第2話
「そのバーバリーのハンドバッグですが……」
言ってから、アルシオネは言葉を止めてしまった。
なぜ言葉を止めてしまったのか。加納には理解ができなかった。今まで、借金返済の地獄のような生活をなんとかしようと、加納はいろいろな占い師の下へ通った。その全ての占い師に共通していえる事は、占いが当たると有頂天になって占い師が多弁になるという事だ。しかし、アルシオネは違っていた。占いが当たったと知ったとたん、言葉を止めてしまったのだ。加納は、アルシオネが言おうとした言葉の先が気になった。
「バーバリーのハンドバッグがどうかしたのですか? もしかして、妻は、私の借金の返済のために、バーバリーのハンドバッグを質に入れようとしているのですか?」
「いいえ。違います」
アルシオネの子姫の能面は水晶の表面に映り、水晶に映った子姫の黒い瞳は、加納の表情をじっと見ていた。
「むしろその逆で、奥様は、バーバリーのハンドバッグを手放す事を恐れていらっしゃいます。理由は、加納様がご購入されたハンドバッグではないからです」
「何!」
加納は椅子から立ち上がった。ハンカチを握り締める。
「そんなはずはない! あのバーバリーのバッグは、私がイギリスのロンドンで買ったもので、今の日本では残存数が少なくて、かなり希少価値の高いものなんだぞ。私以外の誰が手に入れて妻に渡したというのだ。それに、バッグにつている傷は昔から同じ場所にあって、今も変わっていない。私は、あのバッグを昔から知っているんだぞ!」
加納がいきり立ち、手の中で熱くなっているハンカチを握り締めている今も、アルシオネの子姫の能面はずっと水晶を見続けていた。
「水晶に映っている事を申し上げますと、バーバリーのハンドバッグは、当時、複数ありました。奥様は同じハンドバッグをいくつかお持ちになっていらっしゃいました」
「いくつか持っていた、だと!?」
「はい。奥様は、加納様とご結婚される少し前に、質屋で現金に変えるなどして、ご整理されていらっしゃいます」
加納は、椅子に座った。今まで自分に降りかかった不幸をどうにかしようと、何人もの占い師の下へ通ってきた。その占いの結果は、当たっているものが少なく、その大半が分かり過ぎるほどに外れていた。加納は、目の前にいるアルシオネも的中率の低い占い師だと、結論を出した。もうここに長居する必要はない。加納は、帰り際に似非占い師にいつもする質問を、アルシオネにもした。
「その水晶に、私の子供は、何人と出ておりますか?」
その質問の直後、アルシオネは、今まであげなかった顔をあげた。子姫の能面が始めて加納に向いた。
加納はドキッとした。アルシオネから感じたのは威圧感ではなかった。それは、子供の時に感じた死の恐怖。親戚の葬式の時に知った、誰にでも順番がめぐってくる、忍び寄る死の恐怖である。
加納は、急に冷えた空気を感じてうろたえるが、自分自身に間違いがないのも事実なので、椅子に座り直して呼吸を整えてから気を取り直した。