タイターと未来と兵器2
「勇祐はこの世界がどうやって生まれたか知ってるかい?」
そう切り出してきた先生に、俺は即答する。
「隕石が落ちてなんやかんやで生命が生まれて、そこから何万年と続く中でこの世界が出来たんじゃないんですか。」
「間違いじゃないけど私が聞いているのはそこではない。もっと前この銀河系の、宇宙の誕生についての話さ。」
世界と言われれば、俺が今生きている、人類の繁栄するこの地球の事だと誤認してしまった。
先生の言う銀河系の、宇宙の誕生……それはあまりにも規模が大きすぎる。
地球に現存する生命体がどのような経由で生まれたのすら未だ完全に解明できてなく、諸説あると言うのにそれよりも遥か昔の話になると、もはや全ては神話などで人々が伝承的に語り継いできた物語や作り話の範疇に過ぎないと思う。
宇宙の誕生について、科学的に説いている人々も存在するのは知っているがその理論を人々に説くのは俺からすればいまいち理解出来きない。
多分それなりの根拠があっての事なんだろうけど、それはやはり白紙の地図から逸脱するほどの意外性、正確性を持ち合わせてないのだ。
きっと彼らが俺に長い時間を使い、わかりやすく咀嚼して嚥下出来るほどに説いてくれても俺は納得出来ないと思う。
そもそもSFじみた常識の逸脱、空想上の妄想に付き合うなんて俺にとっては論外だった。
だからこそ過去の、目で見える地層のようなものすら存在しない宇宙の始まりを語る意思は俺にはない。
グダグダと言ったが、簡単に要約すれば俺はSFの様に見たこともない、誰もその原理を説明できない、知りえない事を堂々とこじらせて公言できる奴らの夢幻を聞くのが時間の無駄で嫌いなだけだ。
だからと言って神話などの物語を侮辱したり否定したりするつもりは無い。それは受け継がれたもので、ある国では義務教育として教えているほどだ、日本も戦前は教科書で教えていたらしいし、天皇は天照大神の子孫とすら言われている。もし嘘だとしてもその物語は現代まで目に見える形で絵画などに残された物だ。
俺はそういった物には昔の人の思想や物事が読み取れるからとても関心を示しているし、積極的に知識として取り入れるようにもしている。
これは俺、勇祐という人間の基本的な考え方だ。
簡単に言えば、目で見たものは信じるし、そこに関連性のある事象にも理解を示す。
先生はきっと知っている。
この世界がどのように出来ているのか。
なら俺が言える答えは一つだ。
「分かりません」
「なははは、そうも素直な答えが来ると思ってなかったよ。」
「先生は知ってるんですよね? 」
「もちろん。 いいかい」
先生たちは未来から来た、そしてそれを俺の目に見える形で示してくれた。
ヴィリの変態や能力がまさしくそれだ。
そしてそれに関連しうるもの、それこそが未来から来た彼らの証言だ。
「この宇宙は神々が作り上げた、まさにギリシャ神話そのものなんだよ」
大体予想はついていたが、本当にそのままだったとは……
「でもなぜギリシャ神話なんですか? 神話といっても全国各地にあるじゃないですか」
「そりゃ簡単な話、ギリシャ神話が事実であるという証拠が発見されたからだよ」
「事実である証拠?」
「そう。 それは死体、今で言うところのクロノスの聖遺物さ。 それじゃ聖遺物に入る前にギリシャ神話について簡単に説明しようか、ギリシャ神話とは主にゼウスが王権を確立した後、宇宙ができてからの12神の物語だ。 その神々の低俗さは教訓にできる程愛憎溢れるドロドロの昼ドラ世界の様なものだ。」
先生は気分悪そうに話をしようとする。
無理もないだろう、俺も概要しか知らないがそれでも奪い奪われといった凄惨な話であるという認識はある。
ただ、その話が宇宙の始まりとどのような関係があるのだろうか?
先生はギリシャ神話における全てを感情を込めながらそれはもう身振り手振りで話し始めた。
先生の話が脱線するのを読んでいたように、ヴィリが少し咳払いをしてから会話に割って説明をしてくれた。
「コホン、さっきタイターが話したように宇宙はゼウスの代で出来上がった。 しかし重要なのはそこではない」
「というと?」
「それ以前、ゼウスの父親に当たる存在、クロノスがこの世界における超重要人物」
「クロノス……それってさっき先生の話に出てきたクロノスの血液とかクロノス因子……聖遺物に関係があるってことだよな?」
ようやくその姿が見えてきた。
先生の話に登場する因子、血液、聖遺物その全てに共通するもの。
俺の存在に関わる大きな要因だ。
「そう、それがギリシャ神話を事実たらしめる根拠。 私に内蔵されてある因子。 これはクロノス聖遺物から力の一部を人間に扱えるように改良したもので、クロノス聖遺物とは読んで字の如く所謂クロノスの遺体や血液の事。 そしてそれら聖遺物は時間を超越した存在であり、この天の川銀河の形成に大きく起因している」
時間を超越……確かに俺は世界線を飛んでいる。
この能力が仮にクロノスの血液を所有していたことによりは無意識下で発動しているとして、俺はそれをいったい何処で入手したのがろうか?変な物を子供の頃に食べてしまったとか?
だが、世界線を飛んだのはここ最近ってことは近々……?
そもそも死んで初めて気がついた能力だ……何時何処でなんてわかる訳が無い。
先生は未だにヘラがどうやらと熱弁をしていて、ヴィリはそんな先生のことなど気にも留めずに淡々と説明を続ける。
「クロノスは過去の世界創生の際にゼウスに封印された神。王権争いで敗北して、血液と6体……頭、体、両腕、両足を銀河系生成の為の礎としてゼウスにより各惑星に散布された。 その結果、ゼウスは世界に時間という概念を作り上げ秩序宇宙の観念を成立させた。これがこの銀河系、基宇宙の始まり。」
「なるほどな。 だから全ての世界線に時間という概念が共通していると言うわけか……しかしそれがなんで未来の終焉とつながるんだ?」
「それはクロノス聖遺物が散布し宇宙が出来上がった時、全てが全て良い方には作用しなかったから」
「どう言うことだ?」
「クロノスの6体にはそれぞれ時間に関係する権能を有している。右腕には時間を進める能力、左腕には時間を戻す能力、頭には時間を始める能力、右足には時間を飛ぶ能力、左足には時間を止める能力、胴体には時間を奪う能力、それぞれ体が飛散した後も、その権能は半永久的に方々の惑星に影響を与え続けた。 しかしある日それは突如として起きた」
息を呑んで、話に集中する。
「そ、それって?」
「……ことが起きたのはこの時代2047年より約5年前、2042年の春、地球の南極大陸である物が発掘された。 それは偶然、日本の昭和基地周辺で発掘され、国はそれを重要機密事項として諸外国に黙秘し研究。 しかし、その翌年事件は起こった。 研究の最高責任者が中国に情報を漏洩し、中国はレアメタルなどで荒稼ぎした金を惜しみなく使いそれを日本から密輸する所まで行なったの。 だけどそれは密輸中、忽然と世界から姿を消した。 ある少年だけを残して……」
2042年の翌年ってことは4年前か、密輸船に少年……何故だろう、すごく覚えがある。
「ある物ってもしかしかして……赤い石だったり?」
「そう、石はクロノスの血液の結晶体……ここまでがタイターから昨日聞いた話」
やっぱりあの日、船上で起きたことは全て現実だったのか……でも石を全て食べたのは俺ではなく船上で密輸者を全滅させた少女だ。
だとしたらこの能力を得たのは全く別の場所?
いや、間違いなくあの日、誘拐された時だ。
少女と話したことは覚えていないが俺はあの時【何かを食べさせられた】そしてそれが今に繋がっている。
過去に確信は持てたがそれでもこの話が終焉に繋がる事にはいまいちピントきていない。
ここまでが先生に教えてもらったことなら、これ以上はヴィリは知らないだろう。俺は側でオリュンポスの神々について語っていた先生の方に目を向けると、計算していたかのように、やっとこちらの話に戻ってきた。
「いや、すまないすまない。 話が脱線してしまった。」
(ほんとにな)
その時の俺とヴィリの目はそれはもう猛禽類の様に鋭く尖っていたことこの上ないだろう。
ただそこは先生、いくつもの修羅場をそうして乗り越えてきた事も相まって私はこういう人間なのだと言わんばかりに反省の色など全くなくあっけらかんとしている。いやその点だけは尊敬するよ。本当に……
「はへ? もしかして私、なんかやらかした? ……まいっか! それでヴィリに色々話をしてもらったけど大筋はそんな感じ。 この世界から消滅したクロノスの血液は全ての世界線に於けるこの天の川銀河に多大な影響を与えたのだと言われている」
何だろう、先生の言い方に何か違和感がある。
「なんでこの世界線の出来事が他の全ての世界線にまで影響与えるんですか? 無数の世界線には同じ人間が全く別の人生を歩んでいるなら神様も無数に存在してるはずですよね。」
「いや、神という存在は全ての世界に於いてたった一人だけだ。 6体を散布して宇宙が出来上がったって言っただろ?」
そうか、神が世界を創造したのなら無数に同じ神がいる事はおかしい、つまり死んだクロノスさえも宇宙が出来上がる前の存在だから世界にまた一人しかいないというわけか。
ということは4年前、宇宙から血液が消えたということはあり得ないことなのでは?
消えるはずのない共通の物が宇宙から消えた、それは宇宙を作る上で礎となった物が消失したということ。
「だとしたら血液の消失って宇宙の存亡に関わるんじゃ? いや、もしそうなら4年前、血液が消えた時点で宇宙で何か起きてもおかしくないのになんで今になって……」
「そう、勇祐の言う通り。 宇宙ではすでに4年前に消失と同時にあることが起きたんだよ。 それは飛散していた聖遺物6体の権能の消失、地球は運よくゼウスが過去に残っているから時間が守られているだけで、宇宙では時間を巡って大規模な戦争が起きていたんだ」
堂々と話す先生、やはり何かは起きていたのか、しかもそれが宇宙規模の戦争だなんて……
だとしたらそれはもう取り返しのつかない所にまで来ているのだろう。4年もの間、よくもまあ俺たちに何も影響がなかった事だ。どれだけ大きな機械でも小さな歯車一つ抜け落ちてしまえば一瞬で動かなくなるもの。
それがようやっと俺たちの目に見える形に現れたのが終焉というわけか。
そういえば6体というのは妙に引っかかるな、まるで明日地球に降り注ぐ予定の彗星群……みたい……な
「もしかしてオリュンポス彗星群って」
俺は先生の方を見ると、強く頷いた。
「そう、クロノスの聖遺物だ、この惑星には神が唯一存在し、権能も問題なく扱える。 それ故に外なる者達は自身の生存を賭けてこの惑星に生存権を作ることにした、それが未来で行われた銀河系を全て巻き込んだ戦争……通称”天の川銀河代理戦争”だ」