全てが繋がって尚 2
ホームルーム1時間20分前、学校に来ている生徒は俺を含めて運動部員が50人そこらだろう。
早朝、朝焼けが優しく土から湿気を奪い始める時間帯。
グラウンドの土を踏みしめて、運動部の自身を鼓舞する声で溢れている。
そんな彼らを傍目に下駄箱で靴を履き替えて、普段よりも落ち着いた様子で俺は校舎に入る。校舎の中に足を一歩踏み入れると人1人いない永遠と続く内部は音が死んだ静寂に包まれていた。
放課後は吹奏楽部の楽器音が鳴り響き、たとえ建物全体に響かないにしろ夕焼けが差し込むだけでも時間が進んでいることを体感できるのに、放課後と始業前……人が少ないという共通点は一緒なのに何故だろうか。
まるで今、時間が止まっていると……そう感じた。
階段を登り、教室に向かおうとした足を止める。
きっと教室にはヴィリがいるだろう。
未来のことを聞くなら先生よりも未来に長く居たヴィリに聞くのが手っ取り早いだろう、だけど俺の存在の事に関してはこの時代に早くから来ていた先生に聞くべきだ。
別に逃げたいからではない。
ちゃんと目的があって向かうのだ、昨日先生が言いかけたことも気になっているしな。
階段を登りかけた足を下ろし、2棟に移動することにした。
保健室に到着してから気が付く、そもそもこんなに朝早く先生は学校に来ているのだろうか?
着いてから心配になってきたが、いなかったら放課後にまたくればいいだけの話だ。
扉に手をかけると軽く動いた。
(部屋の鍵が空いているということは、もう先生はいるな)
「おはようございます先生……昨日は大丈夫でしたか?」
そう言って教室に入る感じで気怠そうに戸を開ける。
するとどうだろうか?保健室にいたのは先生ではいなかった。
そこにいたのはヴィリだった。
*
「おはよう。」
窓の横に立っているのは紛れもないヴィリだ。
俺はその予想外の人物のお出迎えに驚き過ぎて声をあげてしまった。
「え……ええええ!?」
「おはよう?」
なんで疑問系?何で可愛いの?
いやいや、そうじゃないでしょうが!
「何でいるの?ヴィリ?」
「タイターがここで待っていれば勇祐来るって教えてくれた。」
あの人、俺が来るって分かっていてわざわざヴィリだけ置いて逃げるってどう言うつもりだ?
いいんだ、普段なら小早川さ……ヴィリと二人だけの空間に居られるなんて放課後だけだし、その放課後もバイトやら鏡花のお誘いやらで1週間に2日程度しか設けられない。
でも!でも今じゃないんだ!
「それで、そのタイターはどちらに? タイターと話したいんだけど……」
本当ならニヤけてしまうところだが、俺は心を押し殺して先生の所在を聞く。
「タイターは居ない。」
「学校に?」
「そう。 だから私がここにいるの。 あの……えっと……それと……昨日は、ごめんね……」
そう言って少し目線を下げて手を前に組むヴィリ。
あ……
そういえば、俺……振られたんだった……
余りにもシステリアの印象が強すぎて忘れていた。
「あ……え……や……ばっわ!」
現実から逃げるために学校に来たのに結局どこにいても駄目じゃないか。
思考が回らず、混乱しながら俺は保健室から逃げてしまった。
逃げちゃいけないのは知っている。
振ってしまったヴィリにも、負い目があることと思うし、会いずらい中でわざわざ俺を待っていたのは他でもないタイターに何かした伝言を託されていたんだろう。
俺だってタイターに用がある、だからヴィリの話を聞かなきゃいかない。
そんなことわかってるんだ……
でも仕方なかった、俺は彼女に自分を見せられなかった……涙が溢れてくしゃくしゃになった自分の顔を……
教室のある1棟の1階、階段下にある余剰の机が重なった場所で、あぐらをかいて落ち込んでいた。
(何やってんだ俺……今こんなことしてる状況じゃないのに……本当に……)
俯きながら情けないため息をついていると、声が聞こえた。
「おい。お前……朝っぱらからこんなとこで何やってんだよ?」
よく聞き慣れた声の方に目を向けるとそこには汗が輝く青春真っ只中男、藤司がそこにいた。
「なんだ。藤司か。」
「なんだっ……て。て?おいおい、どしたよお前その顔?泣きっ面で酷くやつれてんじゃねえか……はは、もしかして小早川さんに振られちまったとか?」
藤司は揶揄っているつもりなんだろうがこれが大正解。
無垢な笑顔で悪気がない分、どう言葉を返せばいいのかわからないのがタチが悪い。
少し言葉を詰まらせながなら結局何もいえずにため息を再度吐く。
そんな俺の様子から意図せず的を得ていたことに気づいた藤司、ドヤ顔から汗が溢れ出してきているのが目に見えてわかる。
こいつもコイツで今精一杯次の言葉を探しているのだろう。
分かりやすいな。
藤司は少し深呼吸して小声で口を開く。
「……まじ?」
「マジマジのマジ」
「…………」
「…………」
少しの沈黙がずっしりと重たい空気を醸し出す。
これほど気まずいのはお互い過去一番だろう、少したった後同じタイミング同じトーンで同じ愛想笑いをする。
「それよか藤司、何でここ来たんだよ?お前部活戻らなくっていいのか?」
「え? 戻らないといけんな。 何で来たんだろう? 偶然勇祐の姿が見えて、何でかわからないけど行かなきゃって思って……何故だ?」
顎に手を当てて、唸る藤司……コイツなりに、この場を和ませようとしているのか……はたまた本当に何となくなのか。
「はは。何だそれ。」
「さぁ? ま、いいや。俺部活に戻るな!後で話はちゃんと聞いてやるから安心しろ。」
「何に安心すりゃいんだ。」
そう言って藤司は走って部活の方に戻っていった。
部活を抜けてわざわざ俺に会いに来てくれたと言うことは、遠目からでも俺がそれなりに落ち込んでいるのように見えたのだろう。
だから気を遣って話を聞きに来てくれた、藤司はそれが空回ってしまったと思っているだろうが、それでも少し藤司と話をして楽になった気がする。
やはり持つべきものは親友だな。
だからと言って現実が変わるわけではないので、俺は目の腫れが引いてから……教室に行くことにした。
落ち着いたらヴィリと話さないといけない。
(でも失恋してすぐに話せるほど強くないんだよな、でも時間ないし、どの道今日話さないといけないから勇気出して話に行こ……)
と諦めながら教室を開けるとやはりと言うべきか、同じクラスだか当たり前なんだけどさ。
もう少し心の準備をさせてくれませんかね?
「居ないわけないよな……」
そこには今日2度目のヴィリがいつもの様に俺の隣の席で相も変わらずよくわからない本を読んでいた。
少し教室の扉の前で頭を掻いた。
「……っはぁ」
教室に入る。
ヴィリはそれっきり、俺に対して一言も言葉を発することはなかった。
隣の席、二人だけの空間、いつもなら彼女の事ばかり見ているが、今日はそっぽを向いて教室の窓から外を眺める。
何だかこれもこれで悪くないな。
30分も経てば少しずつクラスメイトが増えて、登校してくる学生が茶色い土を覆い尽くす程の大きな黒い集団となって下駄箱に密集している。こうして見ると俺も普段はあの集団を形成する一人に過ぎなかった。
それなのにたった数日であの普通の枠から意思とは無関係に俺は逸脱してしまった、それはきっとただの偶然。
まるで今日の俺の立ち位置がそうである様にすら感じる。
偶然早起きしただけ、偶然登校が皆より早かっただけ……それなのにこうして大勢の人間を上から見下ろせるのは、普通なら早く起きて早く行動した者の当然の特権だが、俺はそれを意図的に行っていない。
ここにいるべき、居て当然なのはヴィリの特権。
それなのに偶然俺は彼女と同じ位置にいる。
今が全てなんだ、今が、この状況が俺の立ち位置なんだ。
きっと俺には……
ヴィリと一緒に並んで歩く資格なんて最初から持ち合わせては居なかったのだ。
偶然が重なってが引き起こされただけの奇跡。




