第1話
東京都の山手線の真ん中辺りに占いの館ネメシスがある。
ペンシルビルと呼ばれる館の中は、いくつもの部屋があり、有名無名の占い師が、悩みを抱えて訪れる人々を占っていた。
その中に水晶占いをする女性がいた。名前はアルシオネ。
本物の水晶球なのかガラス玉なのかは不明。服装はドレスだったり着物だったり民族衣装だったりと日によって違う。ただ、どんな時でも首にスカーフを巻いている。顔も常に子姫の能面をつけているため美人かどうかは分からない。手も魔方陣が刺繍された手袋をしているため、肌の状態から年齢を推測する事もできなかった。
そんな得体の知れない女占い師アルシオネだったが、なぜか評判はよく、予約は常にいっぱいだった。
ある日の事。一人の中年男性がアルシオネの下を訪れた。名前を加納といった。
ビジネススーツに身を包んだ加納は、かなり落胆した表情をしていた。
話によると、事業で失敗し多額の借金を抱えているという。妻や子供たちの態度も冷たく、加納は将来の事が不安で相談に来たとアルシオネに言った。
アルシオネはさっそく水晶に手をかざして占いを始めた。
「加納さまの将来についてですか……」
加納の質問を繰り返して言うアルシオネの声は、ソプラノ歌手のように高めだ。
子姫の能面をつけているからなのかもしれないが、表情の動きが分からない能面から出る声に、加納はアルシオネから不気味な雰囲気を感じて背筋をゾクッとさせた。
アルシオネは落ち着いた口調で言った。
「加納様の将来は、占いをするまでもなく、加納様も分かっていらっしゃると思いますが、やはり多額の借金を抱えていらっしゃるので、借金返済を基準とした生活になると思います。それよりも、気になる事があります」
「気になる事とは?」
加納は身を乗り出した。今後、弊害になる事は減らしたい。前もって知っておいたほうがいいと思ったからだ。
「加納様のご家族についてです」
「私の家族が、ですか!?」
加納は驚いた。確かに今の家族は事業に失敗した自分に対して冷たい。しかし、子供たちは金をかけて塾に通わせただけあってそれぞれに高学歴。一人は既に有名企業で働いている。妻は、内向的だが料理が趣味という良妻賢母。そんな家族にも、自分と同じ不幸が降りかかるというのだろうか。
加納はスーツの内ポケットからハンカチを取り出した。暑くもないのに汗が出てくるからだ。額に浮く油汗を拭いながらアルシオネに聞いた。
「あの、私の家族の気になる事というのは、なんでしょうか?」
アルシオネはずっと水晶に手をかざしていた。子姫の能面は水晶の中心部に向けられている。一体アルシオネには、何が見えているのだろうか。アルシオネは、静かに息を吐いてから言った。
「奥様が大切にされているブランドのバッグがあります。かなり古いもので、あちこちに傷もついております。水晶に映っている奥様と加納様は若く、ご結婚前かと思われます。そのバッグは、バーバリーのハンドバッグ。加納様が奥様にプレゼントをされて、数ヵ月後にご婚約されていらっしゃるようです」
「確かに、結婚前にバーバリーのハンドバッグを妻に送っております。そのバッグはとても思い出があると言って、妻は今でも大切に保管しています」
加納は、そう答えながら占い師アルシオネの的中率に驚いていた。妻が大切に保管しているバーバリーのバッグは、当時の妻がとても欲しがっていたもので、結婚を反対していた身内から内緒で購入し妻に贈っているため、この事実を知る者は妻しかいなかったからだ。