志摩青原と言う少女3
少しクシャついた笑顔で不器用な返答をするシステリア。
下手くそなりの笑顔だがそれがとても彼女らしいと、そう感じた。
どうやら最初に会った時の雰囲気は相当無理して作っていたんだろう、何で揶揄ってきたのかは分かりかねるが、今思うとああいうシチュエーションは人生でもうないかもしれないし、最初は腹立たしかったが、まぁいい経験をさせてもらえたという事で俺は全てを許すことにした。
ただ俺は仏ほど優しくないから次同じ様なことされたら激怒して逆に抱きしめてや……るわけがない。
思いっきり突き放す!
「それで?システリアはこれからどうするんだ? 未来から来たってことは帰る場所とかないんだろ?」
「そこらへんは問題なく! 野宿でもこの世界は危なくないから!」
野宿?え?今若い女の子が野宿を問題視せずむしろ嬉々として胸を張った?
「いやいや、いかんでしょ。」
「へ?何で?」
何が問題なのか全く分かってないのだろう、純粋に頭を傾げて聞いてきてる。
これは……とてもダメだ。 女子高生が今の時代、制服を着て野宿する事が倫理的にとてもアウトなことを彼女は理解していない。 未来が凄まじいのは存じているが、それでもせめてこの時代に合わせる努力をしてくれよ。
もしかしてヴィリも未来から来たから家がなくて普通に野宿とかしてないよな……?
あの側から見たら完璧だが、それがただ力をうまく隠す努力をしていなかっただけ(本人は隠せていると思っている)の彼女だ、野宿という選択肢を物怖じせず平然とやってそうでとても不安だ。
「システリア。 はい、これ。 これでカプセルホテルでも泊まりな」
そう言って俺は自分の机の小さな引き出しに貯金してあった5千円を握りしめて彼女の方に差し出した。
「? なにこれ?もしかして昔使われていたお金というヤツなのでは!? す、すごい!!」
お金を渡すと、もらえたことよりもその存在に大きく喜んで、瞳を輝かしながら五千円札を凝視している。
未来では通貨すら存在しないのか……?
「そんなに珍しいのか? 物の売買は世の中の基本だろ? 先の未来ってのは大変なんだな。」
お金を見るだけでそれだけ新鮮な反応をするんだ。
先生がただ当たり前の日常を望んで未来で努力したのも何だかわかる気がする。
俺と同じくらいの若い子が改造されて兵器として生きなければならない。
そんな世界を想像するだけでどうしようもない気持ちになる。
俺が子供の様に無邪気に喜んでいるシステリアを見ていると、彼女は俺の視線に気づいて、ハッと我に帰り、恥ずかしそうに此方を見つめる。
「そんなに……先の未来じゃない。 私たちが来たのはここから15年後の未来だからな」
「へーそうだったのか。 案外近い未来から来てたんだな。」
「うん。 私もビックリしちゃった。 たった15年前、世界はこんなにも色づいていたなんて。 何なんだろうね……必死に生きるために改造されて、利用されて、敵の傀儡人形にまで成り下がって、そこまでとことんの使い潰されて、それでやっと過去に、こんなに綺麗な世界に来れるなんて……ほんと……皮肉すぎるよな……」
システリアは決して涙は流さなかったが、胸元でギュッと強く握りしめられた五千円札だけは彼女の心を代弁するかのようにクシャクシャになっていた。
「んじゃ、システリアのこと、助言のこと、一通り先生に伝えておくよ。 」
「勇祐、私のことは先生たちには話さないでくれるかな?」
とても申し訳なさそうな表情、こればっかりは話せないと言う雰囲気だ。
「理由は……禁則事項か?」
「……うん。 隠し事しないって言った矢先にごめんね」
システリアは少し間を開けて小さく返答した。
きっと彼女が普通なのだと思う。
未来人が何でもかんでも未来の事を話しちゃ未来が変わってしまうし、そもそもシステリアは敵側に操られている身だ、敵側にとっては先生やヴィリがきた最悪の未来こそが最高の未来、だからこそ、そこから逸脱する未来があっちゃいけない。
多分システリア一人では未来をどうにも出来ないからある程度自由を与えているのだろう。
だけどシステリアと先生、ヴィリが協力した場合は危険だから接触を禁止されているとか、そんなところだろうか。
詳しいことは分かりかねるが過去に来る際に何かしらの制約をされているのは確かなのだろう。
「分かった。 システリアの存在については隠す努力はしよう。」
「本当に色々迷惑をかけて悪いね」
「一々気にすんな。 それじゃ近くのカプセルホテルまで案内するからついてきて」
「うん、ありがと!」
それから俺とシステリアは部屋を出て階段を降りる。
スマホを触って近くのカプセルホテルを探すが如何せん田舎だから見当たらない。
ここから1時間半電車に揺られたら都会に出られるが、今は19時25分……電車が来るまで1時間、乗ってから往復で3時間、早く帰れても23時30分……中々帰りが遅くなってしまう。
門限もあるし、明日も学校だから朝5時ごろには家を出無いといけない……本当に中々だ。
少し引き攣った顔でスマホを見ていると、真後ろからシステリアも俺のスマホを見ていた。
慌ててポケットにしまうが完全に見てたよな?
「ねぇ、流石に片道1時間30分は……家の門限とか大丈夫?」
「……ダ、ダイジョウブ」
スーっと目線を逸らそうとするが後ろから妙な圧を感じる。
「やっぱりこのお金はいいよ。 君は今を生きてる、だから今を大切にして!私はそもそも敵だよ? 未来から来た奴の事なんか気にしなくっていいからさ」
そう言って俺に五千円札を押し付けてシステリアは俺より先に玄関の戸の前に行った。
「でもさ。 君が気を遣ってくれたのはすごく嬉しかった。 本当に……ありがと」
システリアが後ろに手を回して満面の作り笑いで振り向く。
ダメな気がした。
彼女をここで引き留めないと俺はきっと後悔してしまう、頭なんて全く働いちゃいない。
ただ気がついていたら彼女の手を握っていた。
「……俺は、俺は言葉には責任があると思うんだ。 例えシステリアが今日会った見知らぬ女の子だとしても、約束は契約だ。 一ミリだって言った言葉に妥協はしねぇ!」
真剣だった。今まで適当に生きていければそれでいいと思っていた、だけど彼女をシステリアを悲しませたくないと、そう思ってならなかった。
「たかが寝る場所程度で何カッコつけてんだ。 バーカ」
そう言ってシステリアは玄関の戸を開けて、美しい天使の姿になり空へと飛び立ってしまった。
一瞬だがその姿はきっと永遠に忘れることはないだろう。
ヴィリと酷似している機械的な天使の輪、純白の服、翼はヴィリは下見向いているのに対してシステリアは横に向いていて刺々しい様な印象だった。目の色は黒からパステルミント色に変わり、髪の色は青色になった。
一瞬んで月明かりに吸い込まれるように消える。
そこには彼女のいた証。
五千円と綺麗な羽根が一つだけ残っていた。




