうとしているんだ?
疑問が疑問を呼んで頭が混乱する。
「え……っと、先生、何でそんな平和主義な魔女がこの世界に使者を送り込んだんですか? というか未来で地球は終焉を迎えているんですよね? それって結局魔女たちが争った結果で、争いを拒もうと魔女である時点で世界を滅ぼした1人であることに変わりなくないですか?」
頭の中にある疑問を整理できずに質問攻めで先生に食い入る。
俺の質問に対して、顎に手を当ててぶつぶつと独り言を言いながら長考する。
「……世界の終焉は勇祐の言った通り地球の終わりだと思っていた……それは魔女ハイナと魔女ベリルの決戦によって起きると……しかし私がこの世界に来る前にディットに弔ってもらったシステリアがこの世界に来たと言うことはディットが最後の魔女になって全ての権能を得たということか? なら何故魔女災害を? 最後の研究でクロノスの血液を有した少年が言った言葉あれは………………ま……まさか!!!!」
先生の瞳孔が開いて、何かを察したかのように勢いよくこちらに振り向く。
「……私は大きな勘違いをしていた……オリュンポス彗星群を防ぐことで世界の終焉を防げると……」
「ど……どう言うことですか?」
未だ状況が理解できない俺と、何かを察して動揺が隠せない先生。
「世界の終焉は魔女によって地球が滅びることじゃない! それはゼウスの……オリュンポスの神々によるクロノスの復活を阻止する為の終焉だ! こうしてはいられない、今すぐに未来のディットに話をしなくては……自体は一刻を争う」
完全に置いてけぼりになってしまった俺……天才ってすげぇ自己完結型なんだ……
意味は分からないままだが、システリアに言われた事をしっかりと伝えたことで先生の中で何かが変わり、未来で辿るはずの世界線が大きく変わったような……なぜかそんな気がなしてならなかった。
俺は何も言わずに立っていると、先生がベットの横にあった鞄から注射器と小さなデバイスを取り出し、注射器を自身の腕に打ち込み、デバイスを俺に投げる。
「勇祐、出来損ないだが一旦これを耳に付けておけ。 多分私の予想が正しければ、今日もシステリアが君に接触してくる。 そして神にとって都合の悪いシステリアと君を何処かのタイミングで抹殺しに来る可能性が高い。 もしそうなった時にそのデバイスに手を当てたら私と通信が可能だ。いいか?絶対に肌身離さず付けるんだ」
急に渡された小さなデバイスを言われるがまま耳に装着する。
耳の穴を塞ぐような物ではないし、軽量だから負担も殆どない、さすが科学者……って感心しかけたけど、この人今は保健室の先生だよな?何でこんなもの持ってるんだ?
キャラ設定ガバガバだな。
「それで? これからどうすればいいんですか?」
「そうだな。 正直な話私が今まで想定し、計画していたその全てが根底から覆されてしまった、だから今言える事が少ないが、1つだけ頼まないといけない事がある」
*
「はぁあ」
いつもの癖で深いため息を吐く。
病院の外、中庭にあるベンチで頭を下げていると首にキンキンに冷えた冷たい物が当たる。
そこには自動販売機で買ってきたばかりの缶ジュースを両手に持っているヴィリが居た。
どうやらひとつは俺のために買ってきてくれたらしい。
「あ、ありがとう」
そう言って俺はヴィリからよく冷えた缶を受け取り、飲み干した。
チラリと横目でヴィリを見てみると、彼女は飲みかけの缶をベンチに置いて襟元を左手で摘んで服の中に風を入れていた、首元から垂れる汗が鎖骨にを通って襟の中に入っていくのが見える。
なんか、姿が変態もするし兵器って自称してたからそうだと思い切っていたが、やっぱり忘れ物したり、こうして普通に汗かいたりしていると人間にしか見えないな。
すっと視線を上げると、ヴィリが少し頬を赤らめていた。
「えっち?」
「何で疑問系?」
「えっち」
「いや、伝わってるから言い直さなくてもいいよ。 なんかさ、どう見ても君が兵器に見えないんだよね。 天使みたいになって異能力を使える事は知っているけどそれでもこうしていると普通の女の子だなって」
飲み干した空き缶を両手で軽く握りつぶして呟いた。
蝉の声がようやく聞こえ出した初夏、夕暮れの訪れを小さな虫たちが声を出して知らせ始める。
オレンジ色になったひと時の世界で、少しだけ間を開けてからヴィリが口を開く。
「私は……兵器。 普通になんてなれない、普通でいていい人間じゃない」
「でも俺は君と対等でいたいな」
これは俺のわがままだ、先生に言われた提案を飲む事しかできない俺と未来で兵器として生きていた彼女。
ただの口約束だけど俺はこれが大切だと思った。
これから先の未来、生き残るという選択肢を取る上で俺は彼女にその役目を押し付けなければいけない立場になってしまう。きっと彼女もそれを知っている。
でも、だからこそ、ここで俺は彼女と対等でいるという約束をしなくちゃならない。
兵器という役目を一緒に背負えるぐらい努力するために、
ヴィリに愛していると伝えたことを後悔しないために、
だから、だから……
「ごめん。勇祐……どう足掻いても対等にはなれない」
あどけない笑顔、それがヴィリの答えだった。